薄明
ごじょうさとる×ふしぐろめぐみ
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2023年9月の投稿[91件](4ページ目)
2023年9月8日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
よしよしわふわふ
ぶっちゃけ忙しすぎて見合いとか実家に呼ばれるとかそんな暇なさそう
動物は意外と頭を撫でられるのが好きだ。これを正しい動物と言っていいのかは分からないが、少なくとも伏黒が呼び出す玉犬は撫でてやれば気持ちよさそうに目を細めるし、脱兎も頭に手を乗せてやれば溶けたように床に伏せる。そんな姿をよく見ていたからか、深い意味はなくともよく伏黒は呼び出した動物達になるべく触れてやるようにしていた。嬉しそうにするものだから。
「…先生」
今日の授業が一通り終わって、心地よい疲労感を抱えて自室に戻ろうとした時だった。今日一日、出張でもないのに予定があると言って姿を見せなかった五条がいた。生徒寮と校舎を繋ぐ渡り廊下で、校舎側に五条はいた。横目に一瞬見えた五条はいつもの軽快な足取りではなくて、それがどうにも気にかかる。いつもの目隠しをせずサングラスなのも、ワイシャツなんか着ているのも、その要因かもしれない。寮に戻ろうとしていた足を反対に向けて、校舎へと伏黒は向かった。
「先生」
もう一度名前を呼べば、廊下を少し進んでいた五条がこちらを向く。オレンジ色の夕陽の中でこちらを見た五条はやはり元気がなかった。元気がない、というよりは疲れているような。げんなりしているというような。
五条がこんな顔(と言ってもサングラスで半分見えていないからほぼ勘なのだが)をしている時は実家に呼ばれた時だ。五条がやることに口は出さないが、跡継ぎについては口を出すのだと言っていた。あちらからしたら今現在無下限と六眼を持つ五条悟に後継ぎを作ってもらいたいのだろうが、五条からしたらそんなものは他の五条家の血筋にやらせとけ、らしい。術式は血筋とはいえ、五条悟の子供イコール全く同じではないのだから、と。しかし押し問答はなかなか終わらず、たまに忘れた頃に五条はお小言に呼ばれるのだった。
振り向いたきり動きもしない五条の元へと向かえば、拗ねたように口を尖らせた五条が「恵」と名前を呼ぶ。流石に伏黒と付き合っているだとか口走ってはいないだろうが、今日もまたこの押し問答は終わらなかったらしい。
「まじでうざったい」
「…まぁ、向こうの気持ちも分かりますけど」
「…恵は僕がどっかの誰かと子供作ってもいいの?」
「そういうことじゃなくて。分かるってだけで俺は嫌ですよ」
五条が呼び出されて、それに伏黒が気付いた時に毎回するやり取り。うんざりしている五条が子供みたいな事を言うから宥めるためにも「嫌ですよ」と返す。一応本当に嫌だとは思っているから、宥めるための言葉ではあるものの方便などでは無い。
伏黒がそう言うと五条のとんがった唇は引っ込むのだ。
そうして引っ込んだら、次は手を伸ばしてその白い頭を撫で回してやる。犬にするみたいに、わしわしと撫で回してやれば機嫌が悪かった筈の五条の表情が和らいでいく。犬も兎も動物は撫でられることが好きだ。撫でられると気持ちよさそうに目を細めて、嬉しそうに身を委ねる。
「っ、ふふ、…ボサボサになっちゃうよ」
「機嫌直りました?」
「何でうんざりしてたか、忘れちゃった」
「なら良し」
五条の機嫌がすっかり戻ったのを確認して手を離せば、髪がぐちゃぐちゃになったのを直そうともしないで伏黒の身体に腕を回してくる。それを跳ね除けるでもなく受け入れれば、あっちこっちに跳ねた髪がくすぐったかった。誰が来るともしれない廊下だが、あんな大きな犬があんな様子で歩いているのを見て放置するなんて、邪険にするなんて、伏黒には出来ないのだ。
畳む
ぶっちゃけ忙しすぎて見合いとか実家に呼ばれるとかそんな暇なさそう
動物は意外と頭を撫でられるのが好きだ。これを正しい動物と言っていいのかは分からないが、少なくとも伏黒が呼び出す玉犬は撫でてやれば気持ちよさそうに目を細めるし、脱兎も頭に手を乗せてやれば溶けたように床に伏せる。そんな姿をよく見ていたからか、深い意味はなくともよく伏黒は呼び出した動物達になるべく触れてやるようにしていた。嬉しそうにするものだから。
「…先生」
今日の授業が一通り終わって、心地よい疲労感を抱えて自室に戻ろうとした時だった。今日一日、出張でもないのに予定があると言って姿を見せなかった五条がいた。生徒寮と校舎を繋ぐ渡り廊下で、校舎側に五条はいた。横目に一瞬見えた五条はいつもの軽快な足取りではなくて、それがどうにも気にかかる。いつもの目隠しをせずサングラスなのも、ワイシャツなんか着ているのも、その要因かもしれない。寮に戻ろうとしていた足を反対に向けて、校舎へと伏黒は向かった。
「先生」
もう一度名前を呼べば、廊下を少し進んでいた五条がこちらを向く。オレンジ色の夕陽の中でこちらを見た五条はやはり元気がなかった。元気がない、というよりは疲れているような。げんなりしているというような。
五条がこんな顔(と言ってもサングラスで半分見えていないからほぼ勘なのだが)をしている時は実家に呼ばれた時だ。五条がやることに口は出さないが、跡継ぎについては口を出すのだと言っていた。あちらからしたら今現在無下限と六眼を持つ五条悟に後継ぎを作ってもらいたいのだろうが、五条からしたらそんなものは他の五条家の血筋にやらせとけ、らしい。術式は血筋とはいえ、五条悟の子供イコール全く同じではないのだから、と。しかし押し問答はなかなか終わらず、たまに忘れた頃に五条はお小言に呼ばれるのだった。
振り向いたきり動きもしない五条の元へと向かえば、拗ねたように口を尖らせた五条が「恵」と名前を呼ぶ。流石に伏黒と付き合っているだとか口走ってはいないだろうが、今日もまたこの押し問答は終わらなかったらしい。
「まじでうざったい」
「…まぁ、向こうの気持ちも分かりますけど」
「…恵は僕がどっかの誰かと子供作ってもいいの?」
「そういうことじゃなくて。分かるってだけで俺は嫌ですよ」
五条が呼び出されて、それに伏黒が気付いた時に毎回するやり取り。うんざりしている五条が子供みたいな事を言うから宥めるためにも「嫌ですよ」と返す。一応本当に嫌だとは思っているから、宥めるための言葉ではあるものの方便などでは無い。
伏黒がそう言うと五条のとんがった唇は引っ込むのだ。
そうして引っ込んだら、次は手を伸ばしてその白い頭を撫で回してやる。犬にするみたいに、わしわしと撫で回してやれば機嫌が悪かった筈の五条の表情が和らいでいく。犬も兎も動物は撫でられることが好きだ。撫でられると気持ちよさそうに目を細めて、嬉しそうに身を委ねる。
「っ、ふふ、…ボサボサになっちゃうよ」
「機嫌直りました?」
「何でうんざりしてたか、忘れちゃった」
「なら良し」
五条の機嫌がすっかり戻ったのを確認して手を離せば、髪がぐちゃぐちゃになったのを直そうともしないで伏黒の身体に腕を回してくる。それを跳ね除けるでもなく受け入れれば、あっちこっちに跳ねた髪がくすぐったかった。誰が来るともしれない廊下だが、あんな大きな犬があんな様子で歩いているのを見て放置するなんて、邪険にするなんて、伏黒には出来ないのだ。
畳む
それって結構愛じゃない?
