薄明

ごじょうさとる×ふしぐろめぐみ
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2026年1月の投稿52件]2ページ目)

2026年1月9日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

見えないルージュの誘惑
柊英です


「…やっぱ逆じゃない?」
「そうか?」
 至極不思議そうに首を僅かに傾げてみせた柊羽は、たとえシーツに押し倒されていようが様になっていた。好きな人をベッドに押し倒しているのだ。男として大層燃え上がる瞬間だろうに、悲しいかな立場が逆転している方が英知の頭ではしっくりきてしまった。慣れとはかくも恐ろしい。
「俺としてはなかなか眼福なんだが」
「いや、それは俺もそうだけど…」
 肘で体を支えながら柊羽の顔を挟んでいるため、随分と距離が近い。いつだかに流行った壁ドン、とは違うが擬似的にそれを体験しているような気持ちになる。
 そもそも何故こんなことになっているのか、現実逃避がてらちょっと振り返ってみれば英知が受け取ったCMの概要が事の始まりだった。
 女性向けの化粧品のCM。真っ赤なルージュを引いた女優を英知がベッドに押し倒し、唇に手を伸ばす。彼女と英知の唇が近づき、アップになり、触れる直前でカメラは止まり、商品名と宣伝文句が流れる。そんな大人な雰囲気が色濃いもの。
 本音を言ってしまえば、自分より柊羽が適任だろうと思わないでもないが、先方は英知がいいと言うのだ。当然やらない出来ないなんて答えはなく、受け取った概要を見ながら自分にこれがこなせるだろうかと考えていたところに、柊羽の奔放な好奇心が飛び出した。「英知に押し倒されたことがないな、そういえば」だなんて。
「…てか、実際どう?俺に押し倒されてみて」
「悪くないな。…だからもう少しだけ、この距離でいたい」
「そう言われちゃうとなぁ」
 柊羽が小さく笑う。
「断れないだろう?」
「よくご存知で。……?」
 不意に柊羽の指が英知の口元へと伸ばされる。かさついた表面をなぞる指をそのままに、言葉を待てば少しだけ眉を下げて柊羽は言った。
「だが、俺以外の人間がこのアングルで英知を見るのかと思うと、少し妬けるな」
「……今言う?」
「っはは、嬉しいリアクションだ」

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愛とは強かに
柊英です


「すまない、英知」
「…あぁ、それ」
 本当に申し訳なさそうな顔で柊羽が見せてきたのは今日発売したばかりの週刊誌だった。派手な見出しでもってゴシップをよく載せている雑誌で、決してイメージがいいわけではないそれ。柊羽に渡されたそれの表紙には、目立つようについ先日クランクアップしたドラマで共演していた女優とのツーショット写真が撮れたとあった。ご丁寧に打ち上げ後の逢瀬か、なんて言葉も添えて。
「珍しいよね、柊羽が撮られるの」
「なるべく2人きりにはならないように気をつけていたんだ。…でも、どこかから撮られた。すまない」
「っていやいや、そんな申し訳なさそうな顔しないでよ!」
 解像度の低いモノクロの写真でも柊羽の顔立ちが綺麗なのがよく分かる。確かに共演した彼女とは似合いのツーショットだ。並ぶと絵になる、お似合いだ。けれど英知にとってはそれだけの話。
「別に疑ってないし不安にもなってないし、そもそもこれ根も葉もない噂でしょ?」
 未だ下がったままの柊羽の眉が、彼の誠実さを物語っている。どうしたって人気や知名度があればそれを餌にありもしない噂を流されるのは当然のことだ。有名税、なんて言われたりもするがまさしくその通り。度が過ぎていたら話は別だが、どこかから写真1枚撮られるくらいで不安になって凹んでいたり気にしていたらきりがない。
「第一、これでもかってくらい柊羽に愛されて大事にされてるのに、今更写真1枚で疑う方が失礼だ」
 英知の言葉に、柊羽が幾度か瞬きしてから小さく息を吐き出した。さっきよりちょっと明るくなった顔で笑う。
「…英知のそういうところが、俺は好きだよ」
「俺も、柊羽のそういう真面目なところが好きだよ」
 そう返してやれば柊羽は敵わないと手にしていた雑誌を近くにあったゴミ箱へと入れた。

