薄明
ごじょうさとる×ふしぐろめぐみ
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2026年1月9日の投稿[38件](2ページ目)
2026.01.09 22:47:31 編集
安上り
柊英です
「しゅーう」
「ん?」
「俺の手、そんなに好き?」
そう聞けば上機嫌に微笑みながら好きだな、と返される。こんなことじゃあこの男はちっとも照れちゃくれない。柊羽みたいに細くて綺麗なわけでもない、厚くて節ばった正真正銘どこから見ても可愛げのない男の手。この間事務所で流行った遊びでやんわりと柊羽に目隠しをしてからというもの、何かと英知の手を取っては握ったり絡めたりと好きに弄ばれることが増えてしまった。
「…そっか」
「なんだ英知、まだ照れてるのか」
「………そりゃ、そうでしょ」
だーれだ、は告白する遊びじゃないと言った時にもそれはもう随分と楽しそうな顔をしていたから、きっと今の英知の反応も楽しくて嬉しくて仕方ないのだろう。きっと英知の手はもう暫く柊羽のおもちゃだ。それが満更でもない、とは言わないけれど。
畳む
柊英です
「しゅーう」
「ん?」
「俺の手、そんなに好き?」
そう聞けば上機嫌に微笑みながら好きだな、と返される。こんなことじゃあこの男はちっとも照れちゃくれない。柊羽みたいに細くて綺麗なわけでもない、厚くて節ばった正真正銘どこから見ても可愛げのない男の手。この間事務所で流行った遊びでやんわりと柊羽に目隠しをしてからというもの、何かと英知の手を取っては握ったり絡めたりと好きに弄ばれることが増えてしまった。
「…そっか」
「なんだ英知、まだ照れてるのか」
「………そりゃ、そうでしょ」
だーれだ、は告白する遊びじゃないと言った時にもそれはもう随分と楽しそうな顔をしていたから、きっと今の英知の反応も楽しくて嬉しくて仕方ないのだろう。きっと英知の手はもう暫く柊羽のおもちゃだ。それが満更でもない、とは言わないけれど。
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2026.01.09 22:45:41 編集
「今夜はもう寝てしまおう」
柊英です
「ふふ、めずらし」
風呂を上がって自室へと戻ってみれば柊羽が英知のベッドに腰掛けていた。好きに入っていいよ、とは言ってあるけれど時折柊羽がこうして部屋にいるのを見る度に少し不思議な気持ちになる。量販店で買った平凡な家具で形作られたこの部屋に、柊羽の姿がちょっとミスマッチなのだ。いつかこの光景に慣れる日が来るのだろうか、なんて。
「勝手に上がってすまない。…少しだけ、疲れてしまって」
「今日は…あぁ、簡単な番宣がいくつかだったよね」
「…なかなか上手くいかないな」
隣に腰掛けた英知に、はぁと大きく息を吐いた柊羽が眉尻を下げて笑う。日々頑張ってくれている柊羽は、今日も自分たちを売り込もうとしてくれたのだ。自身の名前が大きすぎてなかなか上手くいかない、きっとその歯痒さもあって今日はちょっとお疲れなのだろう。
「しゅーう」
「っわ、」
首に掛けていたタオルで柊羽の頭を包み、そのままタオルを使って顔を引き寄せる。タオルで狭まった視界の中で、目を丸くしている柊羽の顔が良く見えた。ほんのりシャンプーの香りがするタオルに包まれながら軽くキスを落としてやれば、柊羽の耳がうっすらと色付いていくのが分かる。きっと英知も同じようなものなのだろうけれど。
「俺から柊羽にしてあげられるのはこのくらいだけど、今日も明日もいつも、お仕事お疲れ様」
畳む
「ふふ、めずらし」
風呂を上がって自室へと戻ってみれば柊羽が英知のベッドに腰掛けていた。好きに入っていいよ、とは言ってあるけれど時折柊羽がこうして部屋にいるのを見る度に少し不思議な気持ちになる。量販店で買った平凡な家具で形作られたこの部屋に、柊羽の姿がちょっとミスマッチなのだ。いつかこの光景に慣れる日が来るのだろうか、なんて。
「勝手に上がってすまない。…少しだけ、疲れてしまって」
「今日は…あぁ、簡単な番宣がいくつかだったよね」
「…なかなか上手くいかないな」
隣に腰掛けた英知に、はぁと大きく息を吐いた柊羽が眉尻を下げて笑う。日々頑張ってくれている柊羽は、今日も自分たちを売り込もうとしてくれたのだ。自身の名前が大きすぎてなかなか上手くいかない、きっとその歯痒さもあって今日はちょっとお疲れなのだろう。
「しゅーう」
「っわ、」
首に掛けていたタオルで柊羽の頭を包み、そのままタオルを使って顔を引き寄せる。タオルで狭まった視界の中で、目を丸くしている柊羽の顔が良く見えた。ほんのりシャンプーの香りがするタオルに包まれながら軽くキスを落としてやれば、柊羽の耳がうっすらと色付いていくのが分かる。きっと英知も同じようなものなのだろうけれど。
「俺から柊羽にしてあげられるのはこのくらいだけど、今日も明日もいつも、お仕事お疲れ様」
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2026.01.09 22:43:51 編集
オレンジの海
柊英です
「柊羽とさよならするなら、夏がいいなぁ」
ふいに英知がそう零した。遠くの地平線に沈みかける夕日は英知の横顔を鮮やかに照らし、そしてその言葉を彩る。
「…どうして?」
「んー、…海って広いでしょ。どんな悲しいことも、ぜーんぶ飲み込んでくれそう」
真っ直ぐに地平線へと向けられた目はそこに悲しみを乗せるでもなくただいつも通りにそこにあって。これが世間話なのか、それとも零れ落ちた本心なのかも分からない。しかし、そのいつかはきっと今すぐの話じゃあない。
「俺は、どんなに歳をとっても英知より先にはいかないつもりだよ」
「そんなの分かんないじゃん」
「本当の話だ」
「…どっから来るの、その自信」
英知がようやっと柊羽の方を見て笑う。少し眉を下げて、ちょっと困ったような顔で。
「俺が先にいったら、英知はさっきみたいな顔で海を眺めるつもりだろう。妬けるじゃないか」
「…海にまで嫉妬しないでよ」
柊羽はヤキモチ焼きだなぁ、そう言った英知の笑顔はオレンジに美しく照らされていた。
畳む
柊英です
「柊羽とさよならするなら、夏がいいなぁ」
ふいに英知がそう零した。遠くの地平線に沈みかける夕日は英知の横顔を鮮やかに照らし、そしてその言葉を彩る。
「…どうして?」
「んー、…海って広いでしょ。どんな悲しいことも、ぜーんぶ飲み込んでくれそう」
真っ直ぐに地平線へと向けられた目はそこに悲しみを乗せるでもなくただいつも通りにそこにあって。これが世間話なのか、それとも零れ落ちた本心なのかも分からない。しかし、そのいつかはきっと今すぐの話じゃあない。
「俺は、どんなに歳をとっても英知より先にはいかないつもりだよ」
「そんなの分かんないじゃん」
「本当の話だ」
「…どっから来るの、その自信」
英知がようやっと柊羽の方を見て笑う。少し眉を下げて、ちょっと困ったような顔で。
「俺が先にいったら、英知はさっきみたいな顔で海を眺めるつもりだろう。妬けるじゃないか」
「…海にまで嫉妬しないでよ」
柊羽はヤキモチ焼きだなぁ、そう言った英知の笑顔はオレンジに美しく照らされていた。
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2026.01.09 22:42:49 編集
時の小瓶
柊英です
まだ春と呼ぶには早いこの時期、桜はまだ咲いていないがその代わりと言わんばかりに旅館の窓から覗く空にはぽつぽつと梅が花を見せていた。
「じゃあ俺らちょっと外行ってくる」
「行ってきます」
「はーい。いってらっしゃい」
写真を撮りに行きたい、そう言った壱星とそれについて行く形で部屋を出ていった壱流を見送ってしまえば部屋には柊羽と英知だけになる。2人きりになった途端に部屋は大人しくなるが、決して嫌な静けさではない。窓から覗く空と梅を眺めながら、ゆっくりお茶を飲む姿は少し年寄りっぽいとは思うけれど。
「そういえば、この間ちょっと花言葉調べてみたんだけど」
「梅の?」
「うん。紅い梅の花言葉って、優雅な人って意味があるんだって。なんだか柊羽っぽいなーって」
英知の言葉にそうかなと小さく笑った柊羽は、確かに梅の言葉がよく似合った。本人からしたらいまいち納得はできないのだろうけど、他人からの評価はだいたいそんなものだ。だからこそ、何度も同じことを伝えてしまうのだけど。
「そうだよ。柊羽が思ってるより、柊羽って結構優雅な感じしてるよ」
「優雅な感じ…いまいち実感がないな」
「だよねぇ。そんな顔してる」
いつもより時間がゆっくりと進んでいる気がする。時計の針はいつも同じ速度の筈なのに、どうしてだかそれすらもゆっくりに感じるのだ。
「……ふふ、今日は早めに現場入りしてよかったね」
撮影自体は夕方からなのもあって、まだ空が青いこの時間は束の間の休息だ。夕暮れと梅とで写真を撮りたいと言った監督に感謝しないといけないな、と思う。
「ああ。たまには花でも見ながらゆっくりするのもいい」
「ね。梅っていうのもちょっと新鮮かも」
ぽつりぽつりと他愛のない話をするだけの静かな時間は心地よく、少しの特別感もくれる。いつか歳をとっておじいちゃんになったら、縁側でこうして過ごすのも悪くないかもしれない。なんて。
畳む
柊英です
まだ春と呼ぶには早いこの時期、桜はまだ咲いていないがその代わりと言わんばかりに旅館の窓から覗く空にはぽつぽつと梅が花を見せていた。
「じゃあ俺らちょっと外行ってくる」
「行ってきます」
「はーい。いってらっしゃい」
写真を撮りに行きたい、そう言った壱星とそれについて行く形で部屋を出ていった壱流を見送ってしまえば部屋には柊羽と英知だけになる。2人きりになった途端に部屋は大人しくなるが、決して嫌な静けさではない。窓から覗く空と梅を眺めながら、ゆっくりお茶を飲む姿は少し年寄りっぽいとは思うけれど。
「そういえば、この間ちょっと花言葉調べてみたんだけど」
「梅の?」
「うん。紅い梅の花言葉って、優雅な人って意味があるんだって。なんだか柊羽っぽいなーって」
英知の言葉にそうかなと小さく笑った柊羽は、確かに梅の言葉がよく似合った。本人からしたらいまいち納得はできないのだろうけど、他人からの評価はだいたいそんなものだ。だからこそ、何度も同じことを伝えてしまうのだけど。
「そうだよ。柊羽が思ってるより、柊羽って結構優雅な感じしてるよ」
「優雅な感じ…いまいち実感がないな」
「だよねぇ。そんな顔してる」
いつもより時間がゆっくりと進んでいる気がする。時計の針はいつも同じ速度の筈なのに、どうしてだかそれすらもゆっくりに感じるのだ。