無下限のことふわふわ認識で書いてる
五条は何かと伏黒の手を触るのが好きだ。一回り以上大きな手に簡単に包み込まれては、ただ体温を分け合うだけの時もあるし、やたらと形をなぞるように触れられる時もあるし、いやらしい触り方をして反応を楽しまれる時もある。冬場になるとこの触れ合いにハンドクリームが加わったりもするのだが、それはまた別の話。
「思ったんですけど」
「ん?」
下から掬い上げる様に伏黒の両手を包み込んだ五条に甲を撫でられながら不意に気付く。今五条はなんてことないように親指で人の手の甲をなぞってはいるが、その感触は確かに伝わってくるのだ。伏黒が以前聞いた話だと、五条自身の術式により限りなく近付くことは可能だが触れることはできない、と言っていた気がする。五条の間には無限があるのだと。といってもその術式対象は自動的に選別されて全部が全部弾かれる訳では無いらしいのだが。
だから伏黒は五条の術式対象外なのだと言われてしまえばそれまでではあるのだが、しかし出会ってからというものただの1度も伏黒はその無限とやらに弾かれたことがない。出会った日から今日まで、ずっと。五条の無茶な要求にふざけるなと手を上げたって、それはちゃんと当たるのだ。正しくは当たるのではなく受け止められてしまうのだが、それもまた別の話だ。
「1度も五条さんの無限とやらに弾かれたことがないな、と」
「だって恵は僕に危害加えないでしょ?」
「でも、お互いのこと全く知らない初対面からずっとこうでしたよ」
「そうだっけ?」
「はい」
そもそも人間相手には発動しないのかもしれないが、五条は意外にも伏黒の言葉に僅かに目を丸くした。それから不思議そうに首を捻る。
「大体の人はすぐに対象外になるとはいえ、一応完全初対面には発動するんだけどなぁ」
「術式切ってたとか?」
「まさか!」
今度は伏黒の手を軽く握りしめたり緩めたりを繰り返す。すっかり五条の体温でぬるくなった手のひらが好き勝手されるのを眺めながら初めて会った日のことを思い出す。
夕陽が綺麗な日で、そのオレンジで染まった空間に立つ全身真っ黒な五条は幼い伏黒が警戒するには十分だった。あの頃は大人なんて信用していなかったし、向けた視線にだってそういう感情が滲んでいた筈だが五条の手のひらは確かに伏黒の頭を撫でてみせた。どう見ても怪しくて信用のしようもなかったのに、その手のひらが意外と優しかったのはよく覚えている。あの日から、五条に触れて体温を感じなかった日がない。
「…っふふ、なるほど」
暫く唸っていたかと思ったら不意に五条が笑う。包み込まれていた手が今度は指と指を絡めるように繋がれて、ちょっとやそっとじゃ離れないように力が込められる。
「それって実は結構愛じゃない?」
「…?」
「初めて会った日から、僕は恵のことを好きになるって決まってたってことだよ。頭で考えるよりも、無意識に、勝手に」
すっかり絡め取られてしまった両手は伏黒の意思では離すことはできなくて、嬉しそうに笑う五条の好きにさせることしかできない。
「顔、真っ赤じゃん」
「…恥ずかしいこと、言うから」
「でも本当のことだよ。それにそう思った方が素敵じゃん」
確かにぴたりとくっついた手のひらからも、甲をなぞる指先からも五条の温もりが伝わってお互いの間に無限の距離なんて感じやしなかった。今も昔も変わらず。
畳む
無下限のことふわふわ認識で書いてる
五条は何かと伏黒の手を触るのが好きだ。一回り以上大きな手に簡単に包み込まれては、ただ体温を分け合うだけの時もあるし、やたらと形をなぞるように触れられる時もあるし、いやらしい触り方をして反応を楽しまれる時もある。冬場になるとこの触れ合いにハンドクリームが加わったりもするのだが、それはまた別の話。
「思ったんですけど」
「ん?」
下から掬い上げる様に伏黒の両手を包み込んだ五条に甲を撫でられながら不意に気付く。今五条はなんてことないように親指で人の手の甲をなぞってはいるが、その感触は確かに伝わってくるのだ。伏黒が以前聞いた話だと、五条自身の術式により限りなく近付くことは可能だが触れることはできない、と言っていた気がする。五条の間には無限があるのだと。といってもその術式対象は自動的に選別されて全部が全部弾かれる訳では無いらしいのだが。
だから伏黒は五条の術式対象外なのだと言われてしまえばそれまでではあるのだが、しかし出会ってからというものただの1度も伏黒はその無限とやらに弾かれたことがない。出会った日から今日まで、ずっと。五条の無茶な要求にふざけるなと手を上げたって、それはちゃんと当たるのだ。正しくは当たるのではなく受け止められてしまうのだが、それもまた別の話だ。
「1度も五条さんの無限とやらに弾かれたことがないな、と」
「だって恵は僕に危害加えないでしょ?」
「でも、お互いのこと全く知らない初対面からずっとこうでしたよ」
「そうだっけ?」
「はい」
そもそも人間相手には発動しないのかもしれないが、五条は意外にも伏黒の言葉に僅かに目を丸くした。それから不思議そうに首を捻る。
「大体の人はすぐに対象外になるとはいえ、一応完全初対面には発動するんだけどなぁ」
「術式切ってたとか?」
「まさか!」
今度は伏黒の手を軽く握りしめたり緩めたりを繰り返す。すっかり五条の体温でぬるくなった手のひらが好き勝手されるのを眺めながら初めて会った日のことを思い出す。
夕陽が綺麗な日で、そのオレンジで染まった空間に立つ全身真っ黒な五条は幼い伏黒が警戒するには十分だった。あの頃は大人なんて信用していなかったし、向けた視線にだってそういう感情が滲んでいた筈だが五条の手のひらは確かに伏黒の頭を撫でてみせた。どう見ても怪しくて信用のしようもなかったのに、その手のひらが意外と優しかったのはよく覚えている。あの日から、五条に触れて体温を感じなかった日がない。
「…っふふ、なるほど」
暫く唸っていたかと思ったら不意に五条が笑う。包み込まれていた手が今度は指と指を絡めるように繋がれて、ちょっとやそっとじゃ離れないように力が込められる。
「それって実は結構愛じゃない?」
「…?」
「初めて会った日から、僕は恵のことを好きになるって決まってたってことだよ。頭で考えるよりも、無意識に、勝手に」
すっかり絡め取られてしまった両手は伏黒の意思では離すことはできなくて、嬉しそうに笑う五条の好きにさせることしかできない。
「顔、真っ赤じゃん」
「…恥ずかしいこと、言うから」
「でも本当のことだよ。それにそう思った方が素敵じゃん」
確かにぴたりとくっついた手のひらからも、甲をなぞる指先からも五条の温もりが伝わってお互いの間に無限の距離なんて感じやしなかった。今も昔も変わらず。
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2023年9月7日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
誘い下手
今日は朝から仕事で、帰ってきたのは今さっき。時計の針は夜の9時を指していて、出張が多い身としては日帰り出来ただけでも良しとするべきか。幸い明日は休みで、急に仕事が入らなければ一応丸1日暇なはずだった。その暇が終わればやっぱりまたあちこちに駆り出されるのだけど。
「明日って恵も暇だっけ」
最近何かと忙しくて伏黒の予定を聞くのも忘れていたのを思い出す。もしも時間があるようなら少しくらいは顔を見たいのだけど、伏黒もそれなりに忙しい身だ。何となく授業以外で顔を合わせる機会もなくて、連絡を取り合う暇も大してなくて、ずるずると今日になってしまった。こんなことなら次からはスケジュール共有アプリでも入れようか、なんて事を考えながら五条はスマートフォンを開いた。
あまり会話の更新されていないメッセージアプリを開いて、明日の予定を聞く内容を打ち込んでいく。それを送信しようとした時だった。
