薄明
ごじょうさとる×ふしぐろめぐみ
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2023年9月の投稿[91件](6ページ目)
2023年9月6日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
隣がいない夜
教師寮があると思ってた頃に書いたやつ
「俺の部屋に来るの、珍しいですね」
「今夜は隣がいないから」
言われてみればそういうものか。五条の言葉に深く考えることなく伏黒はベッドに背中を預けた。スプリングの軋む音が静かな夜によく響く。見慣れた天井と、見慣れた顔、慣れてきた夜。今夜は満月なのか差し込む月明かりが五条の顔を照らした。
基本的に伏黒が呼ばれて五条の部屋に行くことが多い。生徒寮と職員寮は分かれているからそう何度も行きたくはないのだが、伏黒の部屋のベッドじゃ狭いと駄々を捏ねるのだから仕方ない。つくづく伏黒は五条に甘いのだ。
「それとね、」
シーツに背中を預けた伏黒の頬を撫でながら五条が言う。真っ白な睫毛で縁取られた目を細めて、その青い瞳に伏黒を映した五条はベッド脇に置いてあるサイドチェストを指さした。
「恵の部屋にゴムとローションあんの、興奮する。悪いことしてるみたいで」
だからたまに確認したくなるんだよね。頬に滑らせていた手を、指先は触れさせたまま伏黒の腕、そこを辿り手のひらまで流す。辿り着いた手を取り、ベッドから伏黒の手だけを落とす。
「ほら、恵が手を伸ばして。取ってよ」
畳む
教師寮があると思ってた頃に書いたやつ
「俺の部屋に来るの、珍しいですね」
「今夜は隣がいないから」
言われてみればそういうものか。五条の言葉に深く考えることなく伏黒はベッドに背中を預けた。スプリングの軋む音が静かな夜によく響く。見慣れた天井と、見慣れた顔、慣れてきた夜。今夜は満月なのか差し込む月明かりが五条の顔を照らした。
基本的に伏黒が呼ばれて五条の部屋に行くことが多い。生徒寮と職員寮は分かれているからそう何度も行きたくはないのだが、伏黒の部屋のベッドじゃ狭いと駄々を捏ねるのだから仕方ない。つくづく伏黒は五条に甘いのだ。
「それとね、」
シーツに背中を預けた伏黒の頬を撫でながら五条が言う。真っ白な睫毛で縁取られた目を細めて、その青い瞳に伏黒を映した五条はベッド脇に置いてあるサイドチェストを指さした。
「恵の部屋にゴムとローションあんの、興奮する。悪いことしてるみたいで」
だからたまに確認したくなるんだよね。頬に滑らせていた手を、指先は触れさせたまま伏黒の腕、そこを辿り手のひらまで流す。辿り着いた手を取り、ベッドから伏黒の手だけを落とす。
「ほら、恵が手を伸ばして。取ってよ」
畳む
夏祭り
「祭りに浴衣、夏っぽくていいね」
「…あんたが着せに押し掛けてきたんでしょうが」
溜息を吐き出しながら伏黒は慣れない浴衣に居心地悪そうに自身の腕を撫でた。裾から見える白い腕がシンプルな紺の浴衣によく映える。
「夏は満喫しなきゃね。じゃ、行こっか」
手を取ったらきっと怒られる。それが分かっているからそのまま人でごった返している屋台の並ぶ通りへと足を踏み入れた。人より頭1つ分程ある背丈のおかげで見晴らしもよく道に困ることも無い。からりと鳴る下駄の音と共に五条の隣を歩く伏黒の黒い頭は時折人に埋もれるけども。
花火大会があるから行こうと提案したのは五条だ。多忙な五条に夏休みなどというものは存在しないが、運良く高専からそれほど遠くない場所にある花火大会の日に限って何の予定もなく空いていたのだ。急な呼び出しでも無ければ丸一日オフとなる。この花火大会に行こうと決めた時点でスマートフォンの電源はオフにして急な呼び出しなぞ無かったことにするつもりではあったが。
そうして浴衣片手に伏黒の部屋に押し掛けて今日に至る。伏黒に着せるのだから自分も着ないでどうする、ということでお互い浴衣姿なのがまた夏らしくていい。
「とりあえずベタにかき氷からかな。味どーする?」
「…メロンで」
「おっけー」
1番に見つけたかき氷の屋台の前で当たり前のように五条に奢ってもらうつもりの伏黒は、少し考えてからメロンと書かれたシロップを指さした。見るからに身体に悪そうな色をしたシロップは、けれど氷にかけられるだけで途端に美味しそうに見えるのだから不思議だ。
目の前で削られてカップに盛られていく氷にこれでもかとかけられるシロップ。五条はブルーハワイで伏黒はメロン。お祭り価格のそれを受け取って再び歩き出す。
花火が打ち上がるまであとどれ位なのか。確認しようにも腕時計をしていない上にスマートフォンの電源は落としてあるから分かりやしない。伏黒に聞けばいいのだが、この大雑把さもまた祭りの醍醐味であろうと適当な理由をでっち上げて五条はかき氷を食べながら1度人混みから離れた。
「どこ行くんですか」
「花火見えそうな所」
「あんたの身長なら場所なんて関係ないでしょう」
「恵も見えないと意味ないじゃん」
そう言うと押し黙る姿が可愛い、なんて言えば機嫌を損ねてしまうだろう。何をしたって五条からしてみれば愛らしいことに変わりはないのだが、伏黒はそんなこと知らないし知らなくていい。
少しずつカップの底に薄くなったシロップが溜まりはじめた頃。人混みから離れて人気も屋台周辺に比べれば随分とましになった通りを歩いていると遠くから聞き覚えのある破裂音が聞こえた。花火が打ち上がり始めたのだ。
「お、始まったね。さっさとこっち来てよかった」
最初の1発を合図に次から次へと打ち上がる花火に、本当はこの後チョコバナナもりんご飴も食べたかったが早めに移動して良かったと思った。本来の目的はこれなのだから。食べるのなんて帰りにでも寄れば十分だ。
周りにいた人々が打ち上がる花火に歓声を上げる。誰も彼もみんな空を見上げては丸く広がる花火に見蕩れていた。それは伏黒も同じことで、かき氷を掬い上げていた手を動かすのを忘れてじっと見入っていた。濃い緑の瞳に光が反射して、きらきらと瞬いていた。中途半端に持ち上げられていたストロー型のスプーンの上の氷が溶けて、ストローを伝い静かに伏黒の手のひらへと流れ落ち、腕へと流れる。
ぱっと空に開いた花火が、流れた氷に驚いた伏黒の横顔を照らす。
「恵」
浴衣から伸びる白い腕は夏の夜によく映える。伝う氷水だってそうだ。腕を掴めば僅かにぬるくなった水が五条の手を濡らす。ぐっと腕を持ち上げ、肘まで伝い始めていたそれを舐め取ればひくりと腕が震えた。
「浴衣、汚れるよ」
「っ、あんた、ここをどこだと…!」
「みんな花火しか見てないって」