「……ふふ、今日は早めに現場入りしてよかったね」
撮影自体は夕方からなのもあって、まだ空が青いこの時間は束の間の休息だ。夕暮れと梅とで写真を撮りたいと言った監督に感謝しないといけないな、と思う。
「ああ。たまには花でも見ながらゆっくりするのもいい」
「ね。梅っていうのもちょっと新鮮かも」
ぽつりぽつりと他愛のない話をするだけの静かな時間は心地よく、少しの特別感もくれる。いつか歳をとっておじいちゃんになったら、縁側でこうして過ごすのも悪くないかもしれない。なんて。
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2026.01.09 22:40:56 編集
ツインリボンの約束
柊英です
side 英知
「夜のチョコ、って罪の味だよね」
柊羽から渡されたチョコを食べながらしみじみと言えば、英知が渡したチョコを食べている柊羽に確かにそうだと笑い返される。本当は何か手作りでもしてあげられたらよかったのだけど、バレンタインシーズンということでそれに関連した仕事が立て込んで上手いこと時間が取れなかった。柊羽単独ならまだしも、QUELLとしてそういった仕事が貰えるようになったことは喜ばしいことではあるのだけども。
綺麗な箱に入った数粒のチョコレートは、その綺麗な箱に負けず劣らず見た目からして食べることが勿体ないくらい美しいのだけど、きっとその値段は考えてはいけないのだろう。
「ん、これ美味しい」
「…ああ、俺が試食で一番美味しいと思ったやつだな」
仕事が終わってからもうすぐ閉まりそうなデパ地下に駆け込んで、形だけでもバレンタインを楽しもうと4人で各々選んで買ったチョコレート達。バレンタイン当日といえど既にピークは過ぎ去った夜。人気は減り、余ったものだけとはいえ選び放題のチョコレートは何にしようか考えているだけでも楽しかったものだ。そしてその4人で好きに買って持ち寄ったチョコレートで共有ルームのテーブルを彩ったのが、つい1時間ほど前のこと。
「これも美味いな」
「あっ、それ俺が一番美味しいと思ったやつ」
そして壱星と壱流が眠りについてから、先程は出さなかったお互いに渡す為だけのチョコレートを持ち寄ったのが、つい15分ほど前のこと。時計の針はもうすぐ日付を変えようとしていた。贈り物用にと飾り付けてもらった箱には水色の綺麗なリボンが巻かれていて、それは今テーブルの上で形を無くして横たわっている。柊羽も同じことを考えたのだろう、同様にテーブルに横たわる黄緑色のリボンは水色のそれに寄り添っていた。なんてことない光景の筈なのに、しかし柊羽と英知に重なって見える。これからもこのリボン宜しく、共にあれたらどんなにいい事か。そんなことを考える英知の口の中では甘い味が広がっていた。
side柊羽
「もう最後か」
「美味しいものってあっという間だよね」
柊羽が次のチョコレートに手を伸ばそうとした時、そこには1粒しか残されていなかった。それは向かいの英知も同様で、最後の1粒を少し勿体なさそうに口に放り込んでいた。柊羽も続くように最後のそれを口に含めば、控えめな甘さが口の中に広がる。
2人だけで過ごす穏やかなバレンタインはこれで終わりかと思いながら時計を見れば、まだかろうじて14日を指し示す時計の針。ゆっくりと溶けていくチョコレートに合わせて、柊羽の中で子供のような思いつきが浮かぶ。
「なぁ英知、手を貸してくれ」
すっかり空になった箱を纏めていた英知にそう声をかければ、頭にクエスチョンマークを浮かべながらも素直に右手を差し出される。
「右じゃなくて左手を出してくれ」
「ん」
再び素直に差し出された手を取って、その指の根元にテーブル広げられたままの水色のリボンを巻き付ける。普段あまりリボンを結ぶこともないから、綺麗に蝶蝶結びが出来た自信はないが意味は十分に伝わっただろう。ラッピング用のリボンはどうしても長さが余りすぎてしまうけれど、突飛な思いつきだから仕方がない。
「…少し照れるな」
「本人に照れられたら俺の立場がないから…」
「っはは、それもそうだ」
柊羽の行動を目で追いながら意味を理解していった英知の顔は今や首まで真っ赤になっていた。英知程ではないにしろ、自身の耳もきっと赤いのだけど。
台本のない素直な愛のメッセージは誰だって気恥しいものだ。しかしバレンタインは愛の日ともいう。少し思い切って大胆なことをしたっていい日だ。
「こんなことされたら俺だってお返ししないとじゃん」
「それは嬉しいな」
「ほら、柊羽も左手出して」
指先まで熱を持っている気がする英知の手が柊羽の左手を取る。照れからか、少し覚束無い手つきで柊羽の指の付け根にも同じことをする英知を見ながら思う。いつまでも君の恋人でいられますように。
畳む
柊英です
side 英知
「夜のチョコ、って罪の味だよね」
柊羽から渡されたチョコを食べながらしみじみと言えば、英知が渡したチョコを食べている柊羽に確かにそうだと笑い返される。本当は何か手作りでもしてあげられたらよかったのだけど、バレンタインシーズンということでそれに関連した仕事が立て込んで上手いこと時間が取れなかった。柊羽単独ならまだしも、QUELLとしてそういった仕事が貰えるようになったことは喜ばしいことではあるのだけども。
綺麗な箱に入った数粒のチョコレートは、その綺麗な箱に負けず劣らず見た目からして食べることが勿体ないくらい美しいのだけど、きっとその値段は考えてはいけないのだろう。
「ん、これ美味しい」
「…ああ、俺が試食で一番美味しいと思ったやつだな」
仕事が終わってからもうすぐ閉まりそうなデパ地下に駆け込んで、形だけでもバレンタインを楽しもうと4人で各々選んで買ったチョコレート達。バレンタイン当日といえど既にピークは過ぎ去った夜。人気は減り、余ったものだけとはいえ選び放題のチョコレートは何にしようか考えているだけでも楽しかったものだ。そしてその4人で好きに買って持ち寄ったチョコレートで共有ルームのテーブルを彩ったのが、つい1時間ほど前のこと。
「これも美味いな」
「あっ、それ俺が一番美味しいと思ったやつ」
そして壱星と壱流が眠りについてから、先程は出さなかったお互いに渡す為だけのチョコレートを持ち寄ったのが、つい15分ほど前のこと。時計の針はもうすぐ日付を変えようとしていた。贈り物用にと飾り付けてもらった箱には水色の綺麗なリボンが巻かれていて、それは今テーブルの上で形を無くして横たわっている。柊羽も同じことを考えたのだろう、同様にテーブルに横たわる黄緑色のリボンは水色のそれに寄り添っていた。なんてことない光景の筈なのに、しかし柊羽と英知に重なって見える。これからもこのリボン宜しく、共にあれたらどんなにいい事か。そんなことを考える英知の口の中では甘い味が広がっていた。
side柊羽
「もう最後か」
「美味しいものってあっという間だよね」
柊羽が次のチョコレートに手を伸ばそうとした時、そこには1粒しか残されていなかった。それは向かいの英知も同様で、最後の1粒を少し勿体なさそうに口に放り込んでいた。柊羽も続くように最後のそれを口に含めば、控えめな甘さが口の中に広がる。
2人だけで過ごす穏やかなバレンタインはこれで終わりかと思いながら時計を見れば、まだかろうじて14日を指し示す時計の針。ゆっくりと溶けていくチョコレートに合わせて、柊羽の中で子供のような思いつきが浮かぶ。
「なぁ英知、手を貸してくれ」
すっかり空になった箱を纏めていた英知にそう声をかければ、頭にクエスチョンマークを浮かべながらも素直に右手を差し出される。
「右じゃなくて左手を出してくれ」
「ん」
再び素直に差し出された手を取って、その指の根元にテーブル広げられたままの水色のリボンを巻き付ける。普段あまりリボンを結ぶこともないから、綺麗に蝶蝶結びが出来た自信はないが意味は十分に伝わっただろう。ラッピング用のリボンはどうしても長さが余りすぎてしまうけれど、突飛な思いつきだから仕方がない。
「…少し照れるな」
「本人に照れられたら俺の立場がないから…」
「っはは、それもそうだ」
柊羽の行動を目で追いながら意味を理解していった英知の顔は今や首まで真っ赤になっていた。英知程ではないにしろ、自身の耳もきっと赤いのだけど。
台本のない素直な愛のメッセージは誰だって気恥しいものだ。しかしバレンタインは愛の日ともいう。少し思い切って大胆なことをしたっていい日だ。
「こんなことされたら俺だってお返ししないとじゃん」
「それは嬉しいな」
「ほら、柊羽も左手出して」
指先まで熱を持っている気がする英知の手が柊羽の左手を取る。照れからか、少し覚束無い手つきで柊羽の指の付け根にも同じことをする英知を見ながら思う。いつまでも君の恋人でいられますように。
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2026.01.09 22:39:30 編集
アコンプリス
柊英です
「いい歌だと思う。でも、歌ったらいけないとも思う」
静かにイヤホンを外して柊羽に告げれば、大して驚いた顔もしないで緩く首を傾げた。英知がこう言うことを分かっていたみたいに。
柊羽から渡されたデモはメロディーも詩も確かに柊羽らしい。けれど今までQUELLとして歌ってはこなかった歌だった。しかし聴きながら歌詞を咀嚼していく程に、これは2人で歌ってはいけないと一番に思ったのだ。
「…これ、俺と柊羽の歌でしょ?こんなの、…歌えないよ。あまりにも俺たちの関係を形にしすぎてる」
「英知」
デモ音源の入ったプレーヤーと同時に渡された歌詞カードを指差しながら言えば柊羽は静かに英知の名前を呼んだ。静かにこちらを見つめる柊羽の緩く弧を描く唇の形はそれだけで英知に確信を与える。きっと、柊羽は悪いことを企んでいる。
「…なに」
「英知は全てを捨てて、俺と2人でどこかに逃げたいか?」
急な質問にどんな意図があるのか、そんなのは分からないけれど答えないと話は進まないのだろう。柊羽は意外と強情だ。それを何年かになる付き合いで嫌という程に分かっているだけに英知はこの歌をどう扱えばいいのか余計に分からなかった。柊羽と英知の関係をそのまま形にしたような歌だ。きっと、本当は歌ったらいけないもの。
「俺は、今も過去もみんなも捨ててまで柊羽と2人きりにはなりたくないよ。なれない。なったらきっと俺たちじゃなくなる」
「…だったら、この歌は俺と英知の歌じゃあない」
「どういうこと」
「真実に1つの嘘が混ざれば、それは真実にはならない。これはそういう歌だよ」
ついと柊羽が指さした歌詞カードには確かに先程柊羽が問いかけた言葉が歌詞として存在していた。全てを捨てて逃げ出せたらいいのに。英知がこれまで一度も思ったことがないような言葉だ。