「えっ?」
勝手に部屋のドアが開いたと思ったら、丁度今メッセージを送ろうとしていた本人がいた。高専の敷地内にお互いの住んでいる場所はあるから来ようと思えばいつでも来れる、連絡する手間も省けた。それでも五条が目を丸くしたのはそのままずかずかと部屋に上がってきた伏黒の勢いにだった。
「え、なになに」
玄関から一直線に五条がいるリビングまで来たのだろう伏黒は、戸惑う五条を気にもしないで隣に腰を下ろす。その勢いにソファのスプリングが軋んだ音を立てた。
一体なんだと思っている間に今度は手を掴まれて、まさか持ってきたのか爪やすりで一つ一つ爪先を整えられる。
テレビもついてない部屋でお互い無言になると爪が削られる音だけが響いてシュールな空間だった。さりさりと丁寧に整えていく伏黒はやっぱり何も言わなくて、黙々と五条の爪先だけを見つめている。
「……あの、さ」
その伏黒の頭頂部をじっと見ていれば意図に気がつくというもので。五条の指先がどうしていつも深爪気味で、しかもちゃんと丸く整えられているのか。その理由といったら伏黒しかいない。伏黒だってその理由をちゃんと知っているはずだ。本当は五条の指先は今も特に整える必要はないのだが、それでもこうして伏黒自らやってくるということは、つまりはそういうことに違いない。五条の短く整えられた爪先はそういう意味を含んでいる。
「…明日、休みって聞きました」
「そう、だね」
「風呂、自分の部屋で入ってきました」
「どうりで肌がしっとりしてるわけだ」
掴まれていない方の手で薄らと赤く色付いた項の辺りに触れれば、そこはいやに暖かくて水分を含んでいた。項から後頭部へと手を滑らせたら髪だって少し湿っていた。ここまでされて分からない程付き合いは浅くないし、鈍くもないし、その気にならないわけもなく。
器用なわりに変なところは不器用だとは思っていたけれど、こういうことは苦手だとは思っていたけれど、そもそも伏黒から来るとは思ってもなかったけれど、それにしたって。
「……誘い方下手すぎない?」
気付いてしまえば突飛な行動が途端に可愛く見えてくる。一応伏黒もそういう気分になる男の子だと分かって嬉しいやら、わざわざ部屋から爪やすりを握り締めてここまでやってきたのかと思うと可愛いやら、最低限の準備はしてきたくせに五条とそういうことをしたいのだと口に出せないところが愛しいやら。
相変わらず人の指先を見つめたままの伏黒の顔を覗き込めば、やりにくいと押し退けられてしまった。押し退ける手のひらが熱くて、一瞬見えた頬は真っ赤で、丸見えの耳も真っ赤だった。
これは今夜は頑張らないとだな、なんて思って笑いを噛み殺せば肩が揺れて五条が笑ったことに気がついたのか、照れ隠しに「やりにくい」とまた叱られてしまった。
畳む
今日は朝から仕事で、帰ってきたのは今さっき。時計の針は夜の9時を指していて、出張が多い身としては日帰り出来ただけでも良しとするべきか。幸い明日は休みで、急に仕事が入らなければ一応丸1日暇なはずだった。その暇が終わればやっぱりまたあちこちに駆り出されるのだけど。
「明日って恵も暇だっけ」
最近何かと忙しくて伏黒の予定を聞くのも忘れていたのを思い出す。もしも時間があるようなら少しくらいは顔を見たいのだけど、伏黒もそれなりに忙しい身だ。何となく授業以外で顔を合わせる機会もなくて、連絡を取り合う暇も大してなくて、ずるずると今日になってしまった。こんなことなら次からはスケジュール共有アプリでも入れようか、なんて事を考えながら五条はスマートフォンを開いた。
あまり会話の更新されていないメッセージアプリを開いて、明日の予定を聞く内容を打ち込んでいく。それを送信しようとした時だった。
「えっ?」
勝手に部屋のドアが開いたと思ったら、丁度今メッセージを送ろうとしていた本人がいた。高専の敷地内にお互いの住んでいる場所はあるから来ようと思えばいつでも来れる、連絡する手間も省けた。それでも五条が目を丸くしたのはそのままずかずかと部屋に上がってきた伏黒の勢いにだった。
「え、なになに」
玄関から一直線に五条がいるリビングまで来たのだろう伏黒は、戸惑う五条を気にもしないで隣に腰を下ろす。その勢いにソファのスプリングが軋んだ音を立てた。
一体なんだと思っている間に今度は手を掴まれて、まさか持ってきたのか爪やすりで一つ一つ爪先を整えられる。
テレビもついてない部屋でお互い無言になると爪が削られる音だけが響いてシュールな空間だった。さりさりと丁寧に整えていく伏黒はやっぱり何も言わなくて、黙々と五条の爪先だけを見つめている。
「……あの、さ」
その伏黒の頭頂部をじっと見ていれば意図に気がつくというもので。五条の指先がどうしていつも深爪気味で、しかもちゃんと丸く整えられているのか。その理由といったら伏黒しかいない。伏黒だってその理由をちゃんと知っているはずだ。本当は五条の指先は今も特に整える必要はないのだが、それでもこうして伏黒自らやってくるということは、つまりはそういうことに違いない。五条の短く整えられた爪先はそういう意味を含んでいる。
「…明日、休みって聞きました」
「そう、だね」
「風呂、自分の部屋で入ってきました」
「どうりで肌がしっとりしてるわけだ」
掴まれていない方の手で薄らと赤く色付いた項の辺りに触れれば、そこはいやに暖かくて水分を含んでいた。項から後頭部へと手を滑らせたら髪だって少し湿っていた。ここまでされて分からない程付き合いは浅くないし、鈍くもないし、その気にならないわけもなく。
器用なわりに変なところは不器用だとは思っていたけれど、こういうことは苦手だとは思っていたけれど、そもそも伏黒から来るとは思ってもなかったけれど、それにしたって。
「……誘い方下手すぎない?」
気付いてしまえば突飛な行動が途端に可愛く見えてくる。一応伏黒もそういう気分になる男の子だと分かって嬉しいやら、わざわざ部屋から爪やすりを握り締めてここまでやってきたのかと思うと可愛いやら、最低限の準備はしてきたくせに五条とそういうことをしたいのだと口に出せないところが愛しいやら。
相変わらず人の指先を見つめたままの伏黒の顔を覗き込めば、やりにくいと押し退けられてしまった。押し退ける手のひらが熱くて、一瞬見えた頬は真っ赤で、丸見えの耳も真っ赤だった。
これは今夜は頑張らないとだな、なんて思って笑いを噛み殺せば肩が揺れて五条が笑ったことに気がついたのか、照れ隠しに「やりにくい」とまた叱られてしまった。
畳む
大人向けコーナー
2021年ドンキコラボの時に書いたやつ
「ちょっと、何変なの入れてるんですか」
「せっかくだし」
「いつものでいいでしょ」
そんなやり取りを続けている2人組が目の前にいる。
もう日付も変わってしまった深夜とでも言うべき時間。こんな時間にもなると店内の奥にひっそりとある子供は入れないアダルトコーナーに客がちらほらとやってくる。人目を気にしてわざわざこの時間にやってくる人や、むしろこの時間が活動時間な人、時には好奇心旺盛なカップル。こんな深夜バイトをしているお陰で明るい時間ではなかなかお目にかかれない人たちを見かけることができるが、今日はまた一段と珍しい人達だった。
「ねぇこのゴム、味付きローション付いてるって」
「誰も食べないでしょ」
「いや、僕ので食べるじゃん。恵が」
「最低」
レジからは後ろ姿しか見えないが黒い髪をした青年は一応人目を気にしているのか声を潜めているが、その隣にいる規格外に大きい身体をした白髪の男は特に配慮する気は無いのか至って普通に喋っている。それもあって、2人の会話はよく耳についた。
今2人がいるのはコンドームを売っているコーナーで、至って普通の極薄から先程聞こえたような味付きローションが付いたちょっと変わったものもあれば、つぶつぶが付いた引くようなのもある。白い方がちょっと変わったものを見せる度に黒い方は難色を示し、籠に入れようものなら入れたそばから棚に戻される。そんな攻防を繰り広げていた。