寧ろ騒ぐとこっち見られちゃうよ。そう言うと伏黒はこちらを睨みつけて腕を振り払った。みんな花火に夢中で五条達なんて見てやしない。見られたところでもう会うこともない他人だ、気にすることでもない。
どん、と身体に響くような音がして、少しの時差でもって一際大きな花火が空に広がった。暗闇を照らす花火の中、伏黒の耳は赤く染まっていて。
「……可愛いね」
その言葉は次に打ち上がった轟音で掻き消された。
畳む
「祭りに浴衣、夏っぽくていいね」
「…あんたが着せに押し掛けてきたんでしょうが」
溜息を吐き出しながら伏黒は慣れない浴衣に居心地悪そうに自身の腕を撫でた。裾から見える白い腕がシンプルな紺の浴衣によく映える。
「夏は満喫しなきゃね。じゃ、行こっか」
手を取ったらきっと怒られる。それが分かっているからそのまま人でごった返している屋台の並ぶ通りへと足を踏み入れた。人より頭1つ分程ある背丈のおかげで見晴らしもよく道に困ることも無い。からりと鳴る下駄の音と共に五条の隣を歩く伏黒の黒い頭は時折人に埋もれるけども。
花火大会があるから行こうと提案したのは五条だ。多忙な五条に夏休みなどというものは存在しないが、運良く高専からそれほど遠くない場所にある花火大会の日に限って何の予定もなく空いていたのだ。急な呼び出しでも無ければ丸一日オフとなる。この花火大会に行こうと決めた時点でスマートフォンの電源はオフにして急な呼び出しなぞ無かったことにするつもりではあったが。
そうして浴衣片手に伏黒の部屋に押し掛けて今日に至る。伏黒に着せるのだから自分も着ないでどうする、ということでお互い浴衣姿なのがまた夏らしくていい。
「とりあえずベタにかき氷からかな。味どーする?」
「…メロンで」
「おっけー」
1番に見つけたかき氷の屋台の前で当たり前のように五条に奢ってもらうつもりの伏黒は、少し考えてからメロンと書かれたシロップを指さした。見るからに身体に悪そうな色をしたシロップは、けれど氷にかけられるだけで途端に美味しそうに見えるのだから不思議だ。
目の前で削られてカップに盛られていく氷にこれでもかとかけられるシロップ。五条はブルーハワイで伏黒はメロン。お祭り価格のそれを受け取って再び歩き出す。
花火が打ち上がるまであとどれ位なのか。確認しようにも腕時計をしていない上にスマートフォンの電源は落としてあるから分かりやしない。伏黒に聞けばいいのだが、この大雑把さもまた祭りの醍醐味であろうと適当な理由をでっち上げて五条はかき氷を食べながら1度人混みから離れた。
「どこ行くんですか」
「花火見えそうな所」
「あんたの身長なら場所なんて関係ないでしょう」
「恵も見えないと意味ないじゃん」
そう言うと押し黙る姿が可愛い、なんて言えば機嫌を損ねてしまうだろう。何をしたって五条からしてみれば愛らしいことに変わりはないのだが、伏黒はそんなこと知らないし知らなくていい。
少しずつカップの底に薄くなったシロップが溜まりはじめた頃。人混みから離れて人気も屋台周辺に比べれば随分とましになった通りを歩いていると遠くから聞き覚えのある破裂音が聞こえた。花火が打ち上がり始めたのだ。
「お、始まったね。さっさとこっち来てよかった」
最初の1発を合図に次から次へと打ち上がる花火に、本当はこの後チョコバナナもりんご飴も食べたかったが早めに移動して良かったと思った。本来の目的はこれなのだから。食べるのなんて帰りにでも寄れば十分だ。
周りにいた人々が打ち上がる花火に歓声を上げる。誰も彼もみんな空を見上げては丸く広がる花火に見蕩れていた。それは伏黒も同じことで、かき氷を掬い上げていた手を動かすのを忘れてじっと見入っていた。濃い緑の瞳に光が反射して、きらきらと瞬いていた。中途半端に持ち上げられていたストロー型のスプーンの上の氷が溶けて、ストローを伝い静かに伏黒の手のひらへと流れ落ち、腕へと流れる。
ぱっと空に開いた花火が、流れた氷に驚いた伏黒の横顔を照らす。
「恵」
浴衣から伸びる白い腕は夏の夜によく映える。伝う氷水だってそうだ。腕を掴めば僅かにぬるくなった水が五条の手を濡らす。ぐっと腕を持ち上げ、肘まで伝い始めていたそれを舐め取ればひくりと腕が震えた。
「浴衣、汚れるよ」
「っ、あんた、ここをどこだと…!」
「みんな花火しか見てないって」
寧ろ騒ぐとこっち見られちゃうよ。そう言うと伏黒はこちらを睨みつけて腕を振り払った。みんな花火に夢中で五条達なんて見てやしない。見られたところでもう会うこともない他人だ、気にすることでもない。
どん、と身体に響くような音がして、少しの時差でもって一際大きな花火が空に広がった。暗闇を照らす花火の中、伏黒の耳は赤く染まっていて。
「……可愛いね」
その言葉は次に打ち上がった轟音で掻き消された。
畳む
向日葵(side五条)
旅行というものを、この子達は知らなかった。電車でたった1時間足らず、乗り換えは1回。その程度の距離だというのにこの子供達は旅行だとはしゃいでいた。1人は目に見えて嬉しそうに、もう1人は分かりにくいけれど落ち着かない様子で。それを可哀想だと思わないでもないが、しかしこの子達は自分達が可哀想だと思われる立場にいることを聡い頭でよく理解していた。理解していたからこそ、冗談でも口に出すのははばかられた。それだけ、情が生まれてしまったということなのだろうけれど。
「ここね、向日葵畑あるんだって」
夏が始まる少し前にそう伝えた時、津美紀の方は瞳を輝かせたが恵の方はちょっとだけ嫌そうに口を尖らせた。いつも五条がすることに口を尖らす子ではあったが、僅かに違う様子に向日葵が嫌いなのかもしれないと目星を付ける。人の背丈を簡単に超えるくらい大きくなる向日葵は、この姉弟くらいなら簡単に追い越して包み込んでしまうだろう。出会った時はあんなに子供らしかぬ子供だったというのに、やはり所詮は子供なのだと微笑ましくなる。
しかし実際に公園へと行くことが出来たのは夏が終わる頃だった。いつまで経っても五条に頼りきりなおかげで仕事に追われて時間が取れなかったのだ。無理に時間を作ってもいいが、それをしたら後でどんなしっぺ返しが来るか分かったものじゃない。人使いが荒いのだ。
そうしてやっと夏も終わりかけ人も少し減り始めた公園へと着けば、案の定向日葵畑は枯れ始め、天高く上を向いている筈の花は下を向いていた。気味悪く映るそれに、分かっていたとしても少し残念に思っていれば津美紀がにこにことしながら言った。さとるくん、大きいね。と。その言葉に視線を少し動かせば、2人を追い越す向日葵は五条の視線の少し下にあった。向日葵は大きいもの、でも五条はそれよりもっと大きいもの。子供らしい素直な言葉に笑えば、向日葵のずっと下で恵は尖らせていた口を丸く開けてこちらを見上げていた。