「…柊羽」
「なんだ」
なんて無茶苦茶な理屈だ。屁理屈も良いところだ。そう言わないといけない筈なのに、英知には柊羽の言葉を真っ向から跳ね返すことが出来なかった。それは柊羽が悪戯っ子のような悪い顔で綺麗に笑っていたからなのかもしれないし、柊羽の独占欲だとか欲しがりな部分だとかそんなところが移ってしまったのかもしれないし、英知の中でそれならいいかとあっさり思ってしまったからかもしれない。嘘に見せかけた本当を歌う悪い大人に、2人で共犯者になろうとしているのに止められる人はたった今なくなってしまった。
「そういうの、屁理屈って言うんだよ」
「でも英知なら絆されてくれるだろう?」
「嫌な大人だ」
「乗っかった英知も、だな」
畳む
柊英です
「いい歌だと思う。でも、歌ったらいけないとも思う」
静かにイヤホンを外して柊羽に告げれば、大して驚いた顔もしないで緩く首を傾げた。英知がこう言うことを分かっていたみたいに。
柊羽から渡されたデモはメロディーも詩も確かに柊羽らしい。けれど今までQUELLとして歌ってはこなかった歌だった。しかし聴きながら歌詞を咀嚼していく程に、これは2人で歌ってはいけないと一番に思ったのだ。
「…これ、俺と柊羽の歌でしょ?こんなの、…歌えないよ。あまりにも俺たちの関係を形にしすぎてる」
「英知」
デモ音源の入ったプレーヤーと同時に渡された歌詞カードを指差しながら言えば柊羽は静かに英知の名前を呼んだ。静かにこちらを見つめる柊羽の緩く弧を描く唇の形はそれだけで英知に確信を与える。きっと、柊羽は悪いことを企んでいる。
「…なに」
「英知は全てを捨てて、俺と2人でどこかに逃げたいか?」
急な質問にどんな意図があるのか、そんなのは分からないけれど答えないと話は進まないのだろう。柊羽は意外と強情だ。それを何年かになる付き合いで嫌という程に分かっているだけに英知はこの歌をどう扱えばいいのか余計に分からなかった。柊羽と英知の関係をそのまま形にしたような歌だ。きっと、本当は歌ったらいけないもの。
「俺は、今も過去もみんなも捨ててまで柊羽と2人きりにはなりたくないよ。なれない。なったらきっと俺たちじゃなくなる」
「…だったら、この歌は俺と英知の歌じゃあない」
「どういうこと」
「真実に1つの嘘が混ざれば、それは真実にはならない。これはそういう歌だよ」
ついと柊羽が指さした歌詞カードには確かに先程柊羽が問いかけた言葉が歌詞として存在していた。全てを捨てて逃げ出せたらいいのに。英知がこれまで一度も思ったことがないような言葉だ。
「…柊羽」
「なんだ」
なんて無茶苦茶な理屈だ。屁理屈も良いところだ。そう言わないといけない筈なのに、英知には柊羽の言葉を真っ向から跳ね返すことが出来なかった。それは柊羽が悪戯っ子のような悪い顔で綺麗に笑っていたからなのかもしれないし、柊羽の独占欲だとか欲しがりな部分だとかそんなところが移ってしまったのかもしれないし、英知の中でそれならいいかとあっさり思ってしまったからかもしれない。嘘に見せかけた本当を歌う悪い大人に、2人で共犯者になろうとしているのに止められる人はたった今なくなってしまった。
「そういうの、屁理屈って言うんだよ」
「でも英知なら絆されてくれるだろう?」
「嫌な大人だ」
「乗っかった英知も、だな」
畳む
2026.01.09 22:37:33 編集
君と起こした運命が一つ
柊英です
夜空には淡い月が瞬いていた。綺麗に丸く空に存在するそれは、柊羽を照らす。ベランダで夜風に浸る柊羽にとってそれは心地よい照明と同じだった。
スマートフォンから英知の軽やかな声が届く。電波に乗って1秒のラグもなく英知の声が今日あったことを伝えてくれる。今朝目玉焼きの為に割った卵が双子だったことも、それを壱星と壱流に見せたら大層喜んでくれたことも、英知なしでも2人で頼もしく仕事に行ってくれる姿が嬉しい反面少し寂しい、なんて話も。英知の感じた24時間を共有するように。
「…あ、そうだ」
最低限の相槌だけで静かに耳を傾けていた柊羽の気を更に引くように英知がぴたりと先程までの話を止める。
「柊羽はさ、運命って信じる人?」
ふいの問いかけに少し考えてから「英知と壱星、壱流に出会えたことは運命だと思ってるよ」と返した。神様なんて信じちゃあいないが、この巡り合わせはきっとどこにいるか分からない神様が運命とやらで起こしてくれた奇跡なのだろう。そう思っている。
「ふふ、俺はねえ、今日ちょっと運命感じちゃった」
きっと聞いたら柊羽も運命感じちゃうよ。どこか弾んだ声で言う英知に小さく首を傾げる。傾げたところでその姿は電波に乗って英知に届きはしないのだけど。続きを促せばスピーカー越しでも分かるくらいに弾んだ声で話し始める。もしかしたらその運命に浮かれて酒でも嗜みながら話していたのかもしれない。最初に比べてどこかふわふわとし始めた口振りにそんなことを思う。
「俺が柊羽にあげたピアス、あるでしょ」
「ああ。今もつけているよ」
「ありがと。今日の撮影でね、そのピアスと同じ石を使ったイヤリングを使ったんだ。しかも付けた場所が俺が柊羽に開けた場所と一緒でさ。…なんか、運命感じちゃった」
「俺も、なんだか今日は外したくなくてずっと付けてたんだ」
仕事の時はあまり付けないようにしている筈の英知から貰ったピアス。けれど今日はどうしてだか外したくなくてそのままにしてしまっていた。目立たないにしてもいつもは付けていないピアスだ。誰かに何か聞かれたらどう誤魔化そうと思いながら、それでも近くに英知を感じたかったのだ。英知が恋しくてまだまだ大人になりきれない、そう自嘲だってしたのに。それがまさか今に繋がるなんて。
「不思議な偶然だな」
「ふふ、そこは運命だって言おうよ。すごいなぁ、柊羽も付けててくれたなんて。今日は俺達お揃いだ」
「お揃い、か。…近くで見たかったな」
話せば話すほど英知に会いたくなるようだった。どうしたって身体は素粒子になって電波には乗れないし、仕事を放り出して空港に駆け込む訳にもいかない。ただただ姿の見えない数日前の英知の記憶に焦がれていく。今朝から英知が恋しくて堪らなかった気持ちは今になっても続いたまま、それどころか更に強くなっていく。
「あんまりにも可愛いことを言うから会いたくなった」
「会いたくなったから、電話したんだよ。もっと俺と同じくらい会いたくなってよ」
「…さては酔っているな?」
「んふふ、さぁどうでしょう」
英知の笑い声がスピーカーの向こうで揺れる。こんなことならビデオ通話にでもして顔を見てやれば良かったと思う反面、きっと今の英知の顔を見てしまったら今すぐ帰りの飛行機のチケットを取ってしまいそうだとも思った。
英知はずるいな、そう緩く笑った柊羽を月が淡く照らし右耳にあるルミナスグリーンを美しく光らせていた。
畳む
柊英です
夜空には淡い月が瞬いていた。綺麗に丸く空に存在するそれは、柊羽を照らす。ベランダで夜風に浸る柊羽にとってそれは心地よい照明と同じだった。
スマートフォンから英知の軽やかな声が届く。電波に乗って1秒のラグもなく英知の声が今日あったことを伝えてくれる。今朝目玉焼きの為に割った卵が双子だったことも、それを壱星と壱流に見せたら大層喜んでくれたことも、英知なしでも2人で頼もしく仕事に行ってくれる姿が嬉しい反面少し寂しい、なんて話も。英知の感じた24時間を共有するように。
「…あ、そうだ」
最低限の相槌だけで静かに耳を傾けていた柊羽の気を更に引くように英知がぴたりと先程までの話を止める。
「柊羽はさ、運命って信じる人?」
ふいの問いかけに少し考えてから「英知と壱星、壱流に出会えたことは運命だと思ってるよ」と返した。神様なんて信じちゃあいないが、この巡り合わせはきっとどこにいるか分からない神様が運命とやらで起こしてくれた奇跡なのだろう。そう思っている。
「ふふ、俺はねえ、今日ちょっと運命感じちゃった」
きっと聞いたら柊羽も運命感じちゃうよ。どこか弾んだ声で言う英知に小さく首を傾げる。傾げたところでその姿は電波に乗って英知に届きはしないのだけど。続きを促せばスピーカー越しでも分かるくらいに弾んだ声で話し始める。もしかしたらその運命に浮かれて酒でも嗜みながら話していたのかもしれない。最初に比べてどこかふわふわとし始めた口振りにそんなことを思う。
「俺が柊羽にあげたピアス、あるでしょ」
「ああ。今もつけているよ」
「ありがと。今日の撮影でね、そのピアスと同じ石を使ったイヤリングを使ったんだ。しかも付けた場所が俺が柊羽に開けた場所と一緒でさ。…なんか、運命感じちゃった」
「俺も、なんだか今日は外したくなくてずっと付けてたんだ」
仕事の時はあまり付けないようにしている筈の英知から貰ったピアス。けれど今日はどうしてだか外したくなくてそのままにしてしまっていた。目立たないにしてもいつもは付けていないピアスだ。誰かに何か聞かれたらどう誤魔化そうと思いながら、それでも近くに英知を感じたかったのだ。英知が恋しくてまだまだ大人になりきれない、そう自嘲だってしたのに。それがまさか今に繋がるなんて。
「不思議な偶然だな」
「ふふ、そこは運命だって言おうよ。すごいなぁ、柊羽も付けててくれたなんて。今日は俺達お揃いだ」
「お揃い、か。…近くで見たかったな」
話せば話すほど英知に会いたくなるようだった。どうしたって身体は素粒子になって電波には乗れないし、仕事を放り出して空港に駆け込む訳にもいかない。ただただ姿の見えない数日前の英知の記憶に焦がれていく。今朝から英知が恋しくて堪らなかった気持ちは今になっても続いたまま、それどころか更に強くなっていく。
「あんまりにも可愛いことを言うから会いたくなった」
「会いたくなったから、電話したんだよ。もっと俺と同じくらい会いたくなってよ」
「…さては酔っているな?」
「んふふ、さぁどうでしょう」
英知の笑い声がスピーカーの向こうで揺れる。こんなことならビデオ通話にでもして顔を見てやれば良かったと思う反面、きっと今の英知の顔を見てしまったら今すぐ帰りの飛行機のチケットを取ってしまいそうだとも思った。
英知はずるいな、そう緩く笑った柊羽を月が淡く照らし右耳にあるルミナスグリーンを美しく光らせていた。
畳む
2026.01.09 22:35:22 編集
君が零した星を1つ
柊英です
愛が重い人よりは、愛が深い人になりたい。そう思っていても愛の形を自分の思い描いた形にするのは難しい。店先で見かけてふと手に取ってしまった時、自分の頭には英知の顔しか浮かばなかった。それがいい例だ。きっと英知は驚いた顔をするだろうし、困ったような顔もするだろう。それでも最終的には分かったと頷いてくれるのも分かるから、つくづく自分は英知の優しさに甘えているのだと思い知る。きっと重たいなんて思われてしまうのだろうけれど、形に残るものがあるとどうしたって安心するのだ。
