薄明

ごじょうさとる×ふしぐろめぐみ
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そこに落ちる幸福について
柊英です


「あれ?柊羽起きてたんだ」
 何の気なしに目が覚めて、何の気なしに水が飲みたいと思って共有ルームへと足を運べば明かりの灯されていない中で柊羽がソファに腰掛けていた。一瞬その人影に止まりかけた心臓は、けれど誰だか分かれば直ぐに穏やかに鼓動を進める。豆電球の小さな明かりひとつもない部屋は月明かりで静かに照らされて、カーテンを透過して薄青く辺りを染めていた。そこに佇む柊羽の姿はあんまりにも絵になっていて、一歩でも彼に近寄ってはいけない気がした。美しいものに近寄る恐れ多さと、美しい美術品を邪魔してしまう恐れ多さ。
「少しだけ、浸りたくてな」
「浸る…?」
「ああ。…月明かりが綺麗な日は、思い出すんだ」
 思い出すって何を、そう聞く前に柊羽は英知を手招いた。こちらにこないと先は教えないと言わんばかりの表情に、ああそういえば和泉柊羽とはそういう男だったと思い出す。月明かりで完成されたそこに足を踏み入れるのははばかられるが、もう英知から喉の渇きは消え失せてしまって佇む理由が柊羽と話すこと以外にはなくなってしまった。
 英知がゆっくりと音を立てないように足を踏み入れたのを見て柊羽が続きを語り始める。
「少し前に曲を作っただろう。花鳥風月シリーズの最後の曲」
「あの月のやつ」
「そう。あれを作ることになった時に、丁度今日みたいな夜が曲のとっかかり、きっかけになってくれたんだ」
 柊羽の隣に腰掛けて考える。月明かりが美しい、今夜みたいな日。柊羽の言葉はぼんやりしていていつの事なのかはさっぱり分からない。けれどそんな夜に何か柊羽を手伝えるようなことをしただろうか。首を捻って考えてみても英知には心当たりはなかった。いつも通りにおはようと言って柊羽を見送って、仕事に向かって、おかえりと柊羽を迎えて、寝る前にみんなで束の間の談笑。けれど柊羽がみんなが寝静まる頃に帰る日は一足先に寝てごめんねの気持ちも込めて置き手紙を1つ置いてから眠る。簡単に振り返ってしまえる程のいつもの日々しか思い当たらず、特別なんてどこにもなかった。
「俺たち、なんかしたっけ?」
「いいや、何も」
「…んん?」
「何も無いことが、きっかけになってくれたんだよ。幸せがなんなのか、教えてくれたんだ」
 幸せなんていうのは本当に些細な当たり前のことだったんだな、柊羽はそう言って細く長く息を吐き出した。
「幸せって」
 青白く照らされたその横顔に、思わず手が伸びた。美しい絵画に自らの指先が伸び、形作る一部となる。そっと髪に触れた英知の指先に、柊羽の瞳が不思議そうに瞬く。
「何気ない毎日だって先に教えてくれたのは、柊羽だよ」
 指の隙間を絶えず流れるように柊羽の髪が滑る。癖のない髪は英知がどんなに掌で指先でかき混ぜようがその流れを乱すことは無い。
「柊羽の歌ってすごいね」
 柊羽が言っていた夜がいつなのか、それは分からないけれどきっと今日みたいな穏やかな夜だったのだろう。みんな寝静まって、どこか遠くの喧騒すら聞こえない穏やかな夜。それを想って歌った歌で柊羽はなんと言っていただろうか。
「…すごくは、ないさ」
「柊羽はすごくないと思ってても、俺はすごいと思ってる」
「敵わないな」
「そういう押しの強さはあると思ってるんで。」
 変わらない青白い光は時間を伝えてはくれないが、今が決して早い時間とは言えない。明日の仕事は何時からだったか、それを思い出すのも億劫だけれど夜更かしはいけない。
 月明かりがひとつ揺れて、止まっているかのようにゆっくりと流れていた柊羽と英知の間にある時間を動かした。
「……寝よっか」
 柊羽の髪を最後にひと撫でしてソファから立ち上がれば、座ったまま見上げた柊羽が目を細めて英知を見つめていた。柊羽は本当に、月明かりがひどく良く似合う。どうしたの、そう言葉が飛び出すより柊羽の言葉の方が早かった。
「俺は幸せ者だな」
「…その言葉、そっくりそのまま柊羽にお返しするよ」
 壱星と壱流だってそう思ってる。そう言えば世界一の幸せ者だと柊羽は眉を下げて笑った。
 
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