任務が終わり、適当にコンビニに寄り道した帰り。いつもなら興味もなく通り過ぎる花屋の店先に向日葵が並んでいた。公園で見たものとは違う、多少短く切りそろえられたそれに遠いようで近い夏のことを思い出す。
きっと恵は知らないし知ることもないが、実は幼稚園くらいの時の五条も向日葵が怖かったのだ。なんでも出来るすごい力があったって、背はそんなあっという間に伸びやしない。自分を追い越して視界を覆い隠す向日葵の群れなんて特に怖かった。だからあの日の恵が嫌そうな顔をした理由が手に取るように分かったのだ。可愛い共通点だ。
「この向日葵、何本かくれない?」
畳む
旅行というものを、この子達は知らなかった。電車でたった1時間足らず、乗り換えは1回。その程度の距離だというのにこの子供達は旅行だとはしゃいでいた。1人は目に見えて嬉しそうに、もう1人は分かりにくいけれど落ち着かない様子で。それを可哀想だと思わないでもないが、しかしこの子達は自分達が可哀想だと思われる立場にいることを聡い頭でよく理解していた。理解していたからこそ、冗談でも口に出すのははばかられた。それだけ、情が生まれてしまったということなのだろうけれど。
「ここね、向日葵畑あるんだって」
夏が始まる少し前にそう伝えた時、津美紀の方は瞳を輝かせたが恵の方はちょっとだけ嫌そうに口を尖らせた。いつも五条がすることに口を尖らす子ではあったが、僅かに違う様子に向日葵が嫌いなのかもしれないと目星を付ける。人の背丈を簡単に超えるくらい大きくなる向日葵は、この姉弟くらいなら簡単に追い越して包み込んでしまうだろう。出会った時はあんなに子供らしかぬ子供だったというのに、やはり所詮は子供なのだと微笑ましくなる。
しかし実際に公園へと行くことが出来たのは夏が終わる頃だった。いつまで経っても五条に頼りきりなおかげで仕事に追われて時間が取れなかったのだ。無理に時間を作ってもいいが、それをしたら後でどんなしっぺ返しが来るか分かったものじゃない。人使いが荒いのだ。
そうしてやっと夏も終わりかけ人も少し減り始めた公園へと着けば、案の定向日葵畑は枯れ始め、天高く上を向いている筈の花は下を向いていた。気味悪く映るそれに、分かっていたとしても少し残念に思っていれば津美紀がにこにことしながら言った。さとるくん、大きいね。と。その言葉に視線を少し動かせば、2人を追い越す向日葵は五条の視線の少し下にあった。向日葵は大きいもの、でも五条はそれよりもっと大きいもの。子供らしい素直な言葉に笑えば、向日葵のずっと下で恵は尖らせていた口を丸く開けてこちらを見上げていた。
任務が終わり、適当にコンビニに寄り道した帰り。いつもなら興味もなく通り過ぎる花屋の店先に向日葵が並んでいた。公園で見たものとは違う、多少短く切りそろえられたそれに遠いようで近い夏のことを思い出す。
きっと恵は知らないし知ることもないが、実は幼稚園くらいの時の五条も向日葵が怖かったのだ。なんでも出来るすごい力があったって、背はそんなあっという間に伸びやしない。自分を追い越して視界を覆い隠す向日葵の群れなんて特に怖かった。だからあの日の恵が嫌そうな顔をした理由が手に取るように分かったのだ。可愛い共通点だ。
「この向日葵、何本かくれない?」
畳む
向日葵(side伏黒)
昔、向日葵が怖かった。特に枯れて色褪せた向日葵が恐ろしくて仕方なかった。太陽に向かってぐんぐんと伸びた筈の茎の先に付く花が、枯れてしまえばもう上を向くことも無く俯く。まるで巨大な目玉がこちらを覗くような、その枯れた向日葵を見る度に恵は夏の終わりはこれだから嫌だと思ったものだった。伸びた背丈は簡単に恵も姉も追い越して真上から見下ろしてくる。それもまた、恐ろしいのだった。
しかし向日葵が怖いなどと可愛いことを思っていたのも一瞬のことで、そう長くは続かなかった。
小学三年生の夏の終わり。五条に連れられて姉と2人で旅行に出かけた。といっても電車を乗り継いで近場の総合公園に行っただけなのだけど。旅行とも呼べないようなお粗末なもの。でも電車に乗って行くような場所は初めてのことだった2人にとっては間違いなく初めての旅行だった。どんどん知らない土地へと景色の変わっていく車窓に、隣に座る姉はそわそわと視線を泳がせていたし、自分も浮き立つ気持ちを隠すようにじっと窓の外を眺めていた。
「ここね、向日葵畑あるんだって」
五条が言っていた言葉だ。きっと五条の予定ではその向日葵が咲き誇っている頃に行きたくて言ったのだろうが、結局夏が終わる頃になってしまったのだった。
背丈の高い向日葵が簡単に恵も津美紀も追い越して隠してしまうのが、そのまま攫われてしまうのではないかと恐ろしかった。枯れた向日葵が、じっとこちらを見下ろして取り囲んでしまうような、そんな想像すらした。実際、夏も終わる頃にやってきた公園ではもう向日葵は萎れ始めていて、天を向いている筈の花は下を向き始めていた。
けれど津美紀が言った。さとるくん大きいね、と。その言葉に知らず知らず向日葵の視線から逃れるように俯いていた顔を持ち上げれば、向日葵から頭1つ分抜き出た五条の姿があった。それを見たら途端に向日葵が小さく見えてしまって、ふっと肩から力が抜けて、拍子抜けしてしまった。何でも隠せてしまうと思った向日葵は、しかしそうではなかったのだ、と。
という昔の記憶に恵は深い溜息を吐き出した。こんな思い出、たぶん五条に語ることは一生ないだろう。
「人の顔見て溜息吐かないでよ」
「…向日葵のよく似合う頭だなぁと」
「それ褒めてる?」
夏と言えば向日葵!と勢いよく部屋に押し掛けてきた五条の手にはどこで手に入れたのか、向日葵が何本かあった。それを誰に押し付けるのか、考えるまでもなくて再び溜息を吐き出した。
畳む
昔、向日葵が怖かった。特に枯れて色褪せた向日葵が恐ろしくて仕方なかった。太陽に向かってぐんぐんと伸びた筈の茎の先に付く花が、枯れてしまえばもう上を向くことも無く俯く。まるで巨大な目玉がこちらを覗くような、その枯れた向日葵を見る度に恵は夏の終わりはこれだから嫌だと思ったものだった。伸びた背丈は簡単に恵も姉も追い越して真上から見下ろしてくる。それもまた、恐ろしいのだった。
しかし向日葵が怖いなどと可愛いことを思っていたのも一瞬のことで、そう長くは続かなかった。
小学三年生の夏の終わり。五条に連れられて姉と2人で旅行に出かけた。といっても電車を乗り継いで近場の総合公園に行っただけなのだけど。旅行とも呼べないようなお粗末なもの。でも電車に乗って行くような場所は初めてのことだった2人にとっては間違いなく初めての旅行だった。どんどん知らない土地へと景色の変わっていく車窓に、隣に座る姉はそわそわと視線を泳がせていたし、自分も浮き立つ気持ちを隠すようにじっと窓の外を眺めていた。