「おかえり、柊羽。今日って夜までじゃなかった?」
「かなり早く終わったんだ。壱星と壱流は?」
「まだ撮影。柊羽とは反対で撮影が押してて帰りが遅くなるって」
共有ルームの窓から見える空は夕暮れ時のオレンジと夜の紺が混ざり合っていた。夏がすぎて随分と日は短くなり、あと1時間もすれば空は夜闇の紺色で染まってしまうだろう。壱星と壱流が帰ってくる頃にはきっと夕暮れなんて欠片も残っていないに違いない。けれどそれならば好都合とキッチンで飲み物の準備をしてくれている英知を手招く。丁度用意が出来たのだろう英知の手には2つのグラスがあった。
「英知、少しお願いがあるんだ」
「珍しいね。なになに、俺に出来ることなら何でも言って」
柊羽の向かいに座りながら手にしていたグラスを1つくれる。中には麦茶が入っていた。ここ暫く夏の名残が消えないまま今でも英知が冷蔵庫に作りおいていた麦茶は、1口含めば何となく夏の気配を感じさせる。けれど最近はやっと涼しい日が増えてきたから、今冷蔵庫に入っている分がなくなったら今年の麦茶は終わりだろう。そう思うとただの麦茶なのに少しだけ勿体ない気すらする。そんなことを考えながら帰りがけに買ってきた小さな紙袋をテーブルに出す。
「これを、お願いしたいんだ」
開けていいかと聞く英知に勿論と返せば、紙袋の大きさに合わせるように少しだけ肩を縮こまらせて封を開けていく。無意識なのだろうけれど、小さな物を扱う時に自分も小さくなる姿が可愛いと思う。
「ピアッサー…?」
「ああ。これで英知に」
そこで英知が手にしているピアッサーをついと指差す。柊羽の指の先を追うように視線が手元へと落とされる。その視線をさらに誘導するように今度は柊羽自身の、右耳へと向ける。
「ピアスを開けてほしい」
大きい瞳がまあるく開かれて、瞬きをしながら柊羽の言葉を咀嚼していく。想像していた通り、驚いた顔をしている。グラスの中の麦茶は柊羽の分だけその量を減らして、英知の分は殆ど減らずに残されていた。
「…俺が、柊羽に?」
「そうだ。英知に、開けてほしい」
「えっ、いやいや、そんな急に言われても、えっ、てか、事務所に許可は」
焦ったように口を動かし出した英知の姿に笑いながら、仕事から戻る移動車の中で全部済ませたと言えば英知はそっと口を閉ざして手の中のピアッサーを握りしめた。ドラマの仕事だけでなく、柊羽が抱えている仕事自体がある程度片付いて時間に余裕がある。その今だからこそ出来ることなのだ。少しだけ、英知の眉間に皺が寄って、どうして急になんて顔をする。意図が読めないと柊羽の言葉を待つ英知の、ピアッサーを握り締めた手にそっと自分の手を重ねる。これはそんなに怖いものじゃあない。開けたことが無い人から見たらそれはちょっと怖いものかもしれないけれど、そんな怖くはないのだ。ほんの一瞬の痛みなんて、怖くない。
「何か、形に残るものが欲しいんだ」
「残るもの、」
「消えなくて、ずっと残るもの。見る度に思い出せるもの。…なんて、流石に重たいな」
目に見えない繋がりは尊く美しいものだ。それは痛いほどに分かっている。いつだって誰かに助けられて、愛されて、守られて柊羽は今ここにいて、それらはどれも目に映らない。そこに見える形を求めてしまえば途端にその尊いものはその輝きを変えて重さを増してしまう。それが分かっているけれど、それでも柊羽は英知から無くならないものが欲しいのだ。永遠なんて、この世にはないのだから。
「重たいとかは思ってない、ていうかそれはいいんだ。ただ、柊羽を傷付けるようなことだから、ちょっと、びびってる」
柊羽に求められるのは嬉しいんだよ、そう言った英知はそれでもまだ握り締めた手を緩めなかった。
「ピアスなんてみんなやってるし、別に大怪我するようなのじゃないのは分かるんだけど、傷を付けるのって、怖い」
「優しいな」
「優しくなんて」
「優しいさ。自分が痛いわけでもないのに、そんな顔をしてるんだからな」
嫌なら嫌と言えばいいのに、そう言わないのだって英知の優しさだ。こんなお願い聞けないと言えば柊羽は簡単に引き下がるのを知っている筈なのに。永遠なんて存在しないからこそ、永遠に残るものが欲しい。ふとした瞬間に感じられる確かな形が欲しい。あんまりにも重たくて、ともすれば相手を押し潰してしまうかもしれない。それが今なのか明日なのかそれともずっと先なのかは分からないのだけど。愛が重い人よりは深い人がいい。そうは思っていたってなかなかどうして、上手くはいかない。
じっと黙り込んでいた英知が大きく息を吐き出した。ピアッサーを握る手を緩めて、空いた手を柊羽の手に重ねる。持ち上げられた英知の目が真っ直ぐに柊羽を射抜いた。
「分かった。開ける」
「ありがとう」
「でも」
先程までの迷いなんてどこかに追いやってしまった英知の言葉は何かを決意したように凛と響いた。
「明日まで待って。そんなこと言われたら、俺だって柊羽と一緒だよ」
言葉の意味を考える前に玄関が開く音がした。その音が終わりの合図と言わんばかりに柊羽から手を離すと、英知はピアッサーを素早く紙袋に戻してしまった。これは明日まで俺が預かるから。その言葉に頷くことしか出来ない。それから直ぐに聞こえた足音に英知の目が和らいで、先程の柊羽を射抜いた視線はどこかへ行ってしまった。
「ただいま」
「ただいま!」
「おかえり、イッセー、イッチー!」
気がつけば窓の外は真っ暗で、夕暮れの名残はなかった。
____
「柊羽、今夜少しだけいい?」
「勿論」
壱星と壱流が眠った後、柊羽の元へとやってきた英知の手には昨日の紙袋の他にもう1つ別の紙袋があった。中身の見えないそれに何が入っているのか、それを聞く前に英知の手が柊羽の手を取る。掌を上にするようにして持ち上げられたそこに、柊羽の知らない紙袋が置かれる。
「本当は夜じゃなくて昼間に出来たら良かったんだけど、仕事があって。ごめん」
「それは仕方ないことだし、そもそも俺の我儘だから気にしなくていい。…これは?」
「開けてみて」
柊羽から目線を逸らした英知には触れずに、渡された紙袋の封を開ける。その間に英知がぽつりぽつりと、まるで言い訳をするかのように言葉を重ねていく。それを聞きながらじわじわと自身の頬に熱が集まって、同時にむず痒いような喜びが湧いてくる。ああ、昨日英知が言っていたことの意味はそういうことだったのか、と。
「色物はあんまり好きじゃないんだろうなとは思ってるけど、それでも渡したくて、…一応これでも店先ですっごい悩んで!悩んで、やっと見つけたやつなんだ。なるべくシンプルに、でも、俺のことを忘れられない、色」
柊羽の掌の中、当たる光の角度によって様々な色へと変わる小さなそれは、時折淡く透き通ったイエローグリーンを覗かせた。シンプルに石だけの飾り気のないそれは、けれど様々に色を変えていく。まるで英知のようにころころと表情を変えていく。
口元がだんだん緩んでいくのが分かる。英知が小さくそんなに笑わないでよと呟いた。
「とても綺麗な色だな」
「ルミナスグリーンって言うらしいよ。見かねた店員さんが教えてくれた」
「よっぽど仲良くなったんだな」
「だってすっごい悩んだんだよ!…本当は、ちゃんとした宝石とか使った、もっといいやつが良かったんだろうけど、俺にはそれが一番だと思ったんだ」
天然ではなく人工的に作られた小さな石の価値も値段も知らないけれど、英知が店先の店員と親しくなるほどあれこれと時間を掛けて選んでくれたひとつのピアスはそれだけで金には替えられない価値がある。いくら積まれたって人に渡せやしないし、いくら払ったって柊羽の手の中に収まるこれと同じものは存在しない。朝起きて、ベッドサイドのテーブルに置かれたこれが美しくイエローグリーンに瞬く、それを手に取って英知が示してくれたそこに宛てがう。想像するだけで胸が満たされるようだった。
「まるでプロポーズだな」
「お返しだからね」
英知は徐に柊羽の右耳へと手を伸ばした。いやに熱い手が柊羽の薄い耳たぶに触れる。本当はどんなに小さいものでも誰かに傷をつけるのは怖いし嫌だ、でも。そう前置きをしてから英知は昨日と同じ目で柊羽を射抜いた。
沢山沢山考えて、言ったらどうなるだろうと想像して、少し躊躇して、それでも抗えなかったのだ。明確な形を得ることが簡単ではないからこそ。
「俺だって、形に残るものが欲しいんだよ」
____
「新しく開けたのか」
「…珍しく目敏いな」
珍しくとは失礼だなと肩を竦める志季にもっと前からしていたのに気付いてなかったじゃないかと言えば、悪かったなと返される。
自分からは見えないが、きっと志季の目の前で瞬くそれは淡くイエローグリーンを覗かせているのだろう。それを思うと自然と口元が緩んでしまうのだからどうしようもない。やっとファーストピアスを外して英知が送ってくれたそれを身に付ける事が出来て気持ちが浮き立っているのだ。顔に出てしまうのはそれもあるのだろう。
「わざわざ深追いはしないが、双子はなんて?」
「顔に出過ぎて聞く必要がない、と言われたよ」
「だろうな。俺もそれ以上聞く気がしない」
畳む
柊英です
愛が重い人よりは、愛が深い人になりたい。そう思っていても愛の形を自分の思い描いた形にするのは難しい。店先で見かけてふと手に取ってしまった時、自分の頭には英知の顔しか浮かばなかった。それがいい例だ。きっと英知は驚いた顔をするだろうし、困ったような顔もするだろう。それでも最終的には分かったと頷いてくれるのも分かるから、つくづく自分は英知の優しさに甘えているのだと思い知る。きっと重たいなんて思われてしまうのだろうけれど、形に残るものがあるとどうしたって安心するのだ。
「おかえり、柊羽。今日って夜までじゃなかった?」
「かなり早く終わったんだ。壱星と壱流は?」
「まだ撮影。柊羽とは反対で撮影が押してて帰りが遅くなるって」
共有ルームの窓から見える空は夕暮れ時のオレンジと夜の紺が混ざり合っていた。夏がすぎて随分と日は短くなり、あと1時間もすれば空は夜闇の紺色で染まってしまうだろう。壱星と壱流が帰ってくる頃にはきっと夕暮れなんて欠片も残っていないに違いない。けれどそれならば好都合とキッチンで飲み物の準備をしてくれている英知を手招く。丁度用意が出来たのだろう英知の手には2つのグラスがあった。
「英知、少しお願いがあるんだ」
「珍しいね。なになに、俺に出来ることなら何でも言って」
柊羽の向かいに座りながら手にしていたグラスを1つくれる。中には麦茶が入っていた。ここ暫く夏の名残が消えないまま今でも英知が冷蔵庫に作りおいていた麦茶は、1口含めば何となく夏の気配を感じさせる。けれど最近はやっと涼しい日が増えてきたから、今冷蔵庫に入っている分がなくなったら今年の麦茶は終わりだろう。そう思うとただの麦茶なのに少しだけ勿体ない気すらする。そんなことを考えながら帰りがけに買ってきた小さな紙袋をテーブルに出す。