自分は所詮ただのバイト、しかも通常の売り場よりプライベートな空間。淡々と品出しをして淡々とレジをこなすことに徹するしかないのだが、2人の会話を聞きながら半ば確信していた。どっからどう見ても男性であるこの2人、どっからどう見ても付き合っている。
「やばい、光るゴムある」
「さすがにそれは萎えるんで…」
そうして2人はあれやこれやと物色して、最終的にドラッグストアでも売られているようなありふれた極薄と書かれたコンドームを籠に入れてレジへとやってきた。どうやら白い方が手に取ったイロモノ系は全部却下されたらしい。
「じゃ、恵は外で待ってて」
白い方に言われて、黒い方はそそくさと立ち去っていった。平然と会話していたようでもどうやら彼にとっては気まずい空間だったようで、あっという間に出入口に吊るされたのれんをくぐって行ってしまった。遠目から見ても規格外に大きいその彼は、レジの前に立たれると途端に視界が埋まる。相手の身長がありすぎて顔は見えないが、物色の最中に少し見えた顔は夜なのにかけているサングラスをもってしても相当に整っていることが分かってしまった。そんな人がこんな場所でこんなものを買うのか、などと考える。
「っと、じゃあお会計…」
「ちょっと待って」
「え」
受け取った籠の中身を手に取った瞬間、目の前の男が一瞬だけ出入口の方を確認したと思ったら素早い動きで再び商品棚の方へと消えていった。足が長いと立ち去るのも早い、なんて事を考えていると1分と経たないうちに帰ってきた男はイチゴ味のローションが付いているコンドームを籠の中に入れた。
「はい、いいよ」
これを誰と使うだとか、わざわざこっそり買うんだとか、バレたらあの子は怒って捨てるのかなとか、色々頭の中を駆け巡ったが所詮一介のバイトにそんなことを聞けるわけもなかった。ただ持ってきた時の男の顔が上機嫌だったから、もしかして使ってもらえるのかもしれないなどと下世話なことは考えた。
畳む
2021年ドンキコラボの時に書いたやつ
「ちょっと、何変なの入れてるんですか」
「せっかくだし」
「いつものでいいでしょ」
そんなやり取りを続けている2人組が目の前にいる。
もう日付も変わってしまった深夜とでも言うべき時間。こんな時間にもなると店内の奥にひっそりとある子供は入れないアダルトコーナーに客がちらほらとやってくる。人目を気にしてわざわざこの時間にやってくる人や、むしろこの時間が活動時間な人、時には好奇心旺盛なカップル。こんな深夜バイトをしているお陰で明るい時間ではなかなかお目にかかれない人たちを見かけることができるが、今日はまた一段と珍しい人達だった。
「ねぇこのゴム、味付きローション付いてるって」
「誰も食べないでしょ」
「いや、僕ので食べるじゃん。恵が」
「最低」
レジからは後ろ姿しか見えないが黒い髪をした青年は一応人目を気にしているのか声を潜めているが、その隣にいる規格外に大きい身体をした白髪の男は特に配慮する気は無いのか至って普通に喋っている。それもあって、2人の会話はよく耳についた。
今2人がいるのはコンドームを売っているコーナーで、至って普通の極薄から先程聞こえたような味付きローションが付いたちょっと変わったものもあれば、つぶつぶが付いた引くようなのもある。白い方がちょっと変わったものを見せる度に黒い方は難色を示し、籠に入れようものなら入れたそばから棚に戻される。そんな攻防を繰り広げていた。
自分は所詮ただのバイト、しかも通常の売り場よりプライベートな空間。淡々と品出しをして淡々とレジをこなすことに徹するしかないのだが、2人の会話を聞きながら半ば確信していた。どっからどう見ても男性であるこの2人、どっからどう見ても付き合っている。
「やばい、光るゴムある」
「さすがにそれは萎えるんで…」
そうして2人はあれやこれやと物色して、最終的にドラッグストアでも売られているようなありふれた極薄と書かれたコンドームを籠に入れてレジへとやってきた。どうやら白い方が手に取ったイロモノ系は全部却下されたらしい。
「じゃ、恵は外で待ってて」
白い方に言われて、黒い方はそそくさと立ち去っていった。平然と会話していたようでもどうやら彼にとっては気まずい空間だったようで、あっという間に出入口に吊るされたのれんをくぐって行ってしまった。遠目から見ても規格外に大きいその彼は、レジの前に立たれると途端に視界が埋まる。相手の身長がありすぎて顔は見えないが、物色の最中に少し見えた顔は夜なのにかけているサングラスをもってしても相当に整っていることが分かってしまった。そんな人がこんな場所でこんなものを買うのか、などと考える。
「っと、じゃあお会計…」
「ちょっと待って」
「え」
受け取った籠の中身を手に取った瞬間、目の前の男が一瞬だけ出入口の方を確認したと思ったら素早い動きで再び商品棚の方へと消えていった。足が長いと立ち去るのも早い、なんて事を考えていると1分と経たないうちに帰ってきた男はイチゴ味のローションが付いているコンドームを籠の中に入れた。
「はい、いいよ」
これを誰と使うだとか、わざわざこっそり買うんだとか、バレたらあの子は怒って捨てるのかなとか、色々頭の中を駆け巡ったが所詮一介のバイトにそんなことを聞けるわけもなかった。ただ持ってきた時の男の顔が上機嫌だったから、もしかして使ってもらえるのかもしれないなどと下世話なことは考えた。
畳む
お説教
丸一日近い休養期間があったとはいえ、それでもまだ少し身体は重い。無理をしたのだから当然といえば当然だけれどいつまでも休んでいられる訳もなく、真希が待っているグラウンドへと向かっていた。今日は長物を使った体術の練習に付き合ってもらう予定だったのだ。
窓の外は気持ちいい青空で、それをぼんやりと眺めながら廊下を歩いていると不意に後ろから声をかけられた。
「…先生」
やたらと長い足でもってあっという間に距離を縮めてきた五条は上機嫌に言った。
「八十八橋の件、聞いたよ。領域展開までしたんだって?凄いじゃん」
「ありがとう、ございます…」
にこにこと笑みを絶やさない時は本当に機嫌がいい時か、逆に少し機嫌が悪い時だ。そして五条の機嫌が悪くなる心当たりがあるだけについつい視線が下がっていく。褒められた、それは当然嬉しいのだけど。
後で悠仁達にも伝えといてね、と前置きをしてから言葉を連ねる五条の話を聞いていくと、ある程度話したところでそれはぴたりと止まった。ちらりと見上げると、五条の大きな手のひらが伏黒の顔の両側に来て、それが一瞬離れたかと思うと2つの平手が同時に伏黒の両頬を叩いた。静かな廊下に小気味いい音が響く。
「っ〜〜!」
「でもさ、大人の言うこと守らないで動いたのはいけないよ」
頭が揺れる感覚がして、それから遅れて痛みと熱さがやってくる。その後も最初に比べて軽いものではあるが両の手のひらで頬をぺちぺちと叩かれて視界が僅かに揺れる。
「…すい、ません」
「今回は無事だったし実績も残したけど、悠仁や野薔薇が死んだっておかしくなかったし、恵が死んでたっておかしくなかった。言ってること分かるね?」
「は、い…」
「津美紀が大事なのは分かるけど、せめて僕にくらいは連絡しなさい」
本当は一瞬五条のことがチラついた。出張から帰ってくればどうにかしてくれるんじゃないかとも思った。そうじゃなくても連絡くらいはして意見を仰げばよかったとも思う。それをしなかったのは焦っていたからだ。呪いが発現するまでのタイムリミットと、自分の成長に対する焦り。結果的に無事に終わったとはいえ軽率だった。
「すいません…」
ぺち、と叩いていた手が止まって今度は真っ赤に腫れた頬を撫でる動きに変わる。ひりひりとした痛みを感じながら五条を見上げれば今度はちゃんと上機嫌な笑みだった。
「はい、じゃあその真っ赤な顔で稽古行きな。説教はそれでおしまい」