 
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夢でも逢えやしない
柊英です


 植物園を貸し切っての撮影。そう雑誌の後ろに載っている編集後記には書いてあった。その文字の通り、雑誌の表紙に起用されていた柊羽は緑の中に凛と立っていたし、ぱらりと捲った中にも緑の中で微笑む柊羽の姿がいくつもあった。本当に、実に絵になる。ただ立っているだけでもう彼はひとつの特別になっていた。
 その雑誌を小脇に抱えて、本来買う予定だったコミックスの新刊を何冊か手に取ってレジへと向かう。この手に取った漫画本がいつ落ち着いて読めるのか、それはちょっと分からないが柊羽の載ったこの雑誌はいの一番に読むに違いなかった。
 
_

 僅かな昼休みに本屋に駆け込んだおかげで少しも落ち着いて昼食にはありつけなかったが、その日は珍しく仕事が早めに終わった。と言ってもごく一般的なサラリーマンからしたら随分と遅い帰宅であることに変わりはないのだけど。けれどADとはそういうものだと思うし、この生活が楽しいのだから何も問題も文句もない。
 ただ、それなのに僅かばかり気分が晴れないのはどうしてだろうか。コンビニで買ってきた安い缶ビールと値下げされた惣菜、昼休みに買った雑誌達を疲れた腕で乱雑に置きながら考える。
(まぁ、理由とか分かってるけど)
 自分が和泉柊羽と友人であることが不思議でならない。どうしてこう気軽にメッセージのやりとりができて、会話もできて、時間が合えば食事にだって行けるのだろうか。案外和泉柊羽という人間は見た目に反して気さくで話しやすい。先に声をかけてきたのも向こうからであったし、だからこそ、こうやって柊羽が雑誌の表紙なんかにいると忘れかけていたことを思い出してしまうのだ。
 彼はこうやって植物園を貸し切って雑誌の表紙を飾る人間だし、来週には彼が出演するドラマに番宣もある。どこかのブランドの広告もしていただろうか。
 英知と柊羽は、住んでいる世界があんまりにも違いすぎるのだ。
(…そりゃ、酔いたい日もあるよね)
 元からどうにかなるつもりも、どうにかなれるとも思ってはいなかったが、ふと現実を見てはやり場のない気持ちを持て余していた。友人としても、勝手に想っているにしても、彼はあんまりにも遠い世界の人間だった。

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僕らはまだ子供
柊英です


「それが原作か」
 柊羽の言葉に手元の漫画に落としていた顔を上げる。手にはサンドイッチとおにぎりが乗った皿をそれぞれ持っていて、そこでやっと小腹が空いていたことに気付く。きゅうと小さく鳴った腹の虫が答えだ。
「そう。これを俺が演じるのかと思うとちょっと気恥しいかも。甘酸っぱくて」
 ちらりと読んでいたページを確認してからコミックを閉じれば、少女漫画らしい可愛らしい表紙が顕になる。最近若い子に人気だという少女漫画の実写映画化。その映画の主演、とまではいかないが主人公の女の子の友人役としてオファーされたのだ。英知は彼女と結ばれる役ではないが、それでもこの本の中で広がる人々の世界はちょっと眩しくて気恥しい、けれど懐かしい青春を思い出させる甘酸っぱさがあった。この世界に馴染めるだろうか、そんなことも少しだけ考える。
 手にしていた皿を置いた柊羽が英知からそっと本をさらっていく。柊羽に少女漫画、ミスマッチな組み合わせに小さく笑う。この世には柊羽と組み合わせるにはミスマッチな物が案外多い。シンプルな塩おにぎりに、シンプルなレタスとハムの挟まれたサンドイッチだとか。
 柊羽がこれを用意して来たということは、きっと壱星と壱流もそのうち共有ルームにやってくるだろう。誰かが呼ばなくても自然と小腹が空けばやってくるのだ。
「確かに、眩しいくらいピュアなラブストーリーだな」
「ね。俺こんな青春したことないなぁ。こことかさ、学生の時ちょっと憧れたな」
 ぱらぱらとページを流していた時にふと見えたワンシーン。主人公が雨の日に、好きな彼の差した傘の裏でキスをするのだ。雨の音が全ての音をかき消して、視界を曖昧にして、ちょっと背中が濡れたってそんなことは気にせず傘を傾けて隠れるようにキスをする。まさしく創作の世界でしか見ないようなワンシーンだが、だからこそ少し憧れる。流石にこの歳じゃあ出来ないけれど。
「…なるほど、じゃあ今度雨が降ったら2人で出掛けるか」
「流石に怒られるので駄目です」
「少しくらいは?」
「駄目」
「…手厳しいな」
 本を閉じた柊羽が肩を竦めて笑う。決して本気のやり取りじゃない、ちょっとしたおふざけ。けれどこのやり取りが擽ったくて好きだ。
 すっかり大人になって、やっていい事と悪い事を知ってしまって、出来ることと出来ないことを知ってしまって、だからこそこうやって言葉でおふざけをして遊ぶ。子供みたいで、しかし大人になった証拠のようだった。
「ふふ、いいね。傘に隠れてキスは出来ないけど、こういう会話ができるのって」
 なんだか別の甘酸っぱさがある。そう言えば柊羽はそうだなと笑ってから英知に本を返した。返ってきた表紙では可愛らしい女の子がかっこいい男の子と手を繋いでいた。