「これを、お願いしたいんだ」
開けていいかと聞く英知に勿論と返せば、紙袋の大きさに合わせるように少しだけ肩を縮こまらせて封を開けていく。無意識なのだろうけれど、小さな物を扱う時に自分も小さくなる姿が可愛いと思う。
「ピアッサー…?」
「ああ。これで英知に」
そこで英知が手にしているピアッサーをついと指差す。柊羽の指の先を追うように視線が手元へと落とされる。その視線をさらに誘導するように今度は柊羽自身の、右耳へと向ける。
「ピアスを開けてほしい」
大きい瞳がまあるく開かれて、瞬きをしながら柊羽の言葉を咀嚼していく。想像していた通り、驚いた顔をしている。グラスの中の麦茶は柊羽の分だけその量を減らして、英知の分は殆ど減らずに残されていた。
「…俺が、柊羽に?」
「そうだ。英知に、開けてほしい」
「えっ、いやいや、そんな急に言われても、えっ、てか、事務所に許可は」
焦ったように口を動かし出した英知の姿に笑いながら、仕事から戻る移動車の中で全部済ませたと言えば英知はそっと口を閉ざして手の中のピアッサーを握りしめた。ドラマの仕事だけでなく、柊羽が抱えている仕事自体がある程度片付いて時間に余裕がある。その今だからこそ出来ることなのだ。少しだけ、英知の眉間に皺が寄って、どうして急になんて顔をする。意図が読めないと柊羽の言葉を待つ英知の、ピアッサーを握り締めた手にそっと自分の手を重ねる。これはそんなに怖いものじゃあない。開けたことが無い人から見たらそれはちょっと怖いものかもしれないけれど、そんな怖くはないのだ。ほんの一瞬の痛みなんて、怖くない。
「何か、形に残るものが欲しいんだ」
「残るもの、」
「消えなくて、ずっと残るもの。見る度に思い出せるもの。…なんて、流石に重たいな」
目に見えない繋がりは尊く美しいものだ。それは痛いほどに分かっている。いつだって誰かに助けられて、愛されて、守られて柊羽は今ここにいて、それらはどれも目に映らない。そこに見える形を求めてしまえば途端にその尊いものはその輝きを変えて重さを増してしまう。それが分かっているけれど、それでも柊羽は英知から無くならないものが欲しいのだ。永遠なんて、この世にはないのだから。
「重たいとかは思ってない、ていうかそれはいいんだ。ただ、柊羽を傷付けるようなことだから、ちょっと、びびってる」
柊羽に求められるのは嬉しいんだよ、そう言った英知はそれでもまだ握り締めた手を緩めなかった。
「ピアスなんてみんなやってるし、別に大怪我するようなのじゃないのは分かるんだけど、傷を付けるのって、怖い」
「優しいな」
「優しくなんて」
「優しいさ。自分が痛いわけでもないのに、そんな顔をしてるんだからな」
嫌なら嫌と言えばいいのに、そう言わないのだって英知の優しさだ。こんなお願い聞けないと言えば柊羽は簡単に引き下がるのを知っている筈なのに。永遠なんて存在しないからこそ、永遠に残るものが欲しい。ふとした瞬間に感じられる確かな形が欲しい。あんまりにも重たくて、ともすれば相手を押し潰してしまうかもしれない。それが今なのか明日なのかそれともずっと先なのかは分からないのだけど。愛が重い人よりは深い人がいい。そうは思っていたってなかなかどうして、上手くはいかない。
じっと黙り込んでいた英知が大きく息を吐き出した。ピアッサーを握る手を緩めて、空いた手を柊羽の手に重ねる。持ち上げられた英知の目が真っ直ぐに柊羽を射抜いた。
「分かった。開ける」
「ありがとう」
「でも」
先程までの迷いなんてどこかに追いやってしまった英知の言葉は何かを決意したように凛と響いた。
「明日まで待って。そんなこと言われたら、俺だって柊羽と一緒だよ」
言葉の意味を考える前に玄関が開く音がした。その音が終わりの合図と言わんばかりに柊羽から手を離すと、英知はピアッサーを素早く紙袋に戻してしまった。これは明日まで俺が預かるから。その言葉に頷くことしか出来ない。それから直ぐに聞こえた足音に英知の目が和らいで、先程の柊羽を射抜いた視線はどこかへ行ってしまった。
「ただいま」
「ただいま!」
「おかえり、イッセー、イッチー!」
気がつけば窓の外は真っ暗で、夕暮れの名残はなかった。
____
「柊羽、今夜少しだけいい?」
「勿論」
壱星と壱流が眠った後、柊羽の元へとやってきた英知の手には昨日の紙袋の他にもう1つ別の紙袋があった。中身の見えないそれに何が入っているのか、それを聞く前に英知の手が柊羽の手を取る。掌を上にするようにして持ち上げられたそこに、柊羽の知らない紙袋が置かれる。
「本当は夜じゃなくて昼間に出来たら良かったんだけど、仕事があって。ごめん」
「それは仕方ないことだし、そもそも俺の我儘だから気にしなくていい。…これは?」
「開けてみて」
柊羽から目線を逸らした英知には触れずに、渡された紙袋の封を開ける。その間に英知がぽつりぽつりと、まるで言い訳をするかのように言葉を重ねていく。それを聞きながらじわじわと自身の頬に熱が集まって、同時にむず痒いような喜びが湧いてくる。ああ、昨日英知が言っていたことの意味はそういうことだったのか、と。
「色物はあんまり好きじゃないんだろうなとは思ってるけど、それでも渡したくて、…一応これでも店先ですっごい悩んで!悩んで、やっと見つけたやつなんだ。なるべくシンプルに、でも、俺のことを忘れられない、色」
柊羽の掌の中、当たる光の角度によって様々な色へと変わる小さなそれは、時折淡く透き通ったイエローグリーンを覗かせた。シンプルに石だけの飾り気のないそれは、けれど様々に色を変えていく。まるで英知のようにころころと表情を変えていく。
口元がだんだん緩んでいくのが分かる。英知が小さくそんなに笑わないでよと呟いた。
「とても綺麗な色だな」
「ルミナスグリーンって言うらしいよ。見かねた店員さんが教えてくれた」
「よっぽど仲良くなったんだな」
「だってすっごい悩んだんだよ!…本当は、ちゃんとした宝石とか使った、もっといいやつが良かったんだろうけど、俺にはそれが一番だと思ったんだ」
天然ではなく人工的に作られた小さな石の価値も値段も知らないけれど、英知が店先の店員と親しくなるほどあれこれと時間を掛けて選んでくれたひとつのピアスはそれだけで金には替えられない価値がある。いくら積まれたって人に渡せやしないし、いくら払ったって柊羽の手の中に収まるこれと同じものは存在しない。朝起きて、ベッドサイドのテーブルに置かれたこれが美しくイエローグリーンに瞬く、それを手に取って英知が示してくれたそこに宛てがう。想像するだけで胸が満たされるようだった。
「まるでプロポーズだな」
「お返しだからね」
英知は徐に柊羽の右耳へと手を伸ばした。いやに熱い手が柊羽の薄い耳たぶに触れる。本当はどんなに小さいものでも誰かに傷をつけるのは怖いし嫌だ、でも。そう前置きをしてから英知は昨日と同じ目で柊羽を射抜いた。
沢山沢山考えて、言ったらどうなるだろうと想像して、少し躊躇して、それでも抗えなかったのだ。明確な形を得ることが簡単ではないからこそ。
「俺だって、形に残るものが欲しいんだよ」
____
「新しく開けたのか」
「…珍しく目敏いな」
珍しくとは失礼だなと肩を竦める志季にもっと前からしていたのに気付いてなかったじゃないかと言えば、悪かったなと返される。
自分からは見えないが、きっと志季の目の前で瞬くそれは淡くイエローグリーンを覗かせているのだろう。それを思うと自然と口元が緩んでしまうのだからどうしようもない。やっとファーストピアスを外して英知が送ってくれたそれを身に付ける事が出来て気持ちが浮き立っているのだ。顔に出てしまうのはそれもあるのだろう。
「わざわざ深追いはしないが、双子はなんて?」
「顔に出過ぎて聞く必要がない、と言われたよ」
「だろうな。俺もそれ以上聞く気がしない」
畳む
2026.01.09 22:33:10 編集
天国で聴く音
柊英です
柊羽が緩く微笑みながらピアノの鍵盤に指を置く。深夜2時をとっくに過ぎたピアノ室には誰もおらず、窓から差し込む月明かりと英知だけがこれから柊羽が弾く音楽を聴こうとしている。
真っ白になりそうな視界の中で、必死になって柊羽の背中にしがみついた。頭の中がふわふわして、身体が宙に浮くような気がして、目の前にある柊羽の背中に腕を回さないとどうにかなりそうだったのだ。うわ言の様に何度も柊羽の名前を呼んで、そうして眼前にあったその首筋に思わず吸い付いた理由は今となっては分からない。ただただ夢中になって、馬鹿になりそうな頭でやったことに意味なんてそもそもないのかもしれないけれど。
「どんなの弾くの?」
「そうだな…」
ピアノの横に置かれた椅子に腰掛けても鈍く痛む腰はつい数時間前までの情事の激しさを物語っているけれど、お互い若いのだ。少しは羽目を外すことだってある。その羽目を外した勢いで軽くシャワーを浴びただけの身体でピアノ室に潜り込むことだって、ある。
ベッドにぐったりと沈みこんだ英知の髪を撫でながら「なんだかいいフレーズが浮かびそうだ」と少し眉を下げて笑った柊羽に、じゃあピアノ室に行こうよ持ちかけたのは英知だ。明日になったらきっと柊羽の中に浮かんだ音楽は消えてしまう、そんな確信があった。
「きっとこれは、QUELLの新曲には出来ないな」
そう言ってから鍵盤に乗せられていた指が動き出す。
これだけ人の多い寮だ。どんな時間でも誰が起きてるか、起き出すか、そんなの分からない。そう言って柊羽が着たタートルネックの下にあるものを思い出し気恥しさと共に少しの優越感。そして欲。
柊羽の指先が奏でるものに耳を傾けながら、月明かりに透けてしまいそうな横顔を見つめる。こんなに綺麗な人が、自分のものになればいいのに、なんて。口に出せば「もう英知のものだよ」なんて軽く言ってのけるのだろうが、きっとそれじゃあ足りない。いつまでもいつまでも英知は同じことを想うのだ。
「…確かに、これは表に出せないや」
「そうだろう?」
柊羽が悪戯げに笑う。それに笑顔を返しながら応える。
「だって俺宛のラブソングだもん」
畳む
柊英です
柊羽が緩く微笑みながらピアノの鍵盤に指を置く。深夜2時をとっくに過ぎたピアノ室には誰もおらず、窓から差し込む月明かりと英知だけがこれから柊羽が弾く音楽を聴こうとしている。
真っ白になりそうな視界の中で、必死になって柊羽の背中にしがみついた。頭の中がふわふわして、身体が宙に浮くような気がして、目の前にある柊羽の背中に腕を回さないとどうにかなりそうだったのだ。うわ言の様に何度も柊羽の名前を呼んで、そうして眼前にあったその首筋に思わず吸い付いた理由は今となっては分からない。ただただ夢中になって、馬鹿になりそうな頭でやったことに意味なんてそもそもないのかもしれないけれど。