頬を撫でられながらそう言う五条に首だけを縦に動かせば、他に用事があるのか満足気に頷いてから伏黒を追い越して廊下の向こうへと消えていった。
離れていった温度も分からないくらい腫れた頬を押さえていると、曲がり角から顔を覗かせた五条が言った。
「恵なら出来るって思ってたよ!」
畳む
丸一日近い休養期間があったとはいえ、それでもまだ少し身体は重い。無理をしたのだから当然といえば当然だけれどいつまでも休んでいられる訳もなく、真希が待っているグラウンドへと向かっていた。今日は長物を使った体術の練習に付き合ってもらう予定だったのだ。
窓の外は気持ちいい青空で、それをぼんやりと眺めながら廊下を歩いていると不意に後ろから声をかけられた。
「…先生」
やたらと長い足でもってあっという間に距離を縮めてきた五条は上機嫌に言った。
「八十八橋の件、聞いたよ。領域展開までしたんだって?凄いじゃん」
「ありがとう、ございます…」
にこにこと笑みを絶やさない時は本当に機嫌がいい時か、逆に少し機嫌が悪い時だ。そして五条の機嫌が悪くなる心当たりがあるだけについつい視線が下がっていく。褒められた、それは当然嬉しいのだけど。
後で悠仁達にも伝えといてね、と前置きをしてから言葉を連ねる五条の話を聞いていくと、ある程度話したところでそれはぴたりと止まった。ちらりと見上げると、五条の大きな手のひらが伏黒の顔の両側に来て、それが一瞬離れたかと思うと2つの平手が同時に伏黒の両頬を叩いた。静かな廊下に小気味いい音が響く。
「っ〜〜!」
「でもさ、大人の言うこと守らないで動いたのはいけないよ」
頭が揺れる感覚がして、それから遅れて痛みと熱さがやってくる。その後も最初に比べて軽いものではあるが両の手のひらで頬をぺちぺちと叩かれて視界が僅かに揺れる。
「…すい、ません」
「今回は無事だったし実績も残したけど、悠仁や野薔薇が死んだっておかしくなかったし、恵が死んでたっておかしくなかった。言ってること分かるね?」
「は、い…」
「津美紀が大事なのは分かるけど、せめて僕にくらいは連絡しなさい」
本当は一瞬五条のことがチラついた。出張から帰ってくればどうにかしてくれるんじゃないかとも思った。そうじゃなくても連絡くらいはして意見を仰げばよかったとも思う。それをしなかったのは焦っていたからだ。呪いが発現するまでのタイムリミットと、自分の成長に対する焦り。結果的に無事に終わったとはいえ軽率だった。
「すいません…」
ぺち、と叩いていた手が止まって今度は真っ赤に腫れた頬を撫でる動きに変わる。ひりひりとした痛みを感じながら五条を見上げれば今度はちゃんと上機嫌な笑みだった。
「はい、じゃあその真っ赤な顔で稽古行きな。説教はそれでおしまい」
頬を撫でられながらそう言う五条に首だけを縦に動かせば、他に用事があるのか満足気に頷いてから伏黒を追い越して廊下の向こうへと消えていった。
離れていった温度も分からないくらい腫れた頬を押さえていると、曲がり角から顔を覗かせた五条が言った。
「恵なら出来るって思ってたよ!」
畳む
明晰夢
「恵、おきて」
その言葉に微睡んでいた意識が少しだけ持ち上がる。霞む視界に映る天井は真っ暗で、今が朝でも朝に近い時間でもないのは明らかだった。時計の秒針の音がいやに響く、不自然なくらいに静かな夜だった。
「めぐみ」
もう一度呼ばれて、ぼんやりと天井を見つめていた視線を動かす。首だけで声のした右側を向けば、伏黒の顔を覗き込むように五条の顔が近くにあった。ベッドの端に頬杖をついて、目隠しに覆われていても分かる穏やかな微笑みを湛えてこちらを見ていた。
「…せんせ」
寝起きの覚束無い舌を回して呼び返せば、よく見知った顔と仕草で「先生じゃないでしょ」と返される。2人きりの時には先生と呼ばないようにしていた筈なのに、寝ぼけた頭はそんないつもの約束すら忘れてしまうらしい。
触れたいのに、どうしてか触れてはいけない気がした。
「五条、さん」
違和感ばかりが付き纏う。2人しかいない部屋で外されない目隠し、じっとこちらを見つめるだけで触れようともしない五条、未だに朧気で曖昧な意識。そっちが人を起こしたくせにそれ以上は何も言わないのだって、おかしかった。
「…なんか、言ってくださいよ」
僅かに声が震えた。違和感に気付いてしまえば曖昧だった意識はくっきりと形を持ち始めて、それと同時に目の前にいる五条の姿が溶けていく。
あの微笑みも、起きてと名前を呼ぶ声も、伏黒の中にあるいつかの記憶を綺麗にそのまま写しただけの紛い物だったのだ。気付いてしまえば、記憶の中の都合よく生み出された五条はあっという間に影の中に溶けて消えてしまう。最後まで五条は伏黒に何も言ってくれなかった。それもそうだ。伏黒の記憶の中にはここから続く五条の言葉なんてないのだから。
「夢くらい、都合よくあってくれよ」
こんな夢、見たくなかった。朝が来るにはまだ時間があるのに。
畳む
「恵、おきて」
その言葉に微睡んでいた意識が少しだけ持ち上がる。霞む視界に映る天井は真っ暗で、今が朝でも朝に近い時間でもないのは明らかだった。時計の秒針の音がいやに響く、不自然なくらいに静かな夜だった。
「めぐみ」
もう一度呼ばれて、ぼんやりと天井を見つめていた視線を動かす。首だけで声のした右側を向けば、伏黒の顔を覗き込むように五条の顔が近くにあった。ベッドの端に頬杖をついて、目隠しに覆われていても分かる穏やかな微笑みを湛えてこちらを見ていた。
「…せんせ」
寝起きの覚束無い舌を回して呼び返せば、よく見知った顔と仕草で「先生じゃないでしょ」と返される。2人きりの時には先生と呼ばないようにしていた筈なのに、寝ぼけた頭はそんないつもの約束すら忘れてしまうらしい。
触れたいのに、どうしてか触れてはいけない気がした。
「五条、さん」
違和感ばかりが付き纏う。2人しかいない部屋で外されない目隠し、じっとこちらを見つめるだけで触れようともしない五条、未だに朧気で曖昧な意識。そっちが人を起こしたくせにそれ以上は何も言わないのだって、おかしかった。
「…なんか、言ってくださいよ」
僅かに声が震えた。違和感に気付いてしまえば曖昧だった意識はくっきりと形を持ち始めて、それと同時に目の前にいる五条の姿が溶けていく。
あの微笑みも、起きてと名前を呼ぶ声も、伏黒の中にあるいつかの記憶を綺麗にそのまま写しただけの紛い物だったのだ。気付いてしまえば、記憶の中の都合よく生み出された五条はあっという間に影の中に溶けて消えてしまう。最後まで五条は伏黒に何も言ってくれなかった。それもそうだ。伏黒の記憶の中にはここから続く五条の言葉なんてないのだから。
「夢くらい、都合よくあってくれよ」
こんな夢、見たくなかった。朝が来るにはまだ時間があるのに。
畳む
プロポーズ
姉弟が住んでたアパートのこと取り壊されてると思ってるし、ごじょは寝に帰るだけの部屋を外に借りてると思ってる
「恵はさあ、卒業したらどうすんの?」
「…どうって、呪術師やってると思いますけど」
不思議そうに首を傾げた伏黒に五条は「そうじゃなくて」と鼻を摘んだ。ぶ、と間抜けな声が漏れる。任務終わりだからか、五条を振り払う手は思ったより優しかった。
随分と久しぶりに伏黒の任務に同行してみれば、彼はもう五条が思ってるよりずっとしっかりと任務をこなせるようになっていた。手ずから育てたのだからそりゃあしっかりしてもらわないと困るのだが、その成長が嬉しい半面少しだけ寂しかった、と言えばいいのだろうか。五条の手から離れてもちゃんと1人でやっていけるということは、五条が伏黒を繋ぎ止めるものが1つ無くなるということだ。独り立ちしたって2人の関係が終わる訳では無いけれど、幾つかあったものが1つ終わるとなれば途端に惜しくなる。
「ここ、出てくの?今は寮生活でここに帰ってくるけど、卒業したら好きなところ行けるじゃん」