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色気より日常
柊英です


「…珍しい。バーなんて」
 それも個室じゃない。そう付け足せば柊羽はひっそりと笑った。
 大学生の頃からお酒を飲む場と言ったら安いチェーン店の居酒屋や、コンビニで買った安い缶チューハイを持ち寄っての宅飲みばかりだった。決してバーに行ったことがないわけではないけれど、柊羽に連れられてやってきたそこは少し慣れなくて落ち着かない。
 1番奥のカウンター席に腰掛けた柊羽を少し意外に思いながら、その隣に腰掛ければ目尻に消えない皺が刻まれ始めた初老のバーテンダーがそっと目の前に水を置いた。何を頼めばいいのか、それすら分からなくなりそうだった。
「前に来た時、雰囲気を気に入ったんだ。…珍しく2人して夜の予定が空いただろう?たまにはゆっくり飲むのも悪くないと思った」
「なるほど…っても、あんまりこういうとこ来たことないから、ちょっと緊張する」
「別に普段通りでいい」
「簡単に言うけどそれが難しいんだよ」
 柊羽が片手を上げてバーテンダーを呼び、ノンアルコールカクテルを頼む姿は何かのワンシーンを切り取ったように様になる。きっと自分じゃあこうはいかない。
「英知は?」
「柊羽と同じので」
 いつからか、気にせず酒を飲んだらいいのにと言われなくなった。それが諦めとかではないのを知っているから、時折あるこのやり取りが英知は存外に好きだ。
 静かに下がっていったバーテンダーを見送ってから口を開けば、自然となんてことない会話が始まる。ちょっとくらい雰囲気に合わせた普段じゃしないような甘い会話でも出来たらよかったのだろうけれど、あいにく英知はそんな簡単に上手で綺麗な言葉が出る人間ではなかった。
「そういえばこの間ロケ先で紫陽花が咲いてるのを見たんだよね」
「もうそんな季節か」
「あっという間だよねぇ。ちょっと前まで桜が咲いてたのに、もう紫陽花が咲く季節だもん」
 しとしとと濡れた空気によく似合う紫陽花は、雨続きで憂鬱になる気分を明るくしてくれる。洗濯物が乾かなくても、湿気で髪の毛が好き放題に跳ねてても、折りたたみじゃない傘が荷物になっても。それにちょっとだけ、なんだか青い紫陽花は自分たちのグループカラーにも似合う気がして。
「…ねぇ、柊羽」
「ん?」
「今日は何時まで飲む?俺は明日オフなんだけど」
 英知の言葉に柊羽の瞳が僅かに細められた。仕事の予定はそれぞれ共有しているけれど、敢えて声にして言うことに意味があるのだ。
 そうだなあとわざとらしい間を開けた柊羽の前に注文したカクテルが運ばれる。同時に、英知の目の前にも。
「英知が望むまで、かな」
 しかし自分たちは大人な誘いがさらりと出来るほどまだまだ出来ちゃいない。柊羽がやれば勿論絵になるけれど。
「…じゃあたまには朝帰りして紫陽花でも探しに行こうよ。俺たちみたいな色したやつ」
「っはは、それはいい。朝露が光って綺麗だろうな」
「それで朝帰りしてイッチーとイッセーに叱られる」
「言い訳は?」
「飲みすぎた!」

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6月8日364日前
柊英です


柊英botのネタを使ってるのでbotのツイートを以下に一部掲載します。


「壱星と壱流は?」
「寝ちゃった。明日は朝からロケなんだって」
「あぁ…そういえばそうだったな」
 共有スケジュールを頭の中で開いて思い浮かべれば、2人は揃ってのロケで英知は夕方からラジオの収録。そして、自分だけ終日オフ。
「そんで俺はさ、明日は夕方からじゃない?」
「…そうだな」
「さて、そこで」
「…そこで?」
「そこで」
 隣に腰かけた英知が少し目線を泳がせて、誤魔化すように間を埋めるように身体を左右に揺らす。少し忙しない様子に頭の中で疑問符を浮かべていれば、相変わらず柊羽と視線はかち合わないままほんのりと赤い頬で言った。
「ここからは、まぁなんていうか、後夜祭、的な」

