薄明

ごじょうさとる×ふしぐろめぐみ
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待ちきれないのはお互い様

「……もう金曜も終わりかよ」
 大きく溜息を吐き出して五条はスマートフォンをベッド脇にあるサイドチェストの上に放り投げた。今日も一日駆け回って携帯なんてろくに見れていない。充電なんて必要なかった。
 与えられた宿は一級品だが、この宿を起点にあちらこちらへと仕事に駆り出されているおかげで名物の露天風呂もろくに楽しめていない。さっとシャワーを浴びては寝て、起きたらさっさと仕事に向かう。忙しすぎて月曜から始まったこの出張も気がつけば5日が過ぎ、明日(既に今日になっているが)が最終日となっていた。だらだらと長く感じるくらいなら知らぬ間に過ぎ去っていた方がまだいいのかもしれないが、やはり勿体ないと感じるのは仕方ない。本当に仕事のこと以外この1週間の記憶がないのだから。
 けれど明日が終わればあとは帰るだけ。余程予定を詰め込んだ自覚があるのか、お上の人間は一応日曜日を丸々オフにしてくれた。といっても帰るための移動で半分終わるが。
「………ん、」
 さっさと寝てしまおうと目を閉じた時、サイドチェストの上で携帯が震えた。既に12時を回り、金曜を通り越して土曜になっている。こんな時間にくる連絡と言えば追加の仕事くらいなものだった。寝たことにして無視してしまおうかと思ったが、なかなか途切れない着信に五条はもう一度大きな溜息を吐き出しながら画面もろくに見ないで着信を取った。
「なに」
「随分と機嫌悪そうだから切りましょうか」
「っ、えっ、いやそのままで!」
 五条の慌てふためいた様子に携帯の向こうで伏黒が小さく笑った。こんな時間に、ましてや伏黒から連絡が来るなんて思いもしなかったのだ。けれど五条の機嫌がすこぶる悪いのは予想していたのか、通話は切られることなく続けられた。
「全く連絡来ないし、余程忙しいみたいなのでたまには俺から電話しました。多分メッセージだと見ないでしょうし」
「寂しかった?」
「五条さんが、でしょ」
 言外に寂しかったと言われて疲れきった五条の気持ちが持ち上がっていく。忙しすぎて笑うことすら忘れかけていた。喉の奥で素直じゃないなと笑って携帯を充電コードに繋いだ。
「そういうことにしとくけどさ、折角恵からかけてくれたしなんかする?」
「なにか?」
「テレセク」
 少しの間。初めて聞く言葉だろうが、五条の言い方からやがて何の略語か気が付いた伏黒が呆れた声で言った。
「そんな気分じゃないでしょ、五条さんが」
「はは」
 伏黒の言う通りだったが、答えずに笑うだけで誤魔化す。実際、今はこうして他愛のない話をしたかった。五条の方にはこの5日間に話して聞かせるような面白いことは何も無いが、伏黒の方には何かしらあるだろう。それを聞くだけでよかった。ここに伏黒本人がいたらもっと良かったのだけど、こればっかりは仕方ない。
「日曜の夕方にはそっち着けると思うからさ、晩御飯でも一緒に食べようよ。駅で待ち合わせしてさ」
「…いや、俺がそっち向かいます」
「ん?」
 伏黒が少し言い淀む。そして続けた。
「明日…いやもう今日か…の夕方か夜にはそっちに着けると思うんで、一緒に帰りましょう。移動時間結構長いじゃないですか、五条さんがいるところ」
 伏黒の言葉を咀嚼して、飲み込んで、理解して、そして一番に笑いが込み上げた。寂しかった、くらい素直に言えばいいのに。会いたかったとか、直ぐに顔が見たいとか、待ちきれないとか、素直に言えばいいのに。素直なことは言わないでこんなことをするから余計に愛らしい。
「僕の仕事終わるの、たぶん夜遅いよ。夕方には終わってない」
「いいですよ。宿の住所教えてくれたらその辺で時間潰します」
「…明後日の朝一で帰る予定だったけどさ、明日は恵も泊まれるようにしておくよ。一緒にゆっくり寝よ」
 一緒に寝てほしい、ただ何もしないで横にいてくれるだけでいい。伏黒にはちゃんとこれも伝わっているだろう。携帯の向こうで伏黒が仕方ないですねと吐息だけで笑うのが聞こえたのだから。
近くに空港も無ければ新幹線もない。途中から電車を乗り継いで行くような、辺鄙な場所だ。そんなところに来たって時間を潰せるようなものがあるとは思えない。そんなの伏黒も分かっているだろうに、それでも五条が帰ってくるのを待ちきれないのだという。
 明日は仕事の合間に伏黒と食べれそうな場所を探そう。夜遅くまで営業していて、未成年でも入れるような場所。それかコンビニで何か買って食べながらこの旅館で贅沢に夜を明かしてもいい。
「後で住所送っておくね。気をつけて来て」
「はい。…それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
 ただ間違いないのは、可能な限り早く仕事を終わらせないといけないことだ。五条だって伏黒の顔が見たくて待ちきれないのだから。

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