「ここね、向日葵畑あるんだって」
五条が言っていた言葉だ。きっと五条の予定ではその向日葵が咲き誇っている頃に行きたくて言ったのだろうが、結局夏が終わる頃になってしまったのだった。
背丈の高い向日葵が簡単に恵も津美紀も追い越して隠してしまうのが、そのまま攫われてしまうのではないかと恐ろしかった。枯れた向日葵が、じっとこちらを見下ろして取り囲んでしまうような、そんな想像すらした。実際、夏も終わる頃にやってきた公園ではもう向日葵は萎れ始めていて、天を向いている筈の花は下を向き始めていた。
けれど津美紀が言った。さとるくん大きいね、と。その言葉に知らず知らず向日葵の視線から逃れるように俯いていた顔を持ち上げれば、向日葵から頭1つ分抜き出た五条の姿があった。それを見たら途端に向日葵が小さく見えてしまって、ふっと肩から力が抜けて、拍子抜けしてしまった。何でも隠せてしまうと思った向日葵は、しかしそうではなかったのだ、と。
という昔の記憶に恵は深い溜息を吐き出した。こんな思い出、たぶん五条に語ることは一生ないだろう。
「人の顔見て溜息吐かないでよ」
「…向日葵のよく似合う頭だなぁと」
「それ褒めてる?」
夏と言えば向日葵!と勢いよく部屋に押し掛けてきた五条の手にはどこで手に入れたのか、向日葵が何本かあった。それを誰に押し付けるのか、考えるまでもなくて再び溜息を吐き出した。
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彼岸
まだ渋谷終わってなかった頃に書いたやつ
「なにそれ」
そう言って指を向ければ伏黒はなんてことないように「お盆なので」と答えた。大して揃えられてもない食器棚から適当に見繕ってきたであろうグラス。何度か伏黒の部屋に遊びに来ているけれど、見た記憶がないということは棚の奥で埃でも被っていたのかもしれない。そんな古いグラスに若干萎れた彼岸花が挿さっていた。
「そこは菊じゃない?」
「菊って感じじゃないですから。ちょっと不吉なくらいが丁度いい」
「…それ、誰のこと指してる?」
草臥れた彼岸花は買ってきたものではないのか、おざなりに水に差し込まれている茎の根元はちぎったようなあとがあった。真面目そうに見えて意外と雑で大胆なことをするこの子は、どこかで偶然見つけたこれを無断で拝借してきたのかもしれない。花1本毟ってきたところでそれを咎めるような真面目さなんて自分にはないが、背中にひやりとした汗が伝う。
伏黒が白くて細い指で燃えるような花の表面を撫でる。
「父親かもしれない人、ですかね」
あの渋谷で何があったのか、おおよそは伝えられていても全てを把握しているわけではない。五条の知らない所で何かを知ったこの子は、何を見た?
「あ、」
余程死に体だったのか、指に押されて花びらがぽろりと落ちた。
畳む
まだ渋谷終わってなかった頃に書いたやつ
「なにそれ」
そう言って指を向ければ伏黒はなんてことないように「お盆なので」と答えた。大して揃えられてもない食器棚から適当に見繕ってきたであろうグラス。何度か伏黒の部屋に遊びに来ているけれど、見た記憶がないということは棚の奥で埃でも被っていたのかもしれない。そんな古いグラスに若干萎れた彼岸花が挿さっていた。
「そこは菊じゃない?」
「菊って感じじゃないですから。ちょっと不吉なくらいが丁度いい」
「…それ、誰のこと指してる?」
草臥れた彼岸花は買ってきたものではないのか、おざなりに水に差し込まれている茎の根元はちぎったようなあとがあった。真面目そうに見えて意外と雑で大胆なことをするこの子は、どこかで偶然見つけたこれを無断で拝借してきたのかもしれない。花1本毟ってきたところでそれを咎めるような真面目さなんて自分にはないが、背中にひやりとした汗が伝う。
伏黒が白くて細い指で燃えるような花の表面を撫でる。
「父親かもしれない人、ですかね」
あの渋谷で何があったのか、おおよそは伝えられていても全てを把握しているわけではない。五条の知らない所で何かを知ったこの子は、何を見た?
「あ、」
余程死に体だったのか、指に押されて花びらがぽろりと落ちた。
畳む
ひっつき虫in夏
「恵って意外と子供体温だよね」
間延びした声で言った五条は伏黒の腰に回した腕に力を込めた。何もしなくても汗が滲む7月の気温の中で、いくら元々体温が低い人だとはいえこうも密着されては暑くて仕方ない。ぴたりと五条とシャツ越しに触れている伏黒の背中がじっとりと汗ばんでいく。
「暑んいんで離れてください」
「人肌恋しいもん」
「冬に言ってくださいよ」
冬なら良いんだ!と声を弾ませた五条はこれ幸いとばかりに伏黒を丸ごと抱え込むように足まで使って強く抱きしめる。すっぽりと五条の身体の内に収まってしまった身体はもう腕すら動かすのも面倒な程で、溜息を吐き出してから伏黒はどうにか読んでいた本に栞を挟んで閉じた。
「触れ合うってやっぱいいねぇ」
開けた窓から吹き込むぬるい風ではもう足りない程に、隙間なく張り付いた背中と胸は2人分の汗でシャツの色を濃くしていた。
畳む
「恵って意外と子供体温だよね」
間延びした声で言った五条は伏黒の腰に回した腕に力を込めた。何もしなくても汗が滲む7月の気温の中で、いくら元々体温が低い人だとはいえこうも密着されては暑くて仕方ない。ぴたりと五条とシャツ越しに触れている伏黒の背中がじっとりと汗ばんでいく。
「暑んいんで離れてください」
「人肌恋しいもん」
「冬に言ってくださいよ」
冬なら良いんだ!と声を弾ませた五条はこれ幸いとばかりに伏黒を丸ごと抱え込むように足まで使って強く抱きしめる。すっぽりと五条の身体の内に収まってしまった身体はもう腕すら動かすのも面倒な程で、溜息を吐き出してから伏黒はどうにか読んでいた本に栞を挟んで閉じた。
「触れ合うってやっぱいいねぇ」
開けた窓から吹き込むぬるい風ではもう足りない程に、隙間なく張り付いた背中と胸は2人分の汗でシャツの色を濃くしていた。
畳む
歯型
痛そう…(書いたの約3年前)
朝起きて、洗面台に立って初めて自分の身体に起きた惨状に気がついた。恥じらうだとかよりもまず1番に伏黒は引いた。自分の身体に引いたのもそうだが、1番は最早可愛らしいキスマークどころではなく赤黒くなっている鬱血痕やら、どう見ても血が滲むを通り越して瘡蓋になっていたりする歯型を至る所に付けまくった五条に。痛々しいそれは上手いこと全て服の下に隠れるようにはなっているが、それにしたってやりすぎだ。多分背中にも引くほどある。