____


「……」
「…ちょっと、黙られちゃうと困るんですけど」
「…いや、なんというか、」
 英知のあちらこちらにさまよった視線を思い出して、柊羽と目を合わせないように顔ごと視線を正面に向けていた赤い頬を思い出す。これで後夜祭の意味が分からないほど柊羽は子供でもないし、初心でもない。だからちょっと呆けてしまった。
「可愛らしい、誘いだと思って」
「っ、か、わいくは、ないと思うけど」
 少し口を尖らせた英知が柊羽を横目でじとりと見やる。その視線には誘いに乗るのか乗らないのか、どっちなのか早く答えをくれと書いてあるようだった。そんなもの、聞かれなくたって分かっているだろうに。
 英知の赤く熱い頬を指先でつつけば、ゆっくりと顔がこちらに向く。リビングの照明が反射してきらきらと光る英知の瞳は心なしか照れだけではない熱を持っている気がして。きっと、柊羽も同じなのだろうけれど。
「もちろん、後夜祭も楽しませてもらおうかな」
 柊羽の分かりきっていた言葉に英知の目が僅かに緩む。
「…ねぇ柊羽」
「うん?」
「誕生日、おめでとう。後夜祭始まったら言えなくなっちゃうから」
「っふふ、ありがとう英知」
 間近に9日が迫ろうとしていた。柊羽だけの特別な日が過ぎ去ろうとしていた。
「…明日は俺が朝食を作るよ」
「2人にはなんて誤魔化すのさ」
「ちょっと寝坊してる、とでも言っておく」
「雑だなぁ」
 英知が少し眉を下げて呆れたように笑う。けれど止めはしないのだから、それでいい。
「それで、俺が2人を見送ったらベッドに帰ってくるから英知とベッドの上で朝食を食べる。行儀が悪いがまぁ許されるだろう。食べ終わったら英知が仕事に行くまでだらだらと喋って、時折うたた寝でもしよう。……それから」
「ん?」
 ほんの少しの会話をしている間に時計の針はてっぺんを過ぎ去って6月8日は365日後へと遠のいてしまっていた。けれどまだ特別な日は続いている。
「…本当にありがとう、最高のプレゼントを壱星と壱流と、英知からもらったよ」


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ファンファーレと花束
柊英です


「面白いね、この話」
 そう言って台本をぱらぱらと覗いていた英知が顔を上げた。最後の結末を見ることなく残して閉じられた台本が柊羽へと返される。
 来年の春に公開される柊羽が主演を演じることとなった映画作品。その台本がつい先日渡されたのだ。初めて映画の主演に抜擢された男の苦労や努力を描く、ドキュメンタリーのようなフィクション。映画を観ながらも、映画が作られていく過程を主人公と共に追う構成となっていた。
「ラストはいいのか?」
「うん。見ちゃったらつまらないじゃない」
「観に来てくれるのか」
 柊羽の言葉に勿論と返した英知は台本で読んだシーンを瞼の裏で再生するかのように目を閉じた。英知の中の劇場でゆっくりとシーンを再生するように、立てられた英知の右手の人差し指がくるくると回る。
「柊羽が主演おめでとうって恋人から花束を受け取るシーン」
「序盤の」
「そう。きっと絵になるんだろうなぁって思って」
 夢から醒めるように瞼を持ち上げた英知が柊羽を見る。
「なんだか俺も同じことしたくなっちゃった」
「…いつでもしてくれて構わないが?」
「次に主演が決まったらね?」
「はは、それは頑張らないとだ」
 きっと柊羽ならすぐ勝ち取れるよ。そう言ってから英知は映画の時間と休みを合わせなきゃと笑った。久しぶりのデートは映画にしよう、と。