少なくとも伏黒が卒業するまでは五条の管轄だと、目に入る場所に置くために寮で暮らすことは決まっていた。丁度その時期に姉と暮らしていたアパートの取り壊しが決まったのもいい理由だったかもしれない。けれど卒業して五条の手から離れてしまえば、もう五条の目の届く場所に伏黒がいる理由はなくなる。
伏黒がここを出て行くと言ったらどうしようか、もう行き先が決まっていたらどうしようか、ちゃんと言えるかな、なんて柄にもないことを考える。
「…特に考えてないですけど、帰る家もないし適当にこの近くで部屋でも借りるんじゃないですかね」
自分のことに頓着しない伏黒らしい解答だった。帰る家がないなんて簡単に言ってのけたくせに足元に落とされた視線は少しだけ寂しそうだった。
「じゃあ、さ」
緊張を隠すように伏黒の頬を指先でつつけば、むっとした顔で五条を見た。指をはたき落とす力はやっぱり弱い。
少し前までほんの小さい子供のようだったのに、気がつけばもう卒業後の心配をしている。手元から離れる日のことを考えている。今は離れていたって好きな時に喋れて顔が見れる便利な時代ではあるけれど、それじゃ足りないものだってある。スマートフォンじゃ帰る場所になどなれるわけがなく。
「僕の家おいでよ。ほら、あの僕が寝に帰ってるマンション。何度か来たことあるでしょ?」
「……は?」
伏黒の目が文字通り丸くなって、五条の言葉をゆっくりと咀嚼していく。分かるかな、これってプロポーズのつもりなんだけど、と伏黒の言葉を待つ。あの無駄に広い部屋ならいつか津美紀が起きた時に3人で暮らすこともできるし、もし伏黒が姉と2人で暮らしたいというのならその時は五条からあの部屋をプレゼントできる。きっと悪くはないと思うんだけどな、と弱気になってしまうのは相手が伏黒だからだ。
「……お、」
耳の縁を赤くした伏黒が口を開く。
「俺じゃ家賃払えないんで…家賃払えるくらいの家が、いい、です…」
思えばあの部屋に来る度に伏黒はどこか落ち着かない様子だった。落ち着かない、というよりは家の中にいるのに人の気配が遠くなるのが苦手、とでも言えばいいのだろうか。ずっと六畳一間の小さな空間で津美紀と暮らしていたからか、存外伏黒は寂しがり屋だった。
緩む口角を隠そうともせず伏黒の髪を撫で回せば、隙間から真っ赤になった耳と同じくらい赤い頬が見えた。どうやらこれはOKということらしい。分かりにくいようで分かりやすい、伏黒の素直なところだ。
「じゃ、卒業までに丁度いい物件探そっか!」
畳む
姉弟が住んでたアパートのこと取り壊されてると思ってるし、ごじょは寝に帰るだけの部屋を外に借りてると思ってる
「恵はさあ、卒業したらどうすんの?」
「…どうって、呪術師やってると思いますけど」
不思議そうに首を傾げた伏黒に五条は「そうじゃなくて」と鼻を摘んだ。ぶ、と間抜けな声が漏れる。任務終わりだからか、五条を振り払う手は思ったより優しかった。
随分と久しぶりに伏黒の任務に同行してみれば、彼はもう五条が思ってるよりずっとしっかりと任務をこなせるようになっていた。手ずから育てたのだからそりゃあしっかりしてもらわないと困るのだが、その成長が嬉しい半面少しだけ寂しかった、と言えばいいのだろうか。五条の手から離れてもちゃんと1人でやっていけるということは、五条が伏黒を繋ぎ止めるものが1つ無くなるということだ。独り立ちしたって2人の関係が終わる訳では無いけれど、幾つかあったものが1つ終わるとなれば途端に惜しくなる。
「ここ、出てくの?今は寮生活でここに帰ってくるけど、卒業したら好きなところ行けるじゃん」
少なくとも伏黒が卒業するまでは五条の管轄だと、目に入る場所に置くために寮で暮らすことは決まっていた。丁度その時期に姉と暮らしていたアパートの取り壊しが決まったのもいい理由だったかもしれない。けれど卒業して五条の手から離れてしまえば、もう五条の目の届く場所に伏黒がいる理由はなくなる。
伏黒がここを出て行くと言ったらどうしようか、もう行き先が決まっていたらどうしようか、ちゃんと言えるかな、なんて柄にもないことを考える。
「…特に考えてないですけど、帰る家もないし適当にこの近くで部屋でも借りるんじゃないですかね」
自分のことに頓着しない伏黒らしい解答だった。帰る家がないなんて簡単に言ってのけたくせに足元に落とされた視線は少しだけ寂しそうだった。
「じゃあ、さ」
緊張を隠すように伏黒の頬を指先でつつけば、むっとした顔で五条を見た。指をはたき落とす力はやっぱり弱い。
少し前までほんの小さい子供のようだったのに、気がつけばもう卒業後の心配をしている。手元から離れる日のことを考えている。今は離れていたって好きな時に喋れて顔が見れる便利な時代ではあるけれど、それじゃ足りないものだってある。スマートフォンじゃ帰る場所になどなれるわけがなく。
「僕の家おいでよ。ほら、あの僕が寝に帰ってるマンション。何度か来たことあるでしょ?」
「……は?」
伏黒の目が文字通り丸くなって、五条の言葉をゆっくりと咀嚼していく。分かるかな、これってプロポーズのつもりなんだけど、と伏黒の言葉を待つ。あの無駄に広い部屋ならいつか津美紀が起きた時に3人で暮らすこともできるし、もし伏黒が姉と2人で暮らしたいというのならその時は五条からあの部屋をプレゼントできる。きっと悪くはないと思うんだけどな、と弱気になってしまうのは相手が伏黒だからだ。
「……お、」
耳の縁を赤くした伏黒が口を開く。
「俺じゃ家賃払えないんで…家賃払えるくらいの家が、いい、です…」
思えばあの部屋に来る度に伏黒はどこか落ち着かない様子だった。落ち着かない、というよりは家の中にいるのに人の気配が遠くなるのが苦手、とでも言えばいいのだろうか。ずっと六畳一間の小さな空間で津美紀と暮らしていたからか、存外伏黒は寂しがり屋だった。
緩む口角を隠そうともせず伏黒の髪を撫で回せば、隙間から真っ赤になった耳と同じくらい赤い頬が見えた。どうやらこれはOKということらしい。分かりにくいようで分かりやすい、伏黒の素直なところだ。
「じゃ、卒業までに丁度いい物件探そっか!」
畳む
散髪
伏黒姉弟の住んでたアパートのこと、勝手に取り壊されてると思って書いてる
「恵、髪伸びた?」
「髪?…ああ、最近切ってないですね」
そこが自分の場所とでもいうように伏黒の頭に自身の顎を乗せた五条を押し退けながら、最後に髪を切ったのはいつか思い出そうとする。邪魔になってきたら、思い出したら、そんな思い付きで切りに行くものだから正確には思い出せないが少なくともここ数ヶ月は行っていなかった。言われてみれば前髪が視界によくちらつくようになっている気がするし、そろそろ切った方がいいのかもしれない。
そんなことを思っていると、伏黒のよく跳ねる髪を摘んで引っ張りながら五条が言う。
「久しぶりに僕が切ってあげよっか」
「は?」
思わず五条の顔を見上げると、目隠し越しでも分かるくらい楽しそうに「任せて!」と言った。
____
「絶対事故は起こさないでくださいよ」
「刺さないって」
「そっちじゃなくて」
断る前にあれよあれよと五条の部屋に連れていかれた伏黒は、風呂場で首にタオルを巻き付けられて椅子に座らされていた。大きな鏡の前に、五条の言った通り少し髪の伸びた自身が映る。その後ろに立つ五条は目隠しを外したラフな部屋着姿で、急に時間が戻ったような感覚になる。
最後に五条が髪を切ってくれたのは小学6年生の時だった。狭いアパートの狭い浴室に、もう身体の大きくなり始めた伏黒と津美紀とが順番に五条と一緒に入っては髪を切ってもらっていたのだ。年々浴室は窮屈になって、最初は適当でいいなんて言っていたのに何時しかリクエストするようになって。本当は1人で床屋くらい行けたのに、五条がやめるまで言い出さなかったのは髪を梳く手が存外好きだったからだった。
「イメチェンとかしちゃう?」