「どんなの弾くの?」
「そうだな…」
ピアノの横に置かれた椅子に腰掛けても鈍く痛む腰はつい数時間前までの情事の激しさを物語っているけれど、お互い若いのだ。少しは羽目を外すことだってある。その羽目を外した勢いで軽くシャワーを浴びただけの身体でピアノ室に潜り込むことだって、ある。
ベッドにぐったりと沈みこんだ英知の髪を撫でながら「なんだかいいフレーズが浮かびそうだ」と少し眉を下げて笑った柊羽に、じゃあピアノ室に行こうよ持ちかけたのは英知だ。明日になったらきっと柊羽の中に浮かんだ音楽は消えてしまう、そんな確信があった。
「きっとこれは、QUELLの新曲には出来ないな」
そう言ってから鍵盤に乗せられていた指が動き出す。
これだけ人の多い寮だ。どんな時間でも誰が起きてるか、起き出すか、そんなの分からない。そう言って柊羽が着たタートルネックの下にあるものを思い出し気恥しさと共に少しの優越感。そして欲。
柊羽の指先が奏でるものに耳を傾けながら、月明かりに透けてしまいそうな横顔を見つめる。こんなに綺麗な人が、自分のものになればいいのに、なんて。口に出せば「もう英知のものだよ」なんて軽く言ってのけるのだろうが、きっとそれじゃあ足りない。いつまでもいつまでも英知は同じことを想うのだ。
「…確かに、これは表に出せないや」
「そうだろう?」
柊羽が悪戯げに笑う。それに笑顔を返しながら応える。
「だって俺宛のラブソングだもん」
畳む
2026.01.09 22:27:59 編集
炬燵とアイスと珈琲とお誘いと
柊英です
炬燵にみかん、というのがやはり冬の定番であろう。しかし残念なことにみかんは数日前に食べ尽くしてしまってなくなってしまった。なかなか買いに行くタイミングもなく、だからといって誰かの寮へと赴いてまで欲しいかと問われればそんなわけもなく。そうして英知と柊羽が足を突っ込んだ炬燵の上にはみかんの代わりにコンビニで買ってきたアイスと英知の入れた珈琲の入ったマグカップが置かれていた。冬に食べるアイスも美味しいものだ。これはこれで良い。
「炬燵も、あのソファに負けず劣らず人を駄目にするな」
頭にかの有名な人を駄目にするというソファを思い浮かべ、小さく息をつく。先程までアイスのカップを持っていた手を炬燵の中に潜り込ませればじんわりと温もりが柊羽の手を包んだ。ただ暖かいだけなのにどうしてこうも動くことが億劫になって、気持ちまでゆっくりしてしまうのか。
「ふふ、炬燵ってすごいよねぇ。あの柊羽がこんなにダラダラしてる」
「英知だって人のことは言えないだろう」
柊羽の斜め右にいる英知は天板に右頬を押し付けて両手も布団の中に潜り込ませて、目を閉じてしまえばそのまま今にも穏やかに寝息を立ててしまうんじゃないかという程に目は蕩けている。つくづく、炬燵は魔性のアイテムだ。英知の正面、柊羽から見て斜め左にいる壱星と壱流を見て思う。柊羽と英知が取り留めもなくだらけて過ごしている間にすっかり二人並んで寝入ってしまっていた。
「だって、つい眠くなっちゃう」
くあ、と欠伸をした英知が口元を緩く持ち上げながら目を閉じる。柊羽の手足を温める炬燵の温度は、同様に英知の手足を包んで眠りへと誘う。そのあんまりにも幸せそうな姿に湧き上がった悪戯心に素直に従って柊羽は手を伸ばした。
「英知」
中身の見えない炬燵の中に手を更に潜り込ませて、英知の手を見つける。芯まで温まっている手と柊羽の手の温度はさして変わらず、触れた所から境目が曖昧になっていく。英知の左手を取り、そこに指を絡ませていく。気まぐれに指先で手の甲を撫で、気まぐれに爪先で手のひらの皺をなぞっていけば、閉じられた英知の瞼が震えた。
「英知」
どれほどそうしていたかは分からないが、好きなだけ英知の手を堪能してからもう一度名前を呼んで英知の手を強く握り込む。
じわじわと英知の耳が染まって、眉間に小さく皺が寄って、口元も噛み締めるように引き結ばれていた。
「…誤魔化すのが下手だな」
「…柊羽、絶対にやにやしてる」
「してないよ」
頬まで染まり始めた顔を隠すようにうつ伏せになった英知がくぐもった声で非難めいたことを言うが、英知から柊羽の顔が見えないのをいいことにとぼけてみせる。
「…ていうか、そういう誘いをするなら2人がいない時にしてください」
「2人がいなければ、好きに誘っていいのか」
「…ノーコメント」
「っはは、じゃあ好きに受け取らせてもらおうかな」
握り込んでいた手が確かに熱くなる感覚に、柊羽が満足げに微笑んでいたことを英知は知らない。和泉柊羽という男は、嫉妬深いのだ。
畳む
柊英です
炬燵にみかん、というのがやはり冬の定番であろう。しかし残念なことにみかんは数日前に食べ尽くしてしまってなくなってしまった。なかなか買いに行くタイミングもなく、だからといって誰かの寮へと赴いてまで欲しいかと問われればそんなわけもなく。そうして英知と柊羽が足を突っ込んだ炬燵の上にはみかんの代わりにコンビニで買ってきたアイスと英知の入れた珈琲の入ったマグカップが置かれていた。冬に食べるアイスも美味しいものだ。これはこれで良い。
「炬燵も、あのソファに負けず劣らず人を駄目にするな」
頭にかの有名な人を駄目にするというソファを思い浮かべ、小さく息をつく。先程までアイスのカップを持っていた手を炬燵の中に潜り込ませればじんわりと温もりが柊羽の手を包んだ。ただ暖かいだけなのにどうしてこうも動くことが億劫になって、気持ちまでゆっくりしてしまうのか。
「ふふ、炬燵ってすごいよねぇ。あの柊羽がこんなにダラダラしてる」
「英知だって人のことは言えないだろう」
柊羽の斜め右にいる英知は天板に右頬を押し付けて両手も布団の中に潜り込ませて、目を閉じてしまえばそのまま今にも穏やかに寝息を立ててしまうんじゃないかという程に目は蕩けている。つくづく、炬燵は魔性のアイテムだ。英知の正面、柊羽から見て斜め左にいる壱星と壱流を見て思う。柊羽と英知が取り留めもなくだらけて過ごしている間にすっかり二人並んで寝入ってしまっていた。
「だって、つい眠くなっちゃう」
くあ、と欠伸をした英知が口元を緩く持ち上げながら目を閉じる。柊羽の手足を温める炬燵の温度は、同様に英知の手足を包んで眠りへと誘う。そのあんまりにも幸せそうな姿に湧き上がった悪戯心に素直に従って柊羽は手を伸ばした。
「英知」
中身の見えない炬燵の中に手を更に潜り込ませて、英知の手を見つける。芯まで温まっている手と柊羽の手の温度はさして変わらず、触れた所から境目が曖昧になっていく。英知の左手を取り、そこに指を絡ませていく。気まぐれに指先で手の甲を撫で、気まぐれに爪先で手のひらの皺をなぞっていけば、閉じられた英知の瞼が震えた。
「英知」
どれほどそうしていたかは分からないが、好きなだけ英知の手を堪能してからもう一度名前を呼んで英知の手を強く握り込む。
じわじわと英知の耳が染まって、眉間に小さく皺が寄って、口元も噛み締めるように引き結ばれていた。
「…誤魔化すのが下手だな」
「…柊羽、絶対にやにやしてる」
「してないよ」
頬まで染まり始めた顔を隠すようにうつ伏せになった英知がくぐもった声で非難めいたことを言うが、英知から柊羽の顔が見えないのをいいことにとぼけてみせる。
「…ていうか、そういう誘いをするなら2人がいない時にしてください」
「2人がいなければ、好きに誘っていいのか」
「…ノーコメント」
「っはは、じゃあ好きに受け取らせてもらおうかな」
握り込んでいた手が確かに熱くなる感覚に、柊羽が満足げに微笑んでいたことを英知は知らない。和泉柊羽という男は、嫉妬深いのだ。
畳む
2026.01.09 22:26:37 編集
2020年12月15日、遠い国の空にて
柊英です
“寒空の夜に舞い降りた天使におはようを告げ、キスを贈る。”なんとも歯が浮いてしまいそうな甘い言葉だが、これを和泉柊羽が言うと様になるのだから我らがリーダーは凄いのだ。しかもそれを歌にして、その歌の1番初めに持ってきてしまうのだから尚のこと凄い。前述したワンフレーズは結局後半部分がカットされて歌に乗せられたわけだが、柊羽曰く「ちょっとあからさま過ぎるから泣く泣く削った」らしい。そんなことをしなくたって、きっと分かる人には分かってしまうと思うのだが、敢えてそこは深追いしないでおこうと思う。柊羽も誰も何も言わないが、この歌は英知の誕生を祝う歌に違いないのだから。
「その歌」
「ん?」
「気に入ってくれているんだな」
小さく口ずさめば柊羽が日食グラスを片手に擽ったそうに笑った。やることは大胆な割に、柊羽は意外と自分が作ったものを身内に褒められるのが気恥しいらしい。ここ数年で知ったことなのだけど。
「そりゃそうだよ。だって」
「…だって?」
柊羽が目を細めて英知を見る。
「ふふ、これ、俺が言っちゃっていいのかな。自意識過剰ってなっちゃわない?」
「さぁ?」
「今日はちょっといじわるな柊羽だ」
柊羽も誰も何も言わないし、英知だって敢えて口には出さないけれど、わざとらしく肩を竦める柊羽が答えだ。
英知の周りにいるたくさんの人達がざわつき出す。ぱっと見ただけで今日のために集まった観光客は誰も彼も色々な国の人なのだと分かる。ここは日本じゃあない。
みんな手に持った日食グラスを目の前に掲げて空を見上げ始めた。どうやらそろそろらしい。壱星と壱流にも見せたかったなと思わないでもないのだけど、今日ここに来るのは柊羽の2年越しの我儘であったし、なによりこのことを告げた時の壱星も壱流も「今年くらい2人で旅行してこい」なんてあっさりした返事だった。英知が知らない間に二人ともすっかり大人になって、すっかり物分りがよくなって、柊羽と英知のことをよく理解してくれるようになった。嬉しいけれど少し寂しい、なんて言ったらきっと親バカなんて笑われてしまうのだろうけれど。
周りがざわつき出し、もう始まったのだと察する。周りにならって日食グラスを掲げて空を見あげれば、光を遮るレンズによって真っ黒になった空に太陽がぽつりといた。そこにゆっくりと黒い月が重なっていく。もう柊羽と英知の間に会話はなかった。
徐々に月が重なっていき、空に浮かぶのは細く丸い、光の輪だけになった。数瞬でその輪は小さな宝石を付ける。何かと柊羽の歌を浮かべてしまうのはもう癖のようなものなのだ。そこにある柊羽の想いを知っているから、だからこそ。夢の中で交わした太陽の指輪、それが今英知の目の前にあった。
「…柊羽」