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春日和
柊英です


「今日はいい天気だ」
 ここ数日続いた雨がやっと落ち着き、開け放した自室の窓の向こうには真っ青な空が広がる。晴れ晴れとした、春らしい空だ。こうも素敵な晴れ間が覗けば、暖かい太陽に洗濯物を乾かしてもらいたくなるし、ちょっと近くの公園まで散歩にだって行きたくなるし、日向ぼっこだってしたくなる。そう、今日の英知は運のいいことに終日オフなのだ。
 早起きは三文の徳、というけれど今朝はまさしくその通りだ。
「もう起きていたのか」
「柊羽、おはよ」
「相変わらずオフでも朝が早いな」
 朝食の準備をする前に少しくらい、と朝日の中で贅沢な時間を過ごしていると陽射しに呼ばれて柊羽が目を覚ます。昨夜、月明かり越しに見た時とはまるで違う。常より少しだけぼんやりとした寝起きの柊羽を見て、そう思う。これもまた、贅沢な瞬間だ。
「朝日が俺を呼んでた、なんちゃって」
「じゃあ俺は、朝日を背負った英知に呼ばれたんだな」
 ベッドから起き出した柊羽が、目を細めた。透明な光を吸い込んできらきらと瞬く柊羽の瞳と、春を呼ぶ真っ青な空、吹き込む風は少し寒さを残しているけれど確かに暖かさがあった。今日は最高のオフになる。そんな確信に英知は胸を踊らせた。

 
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白い悪夢
柊英です


 瞼の裏に陽の光を感じ、重たい瞼を持ち上げる。光の差す方へと顔を向ければ、ベッドサイドに腰掛けた英知の背中があった。まっさらで、薄く筋肉のついた綺麗な背中が朝日の中で影になって浮かぶ。柊羽からは見えないが、けれど英知の顔が何だか少しだけ寂しそうな気がして。
 ベッドから起き出して、今は見えない英知の頬へと手を伸ばす。
「…柊羽?」
 シーツの擦れる音で気が付いた英知がこちらを振り向く。その横顔は涙で濡れていなかった。柊羽の指先が、英知の頬に触れる。
「…泣いてるのかと、思った」
「泣く要素なんて何もないじゃない」
 そう言って笑う英知の頬には昨夜の名残で僅かに乾いた涙がぱらぱらとあるだけで、確かに真新しいものはなかった。朝日が運ぶ白い光の中、頬の輪郭が境界を溶かしていく。
「英知の言う通りだな。悲しい要素なんてどこにもない」
 頬に伸ばした手を今度は腰へと回し、両腕で固く抱き寄せる。首筋へと鼻先を埋めれば、濃い英知の匂いがした。
「っふふ、柊羽どうしたの。甘えたさん?」
「かもしれない」
 小さな子供をあやす様に英知がゆっくりと身体を揺らす。その心地よい揺れに身を任せながら、間違いなく英知がそこにいることを確認するように更に強く腕に力を込めた。苦しいだろうに、それでも何も言わない英知に甘えながら。

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黒い瑞夢


「…英知、起きてたのか」
 しんと静まり返った廊下を進み共有ルームへと入れば、キッチンに英知の姿があった。明かりを一つだけ灯してその中に立つ英知は1つの写真のように様になる。
 グラスに入った水を飲もうとしていた手を止めて英知が不思議そうにこちらを見やった。
「柊羽、どうしたの?」
「少し目が覚めてしまって。英知も?」
「うん。なんかちょっと嫌な夢見ちゃって、寝るに寝れなくなった」
 キッチンへと足を踏み入れ、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターをグラスへと注ぐ。グラス越しに冷やされた水の温度を感じる。その冷たさに少しだけ頭の中がクリアになった気がした。クリアになった分だけ、朧気だった夢が更に曖昧になっていく。
「俺も、嫌な夢を見たんだ」
「偶然だね…どんな夢?」
「それがはっきり覚えてないんだ」
 苦く笑って、覚えていないけれど決して好ましい記憶ではなかった夢をミネラルウォーターと共に流し込む。
 さてどんな夢だっただろう。曖昧な記憶を辿っていけば、分かるのは柊羽の隣に英知がいなかったことくらいだ。英知がいない代わりに、別の誰かがいた。
「ただ分かるのは、英知の姿を見てひどく安心してる俺がいる、ということくらいかな」
「…なんか、俺と似た夢みたのかもしれないね」
 英知がそう言って眉を下げて柊羽の顔を見る。
 じっと見つめられて、その視線に焦れったさすら感じ始めた頃にようやっと英知が口を開く。
「…ちゃんと、柊羽だなぁ」
「それは、そうだろう」
「ふふ、そうだね」
 静かに英知の頬に手を伸ばせば、その手に身を委ねるようにそっと目を閉じる。柊羽が英知の姿を確認するように、英知もそうやって柊羽の姿を確認しているようだった
「そんなに恋しいなら、忍び込んでくれてもよかったんだぞ」
「今何時だと思ってるのさ」
「英知に起こされるなら何時だって構わないよ」