「おはよー、驚いた?」
「…引きましたね」
「愛の結晶じゃーん」
「もっとまともなものでくださいよ…」
洗面台の前に立ち尽くしていると、少し遅れて起き出した五条がまっさらな傷1つない身体でもって現れた。余計に伏黒の身体が目立って仕方ない。いや、やりすぎだろ。口には出さないが内心で呟いた。
大きくため息を吐き出した伏黒を後ろから抱きしめた五条は、そのまま伏黒の身体を左右に揺らしながら口を尖らせる。
「だーって恵が悠仁と一緒に秋葉原デートするから」
「子供か」
「男は何歳になっても子供なんだよ」
あれはそもそもデートではない。そう言おうと思ったが言ったところで歯型が消える訳でもないので伏黒は口を噤んだ。第一、秋葉原と聞くと思い出したくない記憶があるので考えたくなかった。
ゆらゆらと揺れる視界の中でまっさらな五条の身体がいやに目につく。今の自分の身体と並ぶそれに、むかつかないわけがない。
「…お?なになに、どしたの」
どこか嬉しそうな五条の声を無視して、向き合うように身体を反転させた伏黒は眼前にある五条の鎖骨に顔を寄せた。歯を立てれば骨の硬さを感じる。それでも構わず力を込めれば痛みにか少しだけ五条の肩が震えた。ぶつりと五条の白い皮膚を突き抜ける音がした。少しだけ感じる血の味は、仕事柄どうにも慣れ親しんでしまったものだがやっぱり美味しくはない。
「熱烈だねぇ」
「あんたよりはマシだよ」
やっと口を離せば伏黒のものに比べてまだ色も鮮やかな歯型が一つだけ出来ていた。きっと少しすれば今の伏黒のように濁った色になっていくだろう。
ちょっとだけ気分が晴れた伏黒はもう話は終わりだと再び洗面台に向き合ってまずは顔を洗うべく蛇口を捻った。
「愛、感じちゃうなぁ」
畳む
痛そう…(書いたの約3年前)
朝起きて、洗面台に立って初めて自分の身体に起きた惨状に気がついた。恥じらうだとかよりもまず1番に伏黒は引いた。自分の身体に引いたのもそうだが、1番は最早可愛らしいキスマークどころではなく赤黒くなっている鬱血痕やら、どう見ても血が滲むを通り越して瘡蓋になっていたりする歯型を至る所に付けまくった五条に。痛々しいそれは上手いこと全て服の下に隠れるようにはなっているが、それにしたってやりすぎだ。多分背中にも引くほどある。
「おはよー、驚いた?」
「…引きましたね」
「愛の結晶じゃーん」
「もっとまともなものでくださいよ…」
洗面台の前に立ち尽くしていると、少し遅れて起き出した五条がまっさらな傷1つない身体でもって現れた。余計に伏黒の身体が目立って仕方ない。いや、やりすぎだろ。口には出さないが内心で呟いた。
大きくため息を吐き出した伏黒を後ろから抱きしめた五条は、そのまま伏黒の身体を左右に揺らしながら口を尖らせる。
「だーって恵が悠仁と一緒に秋葉原デートするから」
「子供か」
「男は何歳になっても子供なんだよ」
あれはそもそもデートではない。そう言おうと思ったが言ったところで歯型が消える訳でもないので伏黒は口を噤んだ。第一、秋葉原と聞くと思い出したくない記憶があるので考えたくなかった。
ゆらゆらと揺れる視界の中でまっさらな五条の身体がいやに目につく。今の自分の身体と並ぶそれに、むかつかないわけがない。
「…お?なになに、どしたの」
どこか嬉しそうな五条の声を無視して、向き合うように身体を反転させた伏黒は眼前にある五条の鎖骨に顔を寄せた。歯を立てれば骨の硬さを感じる。それでも構わず力を込めれば痛みにか少しだけ五条の肩が震えた。ぶつりと五条の白い皮膚を突き抜ける音がした。少しだけ感じる血の味は、仕事柄どうにも慣れ親しんでしまったものだがやっぱり美味しくはない。
「熱烈だねぇ」
「あんたよりはマシだよ」
やっと口を離せば伏黒のものに比べてまだ色も鮮やかな歯型が一つだけ出来ていた。きっと少しすれば今の伏黒のように濁った色になっていくだろう。
ちょっとだけ気分が晴れた伏黒はもう話は終わりだと再び洗面台に向き合ってまずは顔を洗うべく蛇口を捻った。
「愛、感じちゃうなぁ」
畳む
弔い
この子供は、人よりよく寂しさというものを分かっている。寂しさというものを分かっていて、それに慣れることも覚えていて、泣いても意味などないことを知っていて、でも忘れることは出来ない。中途半端に背伸びしたきり戻れない子供だった。彼は危ういバランスで成り立っている。
「静かだね」
「…いつも静かですよ、俺は」
言外に、虎杖や釘崎とは違うと滲ませながら伏黒は背後に現れた五条をじとりと睨めつけた。
学生寮の裏庭、あまり人のこない奥まった木の下に伏黒はいた。幼い時から変わらない、簡素で粗末で強い風が吹けば倒れてしまうような弔い方をする。それを可愛らしいと思う反面、優しすぎる程に優しい子だと思う。
「それ、悠仁の?」
指さした先には名前も何も無く地面に突き立てられただけの割り箸が2本あった。ただの割り箸、という辺りがよりちんけに見せるが伏黒の中での精一杯の妥協点なのだろう。ありすぎる優しさは呪術師という仕事において持たないに越したことはないと知っているから。
「2本あるから違うか。大蛇と玉犬?」
伏黒の眉間に寄せられた皺が、深くなる。
「笑いに来たなら帰ってくださいよ」
「別に笑ってないじゃない。恵は優しいねって」
式神など言ってしまえばただの道具でしかない。壊れてしまえば残りを使えばいい。五条が今までに見た事がある術師はどれもそういう人間ばかりだ。最低限の情はないと人ではなくなってしまう、けれどそれ以上の情を持てば呪術師として死しか待っていない。ここはそういう非情な世界だ。
壊れてしまった2匹の式神の為にわざわざ墓などあしらえてやるこの子供を、そこに引き込んでしまったことを後悔したことが1度もないと言えば嘘になるけれど。
「優しくなんかないですよ。優しかったら、…」
そこで言葉を切った伏黒が小さく舌打ちをして五条の脇をすり抜けようと足を進めた。打ち切られた言葉の続きなんて長い付き合いの五条でも分かりやしない。優しさがもたらす寂しさも痛みも、捨てれないのなら慣れなくてはいけないと知っているこの子は一体なにを言いかけたのだろう。聞いたところで答えてはくれないに違いないのだけど。
「泣いてあげてた?」
そのまま通り過ぎて行った伏黒は五条の言葉に返事を返さずに足早に寮の中へと帰っていった。
畳む
この子供は、人よりよく寂しさというものを分かっている。寂しさというものを分かっていて、それに慣れることも覚えていて、泣いても意味などないことを知っていて、でも忘れることは出来ない。中途半端に背伸びしたきり戻れない子供だった。彼は危ういバランスで成り立っている。
「静かだね」