鏡越しににやりと笑った五条が指で作った鋏を前髪に差し込んで、額が見える位の長さで閉じる。
「絶対やめてくださいね」
「冗談冗談」
ぱっと指を離して今度は本物の鋏を取り出す。持ち手が少し茶色く褪せたそれには見覚えがあった。
「……それ、まだ持ってたんですか」
「まぁね、他にも色々あるよ。アパート取り壊される時に一応全部持ってきたからさ」
五条が2人の髪を切る時に決まって使っていた梳き鋏でまずはひと房。しゃきりと軽い音がして、タオルを巻かれた伏黒の肩と風呂場のタイルに落ちていく。
伏黒が中学卒業と同時に家を出ると決まった頃、あのアパートは老朽化を理由に取り壊しが決まった。その時に五条が勝手に全ての荷物をまとめて運んでくれていたのだ。片付けするなら津美紀も一緒じゃないとね、なんて言って。
次にこうして2人の髪を切ってもらえて、荷物の整理が出来るのはいつになるのだろう。そんなことを考えた。
「こら、暗いこと考えてんじゃないよ」
「…そんなんじゃ、」
知らず視線が足元へと落ちていた伏黒の顎を取り、上向かせられる。持ち上げられた顔はそのまま背後にいる五条へと向けられ、少し短くなった前髪越しに五条と目が合う。
キスをされる、そう思った頃にはもう触れていた。
「ん、丁度いい長さになった」
「…キスで長さ測らないでくださいよ」
触れるだけであっさりと離れて少し寂しくないと言えば嘘になる。しかし五条の優しさにそんな寂しさは途端に足元に散らかる髪と同じになってしまった。
畳む
伏黒姉弟の住んでたアパートのこと、勝手に取り壊されてると思って書いてる
「恵、髪伸びた?」
「髪?…ああ、最近切ってないですね」
そこが自分の場所とでもいうように伏黒の頭に自身の顎を乗せた五条を押し退けながら、最後に髪を切ったのはいつか思い出そうとする。邪魔になってきたら、思い出したら、そんな思い付きで切りに行くものだから正確には思い出せないが少なくともここ数ヶ月は行っていなかった。言われてみれば前髪が視界によくちらつくようになっている気がするし、そろそろ切った方がいいのかもしれない。
そんなことを思っていると、伏黒のよく跳ねる髪を摘んで引っ張りながら五条が言う。
「久しぶりに僕が切ってあげよっか」
「は?」
思わず五条の顔を見上げると、目隠し越しでも分かるくらい楽しそうに「任せて!」と言った。
____
「絶対事故は起こさないでくださいよ」
「刺さないって」
「そっちじゃなくて」
断る前にあれよあれよと五条の部屋に連れていかれた伏黒は、風呂場で首にタオルを巻き付けられて椅子に座らされていた。大きな鏡の前に、五条の言った通り少し髪の伸びた自身が映る。その後ろに立つ五条は目隠しを外したラフな部屋着姿で、急に時間が戻ったような感覚になる。
最後に五条が髪を切ってくれたのは小学6年生の時だった。狭いアパートの狭い浴室に、もう身体の大きくなり始めた伏黒と津美紀とが順番に五条と一緒に入っては髪を切ってもらっていたのだ。年々浴室は窮屈になって、最初は適当でいいなんて言っていたのに何時しかリクエストするようになって。本当は1人で床屋くらい行けたのに、五条がやめるまで言い出さなかったのは髪を梳く手が存外好きだったからだった。
「イメチェンとかしちゃう?」
鏡越しににやりと笑った五条が指で作った鋏を前髪に差し込んで、額が見える位の長さで閉じる。
「絶対やめてくださいね」
「冗談冗談」
ぱっと指を離して今度は本物の鋏を取り出す。持ち手が少し茶色く褪せたそれには見覚えがあった。
「……それ、まだ持ってたんですか」
「まぁね、他にも色々あるよ。アパート取り壊される時に一応全部持ってきたからさ」
五条が2人の髪を切る時に決まって使っていた梳き鋏でまずはひと房。しゃきりと軽い音がして、タオルを巻かれた伏黒の肩と風呂場のタイルに落ちていく。
伏黒が中学卒業と同時に家を出ると決まった頃、あのアパートは老朽化を理由に取り壊しが決まった。その時に五条が勝手に全ての荷物をまとめて運んでくれていたのだ。片付けするなら津美紀も一緒じゃないとね、なんて言って。
次にこうして2人の髪を切ってもらえて、荷物の整理が出来るのはいつになるのだろう。そんなことを考えた。
「こら、暗いこと考えてんじゃないよ」
「…そんなんじゃ、」
知らず視線が足元へと落ちていた伏黒の顎を取り、上向かせられる。持ち上げられた顔はそのまま背後にいる五条へと向けられ、少し短くなった前髪越しに五条と目が合う。
キスをされる、そう思った頃にはもう触れていた。
「ん、丁度いい長さになった」
「…キスで長さ測らないでくださいよ」
触れるだけであっさりと離れて少し寂しくないと言えば嘘になる。しかし五条の優しさにそんな寂しさは途端に足元に散らかる髪と同じになってしまった。
畳む
セックスの仕方
「恵ってさぁ」
そう言葉を投げると、ベッドの上にタオルを敷いていた伏黒は怪訝そうな顔でもって五条の方を見た。
「ちゃんとやらないならしませんよ」
少しだけ耳の縁が赤いのは多分着ているものが五条のシャツ1枚だからだろう。完全に五条の趣味ではあるのだが、伏黒がオーバーサイズな五条のシャツ1枚だけを身にまとっている姿が好きなのだ。どうせ脱ぐのなら脱ぎやすい方がいい、というのは建前で。
「やるやる。やるけどさ」
「…けど?」
伏黒と同じように五条もベッドにタオルを丁寧に敷いているのは何故かといえば、先日バレンタインだからと五条が買ってきたローションとゴムを使うためであった。バレンタイン、と言えばチョコ。そんな安直な理由でそのチョコの香りがするゴムと、香りに加えて食べられるローションなるものを買ってきたのだ。しかし往々にしてこのようなグッズはろくでもない、と伏黒は言う。使ったら部屋は換気しないといけないくらい匂いは強いかもしれないし、色や匂いがベッドに染み付きでもしたらどうする、と。
それでも買ってきたからにはとりあえず1回は使いたい、と2人で話し合い妥協点を探し、やっと見つけたのがとりあえずタオルを全体に敷いて終わったら部屋は換気。一先ず洗濯してみて匂いが取れれば良し、とれなかったらタオルだけ買い直し、であった。
かくして2人でせっせと準備をしているわけなのだが。
「意外とえっちに協力的だよね、恵って」
これ使いたいって時も結構真面目に考えてくれたし、今も準備ちゃんとしてくれてるし。そう付け加えれば綺麗に敷かれていたタオルに皺が寄る。タオルが伏黒に握り締められてしわくちゃになってしまったことにも気付かず、真っ赤になった顔で言った。
「…っあ、あんたがしたいって言うから…!」
「そうそう、だから真面目に考えてくれるし意外と協力的だよね、って」
「だっ、……!」
そこで言葉を詰まらせた伏黒はしばらく首まで赤くしたままはくはくと口を開け閉めしていたが、やがて先程の勢いをすっかり失いながら言った。
「だ、だって…これがあんたの教えた……セックスの、仕方…でしょうが…2人でするのが…」
思ってもみなかった伏黒の言葉に、今度は五条が言葉を詰まらせる。ちょっとの好奇心とちょっとの悪戯心で聞いただけなのだが、こんな可愛いことを言われてしまうとは。
「………そっ、か」
そりゃあ、教えたも何も伏黒の初めての相手が五条なのだが、それがこんなに愛しく育つとは。返す言葉も見つからなくてとりあえず抱き締めれば、伏黒は今すぐにでも逃げ出しそうに暴れながら「無言になるな!」と叫んだ。
畳む
「恵ってさぁ」
そう言葉を投げると、ベッドの上にタオルを敷いていた伏黒は怪訝そうな顔でもって五条の方を見た。
「ちゃんとやらないならしませんよ」
少しだけ耳の縁が赤いのは多分着ているものが五条のシャツ1枚だからだろう。完全に五条の趣味ではあるのだが、伏黒がオーバーサイズな五条のシャツ1枚だけを身にまとっている姿が好きなのだ。どうせ脱ぐのなら脱ぎやすい方がいい、というのは建前で。
「やるやる。やるけどさ」
「…けど?」