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遠回しなラブレター
柊英です


「…それは出来ない相談だって、分かってるでしょ」
「いや、英知がその手を離せばいいだけだろう」
「それが出来ないんだってば!」
 夜更けのダイニングに英知の叫びが響いた。音量は控えてあるとはいえ、静まり返った共有ルームにはよく響く。
 寝る前にお茶でもしよう、そう言ったところまではよかった。2人であれこれと他愛ない話をしながらゆっくりと時間を過ごし、ふと時計を見てもうすぐ深夜1時なのを見て、そろそろツキナイだな、と言った辺りで話は冒頭に戻る。
 英知が柊羽のスマートフォンを掴んで画面を覆い、その手を引き剥がそうと柊羽が英知の手を掴むという傍から見たら間抜けな図。深夜にしては賑やかで少し楽しいと思っているのは、秘密にしておこうと思う。
「別に聞かれて困ることはないだろう?」
「…ないっちゃないけど、あるっちゃある」
「はは、それはどっちなんだ」
 英知の手の中で指に反応したのか不意にスマートフォンの画面がぱっと明るくなる。ロック画面に表示された時間はAM1:00。押し問答をしている間にどうやら時間は刻一刻と進んでいたようで、スマートフォンの向こうでは英知がゲストとして出演したラジオが始まってしまった。
「…始まってしまったな」
「終わるまで返しませんよ」
 英知がどんな回答をしたのか、聴きたかったのだけど仕方ない。小さく息を吐く。
「…強情だな」
 降参とでもいうように英知から手を離してみれば、まだ幾分疑わしい目をしているけれど英知の肩から力が抜けたのが分かった。一体どんなことを言ったのか柊羽には分からないけれど、英知の表情に見合っただけのものはあるのだろう。
 諦めるからスマホを返してくれ、そう言ってもラジオが終わるまで返してもらえなかったのは少しやりすぎだとは思うけれど。

 ______
 

「なぁ英知、この間のツキナイの再放送っていつだっけ?」
 壱流の言葉にアイロン掛けをしていた手を止める。半分だけ皺が伸ばされた柊羽のシャツをそのままに、記憶を辿って「今日の13時頃かな」と伝えれば壱流はスマートフォンを取り出していくつか画面をタップした。やがて暖かい日差しが差し込む共有ルームについ数日前に放送されたラジオが流れ出す。
「…あれ、」
 軽快なパーソナリティの挨拶の後に英知の挨拶が続き、それを聞いて柊羽との押し問答を思い出す。英知が頑なにこのラジオを聴かせたくなかったのは、本人を目の前にして聴かれるのがどうにも恥ずかしかったのもあるし、思いのほか真面目に質問に答えてしまったのもある。自分はなんと言っただろうか。
「英知、顔真っ赤」
「…柊羽、再放送の日時、知ってるかな」
「知ってんじゃね?」
「そういえば今朝はご機嫌だった」
「………つ、詰めが甘かった…」

____

「いずみのしゅうさん…ってこれ柊羽じゃないですか⁉…ですよね⁉えっこれ本当に本人が送ってきたやつですか?…っふふ、えー、すごい、ちゃっかりしてますね。俺の出演が発表されてから30分しないで…芸が細かいというかしっかりしてるというか…。ふふ、はい、送られてきたお便りなのでしっかり答えさせてもらいます!…と言っても何を言えばいいんだろうな〜…ご意見ご感想…そうだなぁ、柊羽はいつも俺たちQUELLの為に仕事を頑張ってくれて、毎日本当にありがとうと思ってます。なかなか上手くいかなくて柊羽が歯痒い思いをしてるのも、悔しいって思うこともあるのも、あんまり直接言ってくれないけど何となく分かります。もっと頼ってくれたらな〜って思うし、もっと甘えてくれたらな〜とも思うし、俺に出来ることなら何でもするから言ってね!あと最後に、こういうことは直接聞いてくれれば家で答えるので、早く寝てください!英知より!」