ここにいるのはどこの国の誰なのかも分からない、きっとここにいる英知と柊羽が日本じゃ歌って踊ってカメラの前で笑顔を飛ばしていることなんて知りもしない人達ばかりだ。もしかしたら知ってる人もいるのかもしれないけれど、誰も英知と柊羽を見てなんかいやしない。ここは確かに現実で、確かに2人だけの小さな離れだった。
空から目を離さなくたって柊羽の手がどこにあるのか分かる。それだけの付き合いなのだ。見つけた柊羽の手に自分の手を重ねて、手探りで細い薬指を見つける。そこには何もないけれど、確かに柊羽と英知が歌い上げた指輪があった。
「どうしよう、こんなに嬉しい誕生日プレゼントはじめてだ」
柊羽はされるがままに薬指を差し出している。それに甘えて指を撫でながら、この後のことを思い浮かべる。この日食が終わってホテルに戻って、眠って朝を迎えればもう指輪はないけれど。だからこそ、唯一無二の贈り物なのだ。
「ならよかった」
どこか安心したように息を吐いて、柊羽が英知の掲げていた日食グラスを取り上げる。もう空に指輪はなかった。
「…泣きそうじゃないか」
「そりゃ、そうだよ。だって感動、した」
「はは、泣いてもいいんだぞ」
「ホテルに戻ったらね」
一頻り泣いて朝を迎えれば、きっと英知の携帯には山のようなメッセージが送られているのだろう。こんなに恵まれて、幸せばっかりの誕生日は初めてだ。
「少し早いが、誕生日おめでとう、英知」
「…ん、ありがとう。柊羽」
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柊英です
“寒空の夜に舞い降りた天使におはようを告げ、キスを贈る。”なんとも歯が浮いてしまいそうな甘い言葉だが、これを和泉柊羽が言うと様になるのだから我らがリーダーは凄いのだ。しかもそれを歌にして、その歌の1番初めに持ってきてしまうのだから尚のこと凄い。前述したワンフレーズは結局後半部分がカットされて歌に乗せられたわけだが、柊羽曰く「ちょっとあからさま過ぎるから泣く泣く削った」らしい。そんなことをしなくたって、きっと分かる人には分かってしまうと思うのだが、敢えてそこは深追いしないでおこうと思う。柊羽も誰も何も言わないが、この歌は英知の誕生を祝う歌に違いないのだから。
「その歌」
「ん?」
「気に入ってくれているんだな」
小さく口ずさめば柊羽が日食グラスを片手に擽ったそうに笑った。やることは大胆な割に、柊羽は意外と自分が作ったものを身内に褒められるのが気恥しいらしい。ここ数年で知ったことなのだけど。
「そりゃそうだよ。だって」
「…だって?」
柊羽が目を細めて英知を見る。
「ふふ、これ、俺が言っちゃっていいのかな。自意識過剰ってなっちゃわない?」
「さぁ?」
「今日はちょっといじわるな柊羽だ」
柊羽も誰も何も言わないし、英知だって敢えて口には出さないけれど、わざとらしく肩を竦める柊羽が答えだ。
英知の周りにいるたくさんの人達がざわつき出す。ぱっと見ただけで今日のために集まった観光客は誰も彼も色々な国の人なのだと分かる。ここは日本じゃあない。
みんな手に持った日食グラスを目の前に掲げて空を見上げ始めた。どうやらそろそろらしい。壱星と壱流にも見せたかったなと思わないでもないのだけど、今日ここに来るのは柊羽の2年越しの我儘であったし、なによりこのことを告げた時の壱星も壱流も「今年くらい2人で旅行してこい」なんてあっさりした返事だった。英知が知らない間に二人ともすっかり大人になって、すっかり物分りがよくなって、柊羽と英知のことをよく理解してくれるようになった。嬉しいけれど少し寂しい、なんて言ったらきっと親バカなんて笑われてしまうのだろうけれど。
周りがざわつき出し、もう始まったのだと察する。周りにならって日食グラスを掲げて空を見あげれば、光を遮るレンズによって真っ黒になった空に太陽がぽつりといた。そこにゆっくりと黒い月が重なっていく。もう柊羽と英知の間に会話はなかった。
徐々に月が重なっていき、空に浮かぶのは細く丸い、光の輪だけになった。数瞬でその輪は小さな宝石を付ける。何かと柊羽の歌を浮かべてしまうのはもう癖のようなものなのだ。そこにある柊羽の想いを知っているから、だからこそ。夢の中で交わした太陽の指輪、それが今英知の目の前にあった。
「…柊羽」
ここにいるのはどこの国の誰なのかも分からない、きっとここにいる英知と柊羽が日本じゃ歌って踊ってカメラの前で笑顔を飛ばしていることなんて知りもしない人達ばかりだ。もしかしたら知ってる人もいるのかもしれないけれど、誰も英知と柊羽を見てなんかいやしない。ここは確かに現実で、確かに2人だけの小さな離れだった。
空から目を離さなくたって柊羽の手がどこにあるのか分かる。それだけの付き合いなのだ。見つけた柊羽の手に自分の手を重ねて、手探りで細い薬指を見つける。そこには何もないけれど、確かに柊羽と英知が歌い上げた指輪があった。
「どうしよう、こんなに嬉しい誕生日プレゼントはじめてだ」
柊羽はされるがままに薬指を差し出している。それに甘えて指を撫でながら、この後のことを思い浮かべる。この日食が終わってホテルに戻って、眠って朝を迎えればもう指輪はないけれど。だからこそ、唯一無二の贈り物なのだ。
「ならよかった」
どこか安心したように息を吐いて、柊羽が英知の掲げていた日食グラスを取り上げる。もう空に指輪はなかった。
「…泣きそうじゃないか」
「そりゃ、そうだよ。だって感動、した」
「はは、泣いてもいいんだぞ」
「ホテルに戻ったらね」
一頻り泣いて朝を迎えれば、きっと英知の携帯には山のようなメッセージが送られているのだろう。こんなに恵まれて、幸せばっかりの誕生日は初めてだ。
「少し早いが、誕生日おめでとう、英知」
「…ん、ありがとう。柊羽」
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2026.01.09 22:25:08 編集
どうか詳細は内密に
柊英です
「えっ、これ俺たちに?」
その英知の言葉に壱星と壱流は勿論というように頷いた。せっかく2人で一個ずつ作れる機会があったのだ。お互いの為に作って送りあってもよかったが、しかしどうせ作るのなら柊羽と英知に作るのがいいだろうと2人の意見はあっという間に噛み合った。お世話になった人に、そういうコンセプトだったから尚のこと。
「すごいな、こんなちゃんとしたものが作れるなんて」
「な!オルゴールって店で買うもんだと思ってたから俺達の好きな曲で作れると思わなかった」
壱流が今日の撮影のことを柊羽にあれこれと話すのを横で聞きながら壱星も同じように思い出していく。本来なら用意された曲の中から自分が作りたいものを決めて、そこから組み立てていくのだけど今回は雑誌内の企画での撮影ということで事前に質問された自分たちの好きな曲で作らせてもらえることになっていた。じゃあどの曲にしようか、ユニットの曲がいいだろうか、それともソロがいいだろうか。そんなことを考えながら企画の細かい概要を聞いていた時だった。スタッフが完成したオルゴールを入れるケースの種類を説明している中に本の形をしたケースがあった。表紙を開くとそこに空洞があって、その中にオルゴール本体を入れられるものだ。壱星がそれを見つけた時、同時に壱流もそれに気が付いた様でそこからはあっという間に作りたい曲も、作ったオルゴールをしまう為のケースも色も全てが決まった。
まるで狙ったのかの様に英知らしい明るいイエローグリーンと、柊羽らしく落ち着いた淡い水色がそこにはあったのだから。
「それで俺たちになにでオルゴール作ってくれたの?」
「それは聴いてからのお楽しみ」
「えぇ〜?勿体ぶるなぁ」
英知が楽しそうに笑いながらイエローグリーンのオルゴールを手のひらで撫でる。中には何が入っているのだろう、それを考えるだけで楽しくて仕方ない、そんな顔だ。
「きっと、本を開けたら英知も柊羽もびっくりするよ」
_____
「なぁ、二人とも喜ぶかな」
「絶対喜ぶよ。俺達がなにかして喜ばなかったこと、ある?」
「…ねぇけど」
「でしょ?大丈夫だよ。きっと少ししたらテレビで柊羽が自慢してる」
「はは、それは想像できる」
リビングに柊羽と英知を残して自室へと戻る道すがらそんなことを話していれば、自分たちが部屋に戻るのが待てないというように静かにオルゴールの音がリビングから聴こえてきた。英知のソロと、柊羽のソロ。どちらもQUELLのことを歌ってくれた、本の形をしたあのケースが良く似合う歌だ。たくさんの思い出が積み重なったからこその、2人の歌。
本当は柊羽と英知が2人で歌ったあの曲をオルゴールにしようかとも思ったのだけど、きっとラジオやテレビや雑誌で自慢されるであろう壱星と壱流が作ったオルゴールの中身がそれだと流石に所謂ガチ感がやばい、というやつになってしまうから止めたのだ。壱星は小さく笑ってから壱流と別れて自室へと潜り込んだ。きっと明日の生放送で早速柊羽が自慢するに違いない。
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柊英です
「えっ、これ俺たちに?」
その英知の言葉に壱星と壱流は勿論というように頷いた。せっかく2人で一個ずつ作れる機会があったのだ。お互いの為に作って送りあってもよかったが、しかしどうせ作るのなら柊羽と英知に作るのがいいだろうと2人の意見はあっという間に噛み合った。お世話になった人に、そういうコンセプトだったから尚のこと。
「すごいな、こんなちゃんとしたものが作れるなんて」
「な!オルゴールって店で買うもんだと思ってたから俺達の好きな曲で作れると思わなかった」
壱流が今日の撮影のことを柊羽にあれこれと話すのを横で聞きながら壱星も同じように思い出していく。本来なら用意された曲の中から自分が作りたいものを決めて、そこから組み立てていくのだけど今回は雑誌内の企画での撮影ということで事前に質問された自分たちの好きな曲で作らせてもらえることになっていた。じゃあどの曲にしようか、ユニットの曲がいいだろうか、それともソロがいいだろうか。そんなことを考えながら企画の細かい概要を聞いていた時だった。スタッフが完成したオルゴールを入れるケースの種類を説明している中に本の形をしたケースがあった。表紙を開くとそこに空洞があって、その中にオルゴール本体を入れられるものだ。壱星がそれを見つけた時、同時に壱流もそれに気が付いた様でそこからはあっという間に作りたい曲も、作ったオルゴールをしまう為のケースも色も全てが決まった。
まるで狙ったのかの様に英知らしい明るいイエローグリーンと、柊羽らしく落ち着いた淡い水色がそこにはあったのだから。
「それで俺たちになにでオルゴール作ってくれたの?」
「それは聴いてからのお楽しみ」
「えぇ〜?勿体ぶるなぁ」