「…いつも静かですよ、俺は」
言外に、虎杖や釘崎とは違うと滲ませながら伏黒は背後に現れた五条をじとりと睨めつけた。
学生寮の裏庭、あまり人のこない奥まった木の下に伏黒はいた。幼い時から変わらない、簡素で粗末で強い風が吹けば倒れてしまうような弔い方をする。それを可愛らしいと思う反面、優しすぎる程に優しい子だと思う。
「それ、悠仁の?」
指さした先には名前も何も無く地面に突き立てられただけの割り箸が2本あった。ただの割り箸、という辺りがよりちんけに見せるが伏黒の中での精一杯の妥協点なのだろう。ありすぎる優しさは呪術師という仕事において持たないに越したことはないと知っているから。
「2本あるから違うか。大蛇と玉犬?」
伏黒の眉間に寄せられた皺が、深くなる。
「笑いに来たなら帰ってくださいよ」
「別に笑ってないじゃない。恵は優しいねって」
式神など言ってしまえばただの道具でしかない。壊れてしまえば残りを使えばいい。五条が今までに見た事がある術師はどれもそういう人間ばかりだ。最低限の情はないと人ではなくなってしまう、けれどそれ以上の情を持てば呪術師として死しか待っていない。ここはそういう非情な世界だ。
壊れてしまった2匹の式神の為にわざわざ墓などあしらえてやるこの子供を、そこに引き込んでしまったことを後悔したことが1度もないと言えば嘘になるけれど。
「優しくなんかないですよ。優しかったら、…」
そこで言葉を切った伏黒が小さく舌打ちをして五条の脇をすり抜けようと足を進めた。打ち切られた言葉の続きなんて長い付き合いの五条でも分かりやしない。優しさがもたらす寂しさも痛みも、捨てれないのなら慣れなくてはいけないと知っているこの子は一体なにを言いかけたのだろう。聞いたところで答えてはくれないに違いないのだけど。
「泣いてあげてた?」
そのまま通り過ぎて行った伏黒は五条の言葉に返事を返さずに足早に寮の中へと帰っていった。
畳む
七海と飲み会
この五条悟という男を同じ人間だと思いたくはないが、しかし間違いなくこの男はただの人間なのだと思う瞬間がある。彼が七海を殺めようと思えば、瞬きの間に自分の身体はひしゃげているだろう。そういう力を持っているが、そんな男も実の所はそこらの人並みに愛だの恋だのに浮かれ慈しむ1人の人間であった。
酒に弱いと本人は言うが、果たしてそれは本当の話だろうか。七海は五条と半ば強制的に呑みに行かされると必ず思う。何もかもが完璧な強さを持つこの男が、酒ひとつにやられる方が違和感だと思えてならないからだ。しかしそれでも数口のサワー如きで目尻を赤く染めた男はふわふわとした口調で言う。「恵ってさぁ」と。
「彼の話、何度目ですか」
「何度だっていいだろ〜!僕は恵の話をしたいんだよ」
彼の酔いについて真偽の程は確かではないが、五条と呑めば会話は大体彼のことになる。といっても一方的に五条が捲し立てる話に適当に相槌を打つだけなのだが、それでも五条は満足するらしい。
「僕と恵の関係なんて犯罪だぞ、七海くらいしか話せないじゃん」
「別に誰でもよかったでしょうに」
彼はそう言うが、実際のところは話し相手など誰でもいいのだ。たまたま数年前に、五条が誰かに伏黒との惚気を話したいと思った時に、運悪く居合わせたのが七海であっただけで。
「…もうお酒は置いておいてください。伏黒くんを呼んでおきますので」
この男も、結局はただの人間であるのだ。付き合っている相手との自慢話をしたくなり、彼が好きなのだと言いながらサイドメニューのバニラアイスを何皿も平らげる程度には。
七海の言葉に五条がまだ早いと口を尖らす。この呑み会は毎回七海が伏黒を呼ぶところでお開きだ。これから呼び出してしまう伏黒には悪いが、これが1番手っ取り早く終わらせる方法なのだ。まだ早いと駄々を捏ねるけれど、伏黒を呼ぶと途端に機嫌が良くなる五条が全ての勘定も済ませてくれる。
「じゃあ来月!また続きやろう」
「お断りします」
畳む
この五条悟という男を同じ人間だと思いたくはないが、しかし間違いなくこの男はただの人間なのだと思う瞬間がある。彼が七海を殺めようと思えば、瞬きの間に自分の身体はひしゃげているだろう。そういう力を持っているが、そんな男も実の所はそこらの人並みに愛だの恋だのに浮かれ慈しむ1人の人間であった。
酒に弱いと本人は言うが、果たしてそれは本当の話だろうか。七海は五条と半ば強制的に呑みに行かされると必ず思う。何もかもが完璧な強さを持つこの男が、酒ひとつにやられる方が違和感だと思えてならないからだ。しかしそれでも数口のサワー如きで目尻を赤く染めた男はふわふわとした口調で言う。「恵ってさぁ」と。
「彼の話、何度目ですか」
「何度だっていいだろ〜!僕は恵の話をしたいんだよ」
彼の酔いについて真偽の程は確かではないが、五条と呑めば会話は大体彼のことになる。といっても一方的に五条が捲し立てる話に適当に相槌を打つだけなのだが、それでも五条は満足するらしい。
「僕と恵の関係なんて犯罪だぞ、七海くらいしか話せないじゃん」
「別に誰でもよかったでしょうに」
彼はそう言うが、実際のところは話し相手など誰でもいいのだ。たまたま数年前に、五条が誰かに伏黒との惚気を話したいと思った時に、運悪く居合わせたのが七海であっただけで。
「…もうお酒は置いておいてください。伏黒くんを呼んでおきますので」
この男も、結局はただの人間であるのだ。付き合っている相手との自慢話をしたくなり、彼が好きなのだと言いながらサイドメニューのバニラアイスを何皿も平らげる程度には。
七海の言葉に五条がまだ早いと口を尖らす。この呑み会は毎回七海が伏黒を呼ぶところでお開きだ。これから呼び出してしまう伏黒には悪いが、これが1番手っ取り早く終わらせる方法なのだ。まだ早いと駄々を捏ねるけれど、伏黒を呼ぶと途端に機嫌が良くなる五条が全ての勘定も済ませてくれる。
「じゃあ来月!また続きやろう」
「お断りします」
畳む
目隠し
「……ちょっと」
「だ〜れだ」
語尾にハートマークが見えるほどに優しく甘く言ってやれば、伏黒はそれに全く靡くことなく苛立った声で五条の手を抓りあげた。といっても伏黒の指先は都合よく五条の手の甲には届かずにいるのだけど。誰だって痛いのは嫌に決まっている。
五条の手のひらでもって覆われた伏黒の顔は、本来なら目元だけを覆われる筈が顔の半分以上が隠されてしまっている。彼が小顔なのか、自分の手が大きすぎるのかは分からないけれど。
「何しょうもないことしてるんですか」
「ほら答えて?だ〜れだ」
手のひらに伏黒の眉間に皺が寄ったのが感じられた。例え背後から手を伸ばしてようが、手のひらで顔を隠していようが、伏黒の表情なんて手に取るように分かる。意外とこの子は分かりやすいのだ。