 
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キス・ミー・クイック
柊英です


「…珍しいな、英知がそんなに飲んでくるなんて」
 どこか覚束無い足取りで共有ルームに入ってきた英知にそう言えば、眉を下げて「断りきれなくて」とへにゃりと笑った。
 日付も変わってしまった深夜に近い時間。もうとっくに壱星と壱流は寝てしまって、柊羽だけが英知の帰りを待っていた。現場で飲みに誘われた英知からの先に寝ててという連絡を聞かなかったことにして待っていたのだ。柊羽が同じように飲みの席に誘われて同じ連絡をしても、英知はそれを守らないように。
 英知をソファに座らせ、氷を浮かべた水の入ったグラスを渡す。受けとったのを確認して隣に腰掛けると、英知は少し視線を泳がせた。
「ありがと」
「…どうした?」
「いやー…今のおれ、お酒臭いからちょっと離れたほうがいいかなって」
 そう言ってから一人分の隙間を空けて英知が座り直す。
 うっすらと赤い頬と、いつもより水分が多めの瞳、ちょっとだけ覚束無い足取りに言葉。別に会話に困るほど泥酔しているわけでもないし、英知が言うほど酒の臭いがするでもない。ただちょっとだけ、酒の気配を感じるくらいだった。
「別に気にしないよ」
「…そう?」
「ああ。それに、誘われた時くらい好きに飲んできたらいい」
 英知は柊羽と違って酒が飲めないわけじゃない。どれほど飲めるのかは分からないが、人並みには飲める(と柊羽は勝手に思っている)だろう。柊羽といる時は何かと合わせてアルコール類は口にしないが、なにも柊羽本人がいない場でもそうすることはない。本当は柊羽がいる時でも気にしないで好きにしてもらいたいくらいなのだけど。
「んー…柊羽がそう言ってくれるのはうれしいんだけど、おれが勝手に飲みたくない、というか」
 グラスに口を付けたまま、英知が埋もれた声で歯切れ悪く言う。
「飲みたくない?」
「…酔っ払いの言ってることだから、…忘れてね?」
「内容による」
 柊羽の言葉に英知がゆるりと目を細めて笑う。それからソファに空いた一人分の隙間を半分だけ埋めるように少しだけ柊羽の近くに座る。1口水を呷った英知の喉仏が大きく動いた。
「お酒飲んじゃうとさ、柊羽とキスできないじゃん」
 だから飲みたくない。そう言って英知は気恥しそうに、誤魔化すように小さく笑った。こんな話が聞けるなら、酒が飲めない事に感謝したくなる。大きく溜息を吐き出して、そう思う。
「…いくらなんでも、そこまで弱くない……と思うし、」
「思うし?」
「…あんまり可愛いことを言われると、どうにかしたくなる」
 楽しくなってきたのか、酔いがまた回ってきたのか、さっきの歯切れの悪さをどこかにやって英知がふふと笑う。明日仕事だからなぁ、なんて間延びした声も。
 どこまで本当に酔っているのか分かりやしないけれど、「じゃあキスできるかだけ確かめよっか」という英知の誘いには乗らない訳がない。ふわ、と甘いカクテルの匂いがして頭の片隅で随分と出来すぎた酔っ払いだと思った。

 
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あなたしかいない
柊英です


 黄色い薔薇を1本、貰った。生花ではなく造花なのだけど、撮影用に用意されたそれは随分と精巧に作られていて、大学生の時に学祭用にと買ってきたものとは比べ物にならないくらい本物に近かった。それを眺めながら、首を捻る。
「…思ったより…置き場所がないなぁ」
 造花といえども値段によってこうも違うのだと感心しながら貰ってきたはいいけれど、仕事を終えて帰ってきてみれば置き場所がない。共有ルームにでもどこか飾れないかと思ったけれどいざ部屋を見回してみると案外、丁度いい場所というのがなかった。
 英知以外はそれぞれ番組収録や雑誌のインタビュー等に出払っているのをいいことに手にした薔薇を揺らしながら部屋の中を歩き回る。
「…あ、」
 そうして歩き回りながら共有ルームのソファに並べて置かれた特大サイズのリッズを見て一つ思いつく。この時柊羽のリッズの首輪に薔薇を挿したことに大した意味はなかったのだけど、その後起こることを英知は知らない。