英知が楽しそうに笑いながらイエローグリーンのオルゴールを手のひらで撫でる。中には何が入っているのだろう、それを考えるだけで楽しくて仕方ない、そんな顔だ。
「きっと、本を開けたら英知も柊羽もびっくりするよ」
_____
「なぁ、二人とも喜ぶかな」
「絶対喜ぶよ。俺達がなにかして喜ばなかったこと、ある?」
「…ねぇけど」
「でしょ?大丈夫だよ。きっと少ししたらテレビで柊羽が自慢してる」
「はは、それは想像できる」
リビングに柊羽と英知を残して自室へと戻る道すがらそんなことを話していれば、自分たちが部屋に戻るのが待てないというように静かにオルゴールの音がリビングから聴こえてきた。英知のソロと、柊羽のソロ。どちらもQUELLのことを歌ってくれた、本の形をしたあのケースが良く似合う歌だ。たくさんの思い出が積み重なったからこその、2人の歌。
本当は柊羽と英知が2人で歌ったあの曲をオルゴールにしようかとも思ったのだけど、きっとラジオやテレビや雑誌で自慢されるであろう壱星と壱流が作ったオルゴールの中身がそれだと流石に所謂ガチ感がやばい、というやつになってしまうから止めたのだ。壱星は小さく笑ってから壱流と別れて自室へと潜り込んだ。きっと明日の生放送で早速柊羽が自慢するに違いない。
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2026.01.09 22:19:42 編集
飲み込みきれない罪はシーツへ。
柊英です
使い古されたどころか、きっと壱星も壱流も知らないだろうベッドへの誘い文句を口にした英知は酷く気恥しそうだった。ご飯にする?お風呂にする?それとも、なんてあまりにもベタでともすれば冗談にとれてしまうそれだが英知の目を見ればそれが柊羽に向けての冗談ではないことは直ぐに分かった。ドラマや映画の中で幾度もベッドへの誘いの言葉を口にしてきたが、本命に言うのは柊羽にだって気恥しい。英知も同じなのだ。
けれどその誘いに乗らない訳もなく、そして誘われてしまえば舞い上がって盛り上がってしまうのも事実。英知に誘われるまま彼の部屋へと上がり込み、時計の針が日付が変わったことを知らせてから2時間程経った時には柊羽も英知も久々の行為で乱れた呼吸を整えるように並んでシーツにくるまっていた。
「…今日は随分と積極的だったな」
隣で仰向けに寝転がり天井を見つめていた英知にそう声をかければ「俺だって男ですし?」と返される。乱れ、汗で額に張り付いたひと房の髪が少し前のことを思い起こさせる。柊羽だって男だ。どうしようもなく欲深くなる日もある。だからそうかとだけ返して深く追求もせずに英知の髪を払おうとした時だった。
「…ていうのは建前で」
柊羽の指先が触れる前に、首だけを動かして英知が真っ直ぐに柊羽を見る。宙に浮いたままの指先が僅かに揺れた。
「なんだか柊羽を繋ぎ止めておきたくなっちゃって」
その言葉の意味をはかりかねるように柊羽が行き場のなくなった指先を自分の元へと戻せば、英知が眉を下げて笑った。どことなく寂しそうで、けれどどこか呆れも含ませて。それは英知自身に対してなのか、それとも柊羽に向かってなのか。それすらも読めやしない。
「…俺は、英知から離れたりなんてしないさ」
「知ってる。…知ってるけど、なんか柊羽が海に攫われちゃいそうな気がして」
それは嫌だから慣れないことをしちゃった。そこまで言って英知は熱くなったのか頬を冷ますように手で自身を扇いだ。
つい数日前、誰にも内緒で2人で海へと出かけた。真冬の海はどこか重苦しく波を立て、恵まれなかった天気の中ではより一層その質量を増しているようだった。あの時見かけたカフェで食べた苺のタルト、窓から覗く鈍い暗い色をした雲、その雲の下にある寂しそうな海。それらが一息に思い出されて、ようやっと柊羽は英知の行動に言葉に納得がいく。
英知も、1人が似合うあの海に柊羽が行ってしまうんじゃあないか。そんな子供のような不安に駆られたのだ。
「どこにも行かないさ。どんなにあの海に呼ばれたって、こんなに幸せな場所から離れられるわけがない」
今度こそ英知に向かって手を伸ばし、張り付いた髪を横に払ってやる。
「俺1人でどこかに行ったりなんてしないよ、英知」
深夜のベッドに広げられたシーツはあの日の海のような波を作り上げていて、その中で英知はそっかと呟いた。きっともう二度と行くことはないだろうあの日の海が、結局誰も誘えずに寂しそうに遠くで波打っている。
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柊英です
使い古されたどころか、きっと壱星も壱流も知らないだろうベッドへの誘い文句を口にした英知は酷く気恥しそうだった。ご飯にする?お風呂にする?それとも、なんてあまりにもベタでともすれば冗談にとれてしまうそれだが英知の目を見ればそれが柊羽に向けての冗談ではないことは直ぐに分かった。ドラマや映画の中で幾度もベッドへの誘いの言葉を口にしてきたが、本命に言うのは柊羽にだって気恥しい。英知も同じなのだ。
けれどその誘いに乗らない訳もなく、そして誘われてしまえば舞い上がって盛り上がってしまうのも事実。英知に誘われるまま彼の部屋へと上がり込み、時計の針が日付が変わったことを知らせてから2時間程経った時には柊羽も英知も久々の行為で乱れた呼吸を整えるように並んでシーツにくるまっていた。
「…今日は随分と積極的だったな」
隣で仰向けに寝転がり天井を見つめていた英知にそう声をかければ「俺だって男ですし?」と返される。乱れ、汗で額に張り付いたひと房の髪が少し前のことを思い起こさせる。柊羽だって男だ。どうしようもなく欲深くなる日もある。だからそうかとだけ返して深く追求もせずに英知の髪を払おうとした時だった。
「…ていうのは建前で」
柊羽の指先が触れる前に、首だけを動かして英知が真っ直ぐに柊羽を見る。宙に浮いたままの指先が僅かに揺れた。
「なんだか柊羽を繋ぎ止めておきたくなっちゃって」
その言葉の意味をはかりかねるように柊羽が行き場のなくなった指先を自分の元へと戻せば、英知が眉を下げて笑った。どことなく寂しそうで、けれどどこか呆れも含ませて。それは英知自身に対してなのか、それとも柊羽に向かってなのか。それすらも読めやしない。
「…俺は、英知から離れたりなんてしないさ」
「知ってる。…知ってるけど、なんか柊羽が海に攫われちゃいそうな気がして」
それは嫌だから慣れないことをしちゃった。そこまで言って英知は熱くなったのか頬を冷ますように手で自身を扇いだ。
つい数日前、誰にも内緒で2人で海へと出かけた。真冬の海はどこか重苦しく波を立て、恵まれなかった天気の中ではより一層その質量を増しているようだった。あの時見かけたカフェで食べた苺のタルト、窓から覗く鈍い暗い色をした雲、その雲の下にある寂しそうな海。それらが一息に思い出されて、ようやっと柊羽は英知の行動に言葉に納得がいく。
英知も、1人が似合うあの海に柊羽が行ってしまうんじゃあないか。そんな子供のような不安に駆られたのだ。
「どこにも行かないさ。どんなにあの海に呼ばれたって、こんなに幸せな場所から離れられるわけがない」
今度こそ英知に向かって手を伸ばし、張り付いた髪を横に払ってやる。
「俺1人でどこかに行ったりなんてしないよ、英知」
深夜のベッドに広げられたシーツはあの日の海のような波を作り上げていて、その中で英知はそっかと呟いた。きっともう二度と行くことはないだろうあの日の海が、結局誰も誘えずに寂しそうに遠くで波打っている。
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2026.01.09 22:17:38 編集
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柊英です
黄色い薔薇を1本、貰った。生花ではなく造花なのだけど、撮影用に用意されたそれは随分と精巧に作られていて、大学生の時に学祭用にと買ってきたものとは比べ物にならないくらい本物に近かった。それを眺めながら、首を捻る。
「…思ったより…置き場所がないなぁ」
造花といえども値段によってこうも違うのだと感心しながら貰ってきたはいいけれど、仕事を終えて帰ってきてみれば置き場所がない。共有ルームにでもどこか飾れないかと思ったけれどいざ部屋を見回してみると案外、丁度いい場所というのがなかった。
英知以外はそれぞれ番組収録や雑誌のインタビュー等に出払っているのをいいことに手にした薔薇を揺らしながら部屋の中を歩き回る。
「…あ、」
そうして歩き回りながら共有ルームのソファに並べて置かれた特大サイズのリッズを見て一つ思いつく。この時柊羽のリッズの首輪に薔薇を挿したことに大した意味はなかったのだけど、その後起こることを英知は知らない。
「…英知、…っふふ、どうして俺の方を見ないんだ」
「見れないんだよ…‼」
英知がそう叫べば柊羽は笑いながら指に嵌めた黄緑と水色のパペラリッズでもって英知の頬をつついた。頬といっても英知の手のひら越しに、だけど。
本当の本当に意味なんて知らなかったのだけど、それだけに分かってしまうと我ながら恥ずかしい。熱くなった頬を隠そうと手のひらで覆ったはいいけれど、きっとそれじゃ足りない。耳だって同じように熱いのだから。
「別にいいじゃないか。随分と熱烈で、可愛い告白だった」
「そういうつもりじゃなかったんだってば…!も〜…知らなかったとはいえ恥ずかしい…」
「なら尚更、素敵な偶然だな」
「絶対楽しんでるでしょ…」
英知が柊羽の特大リッズに薔薇を挿してから暫くして仕事を終えた柊羽達が帰ってきて、それからいつもの様にテーブルを囲んで夕食をとりながら今日の仕事であったことを報告しつつ明日のスケジュールを確認して、自室へ帰る壱星と壱流をおやすみと見送った。そこまではよかった。
2人がいなくなったあと、柊羽がおもむろに言ったのだ。あの薔薇、随分と可愛らしい告白だな、と。
「そりゃあ楽しいさ。楽しいし、嬉しい。あとは英知がこっちを向いてくれたら完璧だな」
「…てかなんで、柊羽はパペラ持ってるの」
「実はこっそり4匹持ち歩いている」
「えっ」
そこで思わず振り向いてしまえば、緩く目を細めて楽しそうに微笑む柊羽と視線がぶつかってしまった。絡んだ視線に映り込む柊羽の指に嵌められたパペラは仲良く寄り添っていて。
「やっとこっちを向いたな」
「柊羽、わざとでしょ…ん」
その可愛いパペラの内、水色の子が英知の唇に触れた。
気障な事をする。けれどそれが絵になるからいつまで経っても頬の熱は引かない。
「俺にも、英知しかいないよ。…英知は?」
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