「…五条先生」
「せいか〜い!」
「答えたんだからさっさと離してくださいよ」
「えっ、やだ」
「は?」
恵は短気だなぁと笑えば、抓るのをやめた手が握り拳になって今度は背後にいる五条の顔へと向かってきた。当たらないと分かってやっているのだろうが、年々伏黒から飛んでくる手は容赦がなくなってきている。信頼の証、とでも言えばそれはそれで気分がいいが。
「恵は優しいなぁ、殴るふりで済ませてくれるなんて」
「っとにムカつくなあんた…」
さて、そういえば何故こうして伏黒に子供みたいな遊びを仕掛けているのかについてだが、ただ単に暇だったのだ。伏黒は任務の報告書を仕上げないといけないから暇ではないのだが、そこは五条には関係ない。暇と退屈は簡単に人を殺すのだ。ついでに報告書の為にノートパソコンと向き合っている伏黒の目が、長いことブルーライトに晒されて少しだけお疲れな気がしたのだった。
畳む
「……ちょっと」
「だ〜れだ」
語尾にハートマークが見えるほどに優しく甘く言ってやれば、伏黒はそれに全く靡くことなく苛立った声で五条の手を抓りあげた。といっても伏黒の指先は都合よく五条の手の甲には届かずにいるのだけど。誰だって痛いのは嫌に決まっている。
五条の手のひらでもって覆われた伏黒の顔は、本来なら目元だけを覆われる筈が顔の半分以上が隠されてしまっている。彼が小顔なのか、自分の手が大きすぎるのかは分からないけれど。
「何しょうもないことしてるんですか」
「ほら答えて?だ〜れだ」
手のひらに伏黒の眉間に皺が寄ったのが感じられた。例え背後から手を伸ばしてようが、手のひらで顔を隠していようが、伏黒の表情なんて手に取るように分かる。意外とこの子は分かりやすいのだ。
「…五条先生」
「せいか〜い!」
「答えたんだからさっさと離してくださいよ」
「えっ、やだ」
「は?」
恵は短気だなぁと笑えば、抓るのをやめた手が握り拳になって今度は背後にいる五条の顔へと向かってきた。当たらないと分かってやっているのだろうが、年々伏黒から飛んでくる手は容赦がなくなってきている。信頼の証、とでも言えばそれはそれで気分がいいが。
「恵は優しいなぁ、殴るふりで済ませてくれるなんて」
「っとにムカつくなあんた…」
さて、そういえば何故こうして伏黒に子供みたいな遊びを仕掛けているのかについてだが、ただ単に暇だったのだ。伏黒は任務の報告書を仕上げないといけないから暇ではないのだが、そこは五条には関係ない。暇と退屈は簡単に人を殺すのだ。ついでに報告書の為にノートパソコンと向き合っている伏黒の目が、長いことブルーライトに晒されて少しだけお疲れな気がしたのだった。
畳む
お風呂
今やすっかり成長して頬の丸さもなくなってしまった伏黒だが、そんな彼にも当然幼い頃はあった。
1度だけ、そんな小さな伏黒に我儘を言って一緒にお風呂に入ったことがある。まだ小学生、それも1年か2年そこらの子供だった伏黒は五条の我儘を突っ撥ねることが出来なかった。それをいい事にちょっとした悪ふざけ半分、普段接することの無い子供への興味半分で持ちかけたのだ。
安くてボロいアパートの浴室は五条の暮らす家と比べたら驚く程狭かった。小さな2人にとってはこれで丁度いいのかもしれないが、五条が入るには随分と窮屈だ。天井だってそう高くなくて、ぐっと手を伸ばしてしまえば届いたかもしれない。
浴室でこれなのだから湯船なんてもっと狭くて、五条が先に浸かれば張られた湯が半分ほど溢れ出た。中で体育座りをした五条の上半身は殆どはみ出てしまったし曲げた膝だって飛び出している。これじゃあ冬場は寒いだろうなと思いながら未だに湯船を前に立ち尽くしている伏黒を手招けば、ずっと小さな口をきゅっと閉じていたのをやっと開いて「どこに入るんだよ」と言ったのだった。
「ここ。乗っかっていいからさ」
体育座りしている膝と身体の隙間を指させば、伏黒はそれはもう嫌な顔をした。未だ警戒心の強い猫のようにそこに立つ姿に1度笑って、腕を伸ばした。狭い浴室では立ち上がらなくてもちょっと頑張って腕を伸ばすだけで簡単に伏黒の身体に手が届く。逃げようとする前に持ち上げて無理やりに五条の身体の前に降ろしてしまえば、それは意外と上手く収まった。幼くて、小さくて、柔らかい背中がどこか緊張した風に強ばって五条の胸に触れる。
五条がちょっと腕に力を込めたら潰れてしまいそうな身体に、持ち上げられた時に咄嗟に縋るように伸ばされた小さな手に、暖かい浴室にいたからかうっすらと赤くなっていた頬に。それらを見て、胸が柔らかく締め付けられる感覚がしたのは何故だろうか。愛しいと、思ってしまったのは何故だろうか。
「なーんて事もあったよね」
「……ないですね」
「いやあったよ」
果たして何年ぶりだろうか、再び五条は伏黒に我儘を言い一緒にお風呂に入ろうと駄々を捏ねた。残念ながらしっかりと断ることが出来るように大きく成長してしまった伏黒は頷いてはくれなかったので、1人で浴室へと向かったのだけど。
五条に合わせた十分に大きな浴室はとてもあのアパートのものとは似ても似つかないが、たった1度のお風呂の思い出を振り返るには十分だった。
「あの頃の恵も、可愛かったよね」
その頃の話をすると彼は眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をするのだけど、敢えてその顔を見るのもまた一興というものだ。
畳む
今やすっかり成長して頬の丸さもなくなってしまった伏黒だが、そんな彼にも当然幼い頃はあった。
1度だけ、そんな小さな伏黒に我儘を言って一緒にお風呂に入ったことがある。まだ小学生、それも1年か2年そこらの子供だった伏黒は五条の我儘を突っ撥ねることが出来なかった。それをいい事にちょっとした悪ふざけ半分、普段接することの無い子供への興味半分で持ちかけたのだ。
安くてボロいアパートの浴室は五条の暮らす家と比べたら驚く程狭かった。小さな2人にとってはこれで丁度いいのかもしれないが、五条が入るには随分と窮屈だ。天井だってそう高くなくて、ぐっと手を伸ばしてしまえば届いたかもしれない。
浴室でこれなのだから湯船なんてもっと狭くて、五条が先に浸かれば張られた湯が半分ほど溢れ出た。中で体育座りをした五条の上半身は殆どはみ出てしまったし曲げた膝だって飛び出している。これじゃあ冬場は寒いだろうなと思いながら未だに湯船を前に立ち尽くしている伏黒を手招けば、ずっと小さな口をきゅっと閉じていたのをやっと開いて「どこに入るんだよ」と言ったのだった。
「ここ。乗っかっていいからさ」