「…英知、…っふふ、どうして俺の方を見ないんだ」
「見れないんだよ…‼」
 英知がそう叫べば柊羽は笑いながら指に嵌めた黄緑と水色のパペラリッズでもって英知の頬をつついた。頬といっても英知の手のひら越しに、だけど。
 本当の本当に意味なんて知らなかったのだけど、それだけに分かってしまうと我ながら恥ずかしい。熱くなった頬を隠そうと手のひらで覆ったはいいけれど、きっとそれじゃ足りない。耳だって同じように熱いのだから。
「別にいいじゃないか。随分と熱烈で、可愛い告白だった」
「そういうつもりじゃなかったんだってば…!も〜…知らなかったとはいえ恥ずかしい…」
「なら尚更、素敵な偶然だな」
「絶対楽しんでるでしょ…」
 英知が柊羽の特大リッズに薔薇を挿してから暫くして仕事を終えた柊羽達が帰ってきて、それからいつもの様にテーブルを囲んで夕食をとりながら今日の仕事であったことを報告しつつ明日のスケジュールを確認して、自室へ帰る壱星と壱流をおやすみと見送った。そこまではよかった。
 2人がいなくなったあと、柊羽がおもむろに言ったのだ。あの薔薇、随分と可愛らしい告白だな、と。
「そりゃあ楽しいさ。楽しいし、嬉しい。あとは英知がこっちを向いてくれたら完璧だな」
「…てかなんで、柊羽はパペラ持ってるの」
「実はこっそり4匹持ち歩いている」
「えっ」
 そこで思わず振り向いてしまえば、緩く目を細めて楽しそうに微笑む柊羽と視線がぶつかってしまった。絡んだ視線に映り込む柊羽の指に嵌められたパペラは仲良く寄り添っていて。
「やっとこっちを向いたな」
「柊羽、わざとでしょ…ん」
 その可愛いパペラの内、水色の子が英知の唇に触れた。
 気障な事をする。けれどそれが絵になるからいつまで経っても頬の熱は引かない。
「俺にも、英知しかいないよ。…英知は?」

 
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安上り
柊英です


「しゅーう」
「ん?」
「俺の手、そんなに好き?」
 そう聞けば上機嫌に微笑みながら好きだな、と返される。こんなことじゃあこの男はちっとも照れちゃくれない。柊羽みたいに細くて綺麗なわけでもない、厚くて節ばった正真正銘どこから見ても可愛げのない男の手。この間事務所で流行った遊びでやんわりと柊羽に目隠しをしてからというもの、何かと英知の手を取っては握ったり絡めたりと好きに弄ばれることが増えてしまった。
「…そっか」
「なんだ英知、まだ照れてるのか」
「………そりゃ、そうでしょ」
 だーれだ、は告白する遊びじゃないと言った時にもそれはもう随分と楽しそうな顔をしていたから、きっと今の英知の反応も楽しくて嬉しくて仕方ないのだろう。きっと英知の手はもう暫く柊羽のおもちゃだ。それが満更でもない、とは言わないけれど。

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きっとこれを永遠と呼ぶ
柊英です


 人並みに恋をしたり、誰かを愛したり、当然付き合ったりだってしてきた。大学に入ったばかりに出来た彼女なんかはきっとこの人と添い遂げるんだろう、なんて思うくらいには熱をいれていた(結局ADのバイトが楽しすぎてそちらにかまけていたら振られてしまったのだけど)。そうやって何人かの人と出会って別れてを繰り返してきた英知だが、きっともう誰かに恋をしたり愛したりすることはないのだろうと確信を抱いている。隣で穏やかな寝息を立てる柊羽を見ながら思う。今度こそ、自分はあの彼女ではなく柊羽と添い遂げるのだろうと。

 
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「今夜はもう寝てしまおう」
柊英です


「ふふ、めずらし」
 風呂を上がって自室へと戻ってみれば柊羽が英知のベッドに腰掛けていた。好きに入っていいよ、とは言ってあるけれど時折柊羽がこうして部屋にいるのを見る度に少し不思議な気持ちになる。量販店で買った平凡な家具で形作られたこの部屋に、柊羽の姿がちょっとミスマッチなのだ。いつかこの光景に慣れる日が来るのだろうか、なんて。
「勝手に上がってすまない。…少しだけ、疲れてしまって」
「今日は…あぁ、簡単な番宣がいくつかだったよね」
「…なかなか上手くいかないな」
 隣に腰掛けた英知に、はぁと大きく息を吐いた柊羽が眉尻を下げて笑う。日々頑張ってくれている柊羽は、今日も自分たちを売り込もうとしてくれたのだ。自身の名前が大きすぎてなかなか上手くいかない、きっとその歯痒さもあって今日はちょっとお疲れなのだろう。
「しゅーう」
「っわ、」
 首に掛けていたタオルで柊羽の頭を包み、そのままタオルを使って顔を引き寄せる。タオルで狭まった視界の中で、目を丸くしている柊羽の顔が良く見えた。ほんのりシャンプーの香りがするタオルに包まれながら軽くキスを落としてやれば、柊羽の耳がうっすらと色付いていくのが分かる。きっと英知も同じようなものなのだろうけれど。
「俺から柊羽にしてあげられるのはこのくらいだけど、今日も明日もいつも、お仕事お疲れ様」

 
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