体育座りしている膝と身体の隙間を指させば、伏黒はそれはもう嫌な顔をした。未だ警戒心の強い猫のようにそこに立つ姿に1度笑って、腕を伸ばした。狭い浴室では立ち上がらなくてもちょっと頑張って腕を伸ばすだけで簡単に伏黒の身体に手が届く。逃げようとする前に持ち上げて無理やりに五条の身体の前に降ろしてしまえば、それは意外と上手く収まった。幼くて、小さくて、柔らかい背中がどこか緊張した風に強ばって五条の胸に触れる。
五条がちょっと腕に力を込めたら潰れてしまいそうな身体に、持ち上げられた時に咄嗟に縋るように伸ばされた小さな手に、暖かい浴室にいたからかうっすらと赤くなっていた頬に。それらを見て、胸が柔らかく締め付けられる感覚がしたのは何故だろうか。愛しいと、思ってしまったのは何故だろうか。
「なーんて事もあったよね」
「……ないですね」
「いやあったよ」
果たして何年ぶりだろうか、再び五条は伏黒に我儘を言い一緒にお風呂に入ろうと駄々を捏ねた。残念ながらしっかりと断ることが出来るように大きく成長してしまった伏黒は頷いてはくれなかったので、1人で浴室へと向かったのだけど。
五条に合わせた十分に大きな浴室はとてもあのアパートのものとは似ても似つかないが、たった1度のお風呂の思い出を振り返るには十分だった。
「あの頃の恵も、可愛かったよね」
その頃の話をすると彼は眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をするのだけど、敢えてその顔を見るのもまた一興というものだ。
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地獄の釜の蓋を開ける作業する(過去小説を順次再掲していく)
2023.09.06 19:37:16 編集
2023年9月4日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
基本はメインに投げて、ある程度増えたらログに追加していきます。
過去絵:2020~21 /2022 /2023 /2024 /2025
(最終更新25.6.19)
____
←旧 新→
小説:忘れ形見/朝露と共に消えていくもの/閑話休題/スリーピングビューティー(R18)/きらきらぼし/明日はソファを買おう。(R18)/「褒めて!」(R18)/愛を知ってしまった僕たちは呪われてしまった/グッバイオールドブルー/麦茶素股(R18)/今日はポイント3倍デー(R18)
SS:お風呂/目隠し/七海と飲み会/弔い/歯型/ひっつき虫in夏/彼岸/向日葵(伏)(五)/夏祭り/隣がいない夜/恵の部屋で(R18)/呼び声/ハンドクリーム/ホットケーキ/薬指/性欲/喧嘩/人魚の夢/こたつみかん/寝正月(R18)/彼シャツトレンカ(R18)/危機感/深爪、ダメ絶対/長い夜/そのくらいの我儘、/モーニングルーティン/知らぬが仏/待ち合わせ/逢いたい/さみしい2人/今際/うなじ/つむじ/私は察しのいい女/セックスの仕方/散髪/プロポーズ/明晰夢/お説教/大人向けコーナー/誘い下手/それって結構愛じゃない?/よしよしわふわふ/盛り上がった朝/愛が重い/ビッグベイビー/ふたごたまご/早寝遅起き/偏頭痛(五)/キュートアグレッション/暑さ対策/自慢したがり/不器用/名前だけの星/フラッシュバック(R18)/エチケット/形の遺るもの/天変地異/酔っ払い/待ちきれないのはお互い様/芽生え/ナンパごっこ/偏頭痛(伏)/かき氷/飴玉スーパーブルームーン/悪い夢/ココア/いんがおうほう/元旦/リベンジ/合わせる顔がない/ご都合呪いに気をつけて(R18)/花束を私から貴方へ/ごじょ誕2024/伏黒恵専用スマホスタンド/子猫の甘噛み/山なし落ちなしむっつりさん/ひとりごと/まんまる虫/香水/リッチな特別コーヒー/パプリカ/反省の弁は要らない/今日はそういう日/つまりは惚れた弱み/僕の恵ってえっちだ/麦茶といたずら/確信犯と横着者/夏の風物詩/小説より奇なり/内緒の話/匂わせ/うたた寝、冷めたコーヒー/はじめての/共に過ごすということ
自分用柊英まとめ
過去絵:2020~21 /2022 /2023 /2024 /2025
(最終更新25.6.19)
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←旧 新→
小説:忘れ形見/朝露と共に消えていくもの/閑話休題/スリーピングビューティー(R18)/きらきらぼし/明日はソファを買おう。(R18)/「褒めて!」(R18)/愛を知ってしまった僕たちは呪われてしまった/グッバイオールドブルー/麦茶素股(R18)/今日はポイント3倍デー(R18)
SS:お風呂/目隠し/七海と飲み会/弔い/歯型/ひっつき虫in夏/彼岸/向日葵(伏)(五)/夏祭り/隣がいない夜/恵の部屋で(R18)/呼び声/ハンドクリーム/ホットケーキ/薬指/性欲/喧嘩/人魚の夢/こたつみかん/寝正月(R18)/彼シャツトレンカ(R18)/危機感/深爪、ダメ絶対/長い夜/そのくらいの我儘、/モーニングルーティン/知らぬが仏/待ち合わせ/逢いたい/さみしい2人/今際/うなじ/つむじ/私は察しのいい女/セックスの仕方/散髪/プロポーズ/明晰夢/お説教/大人向けコーナー/誘い下手/それって結構愛じゃない?/よしよしわふわふ/盛り上がった朝/愛が重い/ビッグベイビー/ふたごたまご/早寝遅起き/偏頭痛(五)/キュートアグレッション/暑さ対策/自慢したがり/不器用/名前だけの星/フラッシュバック(R18)/エチケット/形の遺るもの/天変地異/酔っ払い/待ちきれないのはお互い様/芽生え/ナンパごっこ/偏頭痛(伏)/かき氷/飴玉スーパーブルームーン/悪い夢/ココア/いんがおうほう/元旦/リベンジ/合わせる顔がない/ご都合呪いに気をつけて(R18)/花束を私から貴方へ/ごじょ誕2024/伏黒恵専用スマホスタンド/子猫の甘噛み/山なし落ちなしむっつりさん/ひとりごと/まんまる虫/香水/リッチな特別コーヒー/パプリカ/反省の弁は要らない/今日はそういう日/つまりは惚れた弱み/僕の恵ってえっちだ/麦茶といたずら/確信犯と横着者/夏の風物詩/小説より奇なり/内緒の話/匂わせ/うたた寝、冷めたコーヒー/はじめての/共に過ごすということ
自分用柊英まとめ
2023.09.04 23:12:40 編集
2023年9月3日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
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