伏黒と同じように五条もベッドにタオルを丁寧に敷いているのは何故かといえば、先日バレンタインだからと五条が買ってきたローションとゴムを使うためであった。バレンタイン、と言えばチョコ。そんな安直な理由でそのチョコの香りがするゴムと、香りに加えて食べられるローションなるものを買ってきたのだ。しかし往々にしてこのようなグッズはろくでもない、と伏黒は言う。使ったら部屋は換気しないといけないくらい匂いは強いかもしれないし、色や匂いがベッドに染み付きでもしたらどうする、と。
それでも買ってきたからにはとりあえず1回は使いたい、と2人で話し合い妥協点を探し、やっと見つけたのがとりあえずタオルを全体に敷いて終わったら部屋は換気。一先ず洗濯してみて匂いが取れれば良し、とれなかったらタオルだけ買い直し、であった。
かくして2人でせっせと準備をしているわけなのだが。
「意外とえっちに協力的だよね、恵って」
これ使いたいって時も結構真面目に考えてくれたし、今も準備ちゃんとしてくれてるし。そう付け加えれば綺麗に敷かれていたタオルに皺が寄る。タオルが伏黒に握り締められてしわくちゃになってしまったことにも気付かず、真っ赤になった顔で言った。
「…っあ、あんたがしたいって言うから…!」
「そうそう、だから真面目に考えてくれるし意外と協力的だよね、って」
「だっ、……!」
そこで言葉を詰まらせた伏黒はしばらく首まで赤くしたままはくはくと口を開け閉めしていたが、やがて先程の勢いをすっかり失いながら言った。
「だ、だって…これがあんたの教えた……セックスの、仕方…でしょうが…2人でするのが…」
思ってもみなかった伏黒の言葉に、今度は五条が言葉を詰まらせる。ちょっとの好奇心とちょっとの悪戯心で聞いただけなのだが、こんな可愛いことを言われてしまうとは。
「………そっ、か」
そりゃあ、教えたも何も伏黒の初めての相手が五条なのだが、それがこんなに愛しく育つとは。返す言葉も見つからなくてとりあえず抱き締めれば、伏黒は今すぐにでも逃げ出しそうに暴れながら「無言になるな!」と叫んだ。
畳む
私は察しのいい女
(…またやってる)
体術の訓練のために真希達を待ちながら、釘崎はそう胸の内で呟いた。
伏黒は何かとよく首を押さえる。特に痛そうな素振りもないから恐らく無意識なのであろうが、気がつくとその右手は首の左側に置かれている。逆も然り。五条が来るのを待つ教室でぼんやりと黒板を見ている時だとか、任務に向かうために補助監督を待っている時だとか、その帰りの車内だとか。その理由を本人に聞いてみようとも思ったが、聞くまでもなく理由は分かってしまった。察しが良くて、でもわざわざ口に出さない節度も持ち合わせている女でよかったわね、なんて。
五条にとって都合がいい高さなだけなのか、そういう距離感の関係なのか。きっと後者で意味もなくマウントを取られているのだろう。しかしそんな詳細など知る気は無い。が、この朴念仁にもいじらしいところはあるらしい。伏黒が無意識に手を置いている場所は五条がよく腕を回している場所だった。
癖になるほどそこに回された腕に手を重ねているのか、はたまた離れた温度が寂しくて重ねているのか、そこまで知る気は当然ないけれど。
畳む
(…またやってる)
体術の訓練のために真希達を待ちながら、釘崎はそう胸の内で呟いた。
伏黒は何かとよく首を押さえる。特に痛そうな素振りもないから恐らく無意識なのであろうが、気がつくとその右手は首の左側に置かれている。逆も然り。五条が来るのを待つ教室でぼんやりと黒板を見ている時だとか、任務に向かうために補助監督を待っている時だとか、その帰りの車内だとか。その理由を本人に聞いてみようとも思ったが、聞くまでもなく理由は分かってしまった。察しが良くて、でもわざわざ口に出さない節度も持ち合わせている女でよかったわね、なんて。
五条にとって都合がいい高さなだけなのか、そういう距離感の関係なのか。きっと後者で意味もなくマウントを取られているのだろう。しかしそんな詳細など知る気は無い。が、この朴念仁にもいじらしいところはあるらしい。伏黒が無意識に手を置いている場所は五条がよく腕を回している場所だった。
癖になるほどそこに回された腕に手を重ねているのか、はたまた離れた温度が寂しくて重ねているのか、そこまで知る気は当然ないけれど。
畳む
つむじ
五条のつむじは右回りである。
おそらくそんなことを知っている人間はそう多くはない、と伏黒は思っている。五条は規格外に大きいうえに、そもそも人のつむじなんてそうまじまじと見ることもないだろうから伏黒くらいしか知らないであろう。ひっそりとそんなことに優越感を感じているのだが、本人には当然言ったことはない。伏黒が五条に対してやる事なす事、何を言っても嬉しそうにするからきっとこれも伝えたら大層喜ぶのだろうけれど。
さて、ここは五条の部屋であるのだが風呂から上がった五条は基本的にいつでも髪を乾かしてこない。首にタオルを掛けてドライヤー片手にやってきては「髪乾かして」なんて言ってソファに腰掛ける伏黒の足の間に座るのだ。今日も今日とてそうして床に腰掛けた五条は、仕事の愚痴を零しながらタブレット端末でもって任務の資料を見つつ伏黒に頭を預ける。
「びしょびしょじゃないですか」
「恵がやってくれるから」
「風邪ひきますよ」
まだ若干水が滴る髪をタオルでもって包んで水気を切っていく。形のいい頭をタオル越しに手のひらで大雑把に撫でて、タオルドライを理由に一頻り好き勝手髪をかき回したらその後にドライヤーでもってしっかりと乾かしていくのだが、タオルを外して伏黒はきゅ、と口元を引き結んだ。いつもこの瞬間はちょっとだけ口が緩みそうになる。
タオルでもみくちゃにされても、やっぱり今日も五条のつむじは右回りだった。
畳む
五条のつむじは右回りである。
おそらくそんなことを知っている人間はそう多くはない、と伏黒は思っている。五条は規格外に大きいうえに、そもそも人のつむじなんてそうまじまじと見ることもないだろうから伏黒くらいしか知らないであろう。ひっそりとそんなことに優越感を感じているのだが、本人には当然言ったことはない。伏黒が五条に対してやる事なす事、何を言っても嬉しそうにするからきっとこれも伝えたら大層喜ぶのだろうけれど。
さて、ここは五条の部屋であるのだが風呂から上がった五条は基本的にいつでも髪を乾かしてこない。首にタオルを掛けてドライヤー片手にやってきては「髪乾かして」なんて言ってソファに腰掛ける伏黒の足の間に座るのだ。今日も今日とてそうして床に腰掛けた五条は、仕事の愚痴を零しながらタブレット端末でもって任務の資料を見つつ伏黒に頭を預ける。
「びしょびしょじゃないですか」
「恵がやってくれるから」
「風邪ひきますよ」
まだ若干水が滴る髪をタオルでもって包んで水気を切っていく。形のいい頭をタオル越しに手のひらで大雑把に撫でて、タオルドライを理由に一頻り好き勝手髪をかき回したらその後にドライヤーでもってしっかりと乾かしていくのだが、タオルを外して伏黒はきゅ、と口元を引き結んだ。いつもこの瞬間はちょっとだけ口が緩みそうになる。
タオルでもみくちゃにされても、やっぱり今日も五条のつむじは右回りだった。
畳む
うなじ
制服の下に着てるのがバンドカラーシャツって気付く前に書いたやつ
「…なに、見てんすか」
「見てないよ」
見てるじゃないですか、と溜息を吐き出して伏黒はちらりと五条を見た。上目でこちらを見る伏黒は気付いていない。五条にしか見えていないから当然といえば当然なのだけど、伏黒のこういう鈍さが有難いと五条は笑みを深くした。
「まぁ強いて言うなら…ここ?」
着ている制服の胸元を掴んで少し引っ張る。広い襟の下、そこから見える肌着の隙間。上から覗き込むことでしか見えないそこには真新しい歯型があった。
「っ、み、見てるじゃないですか…!」
五条の手を払い除けた伏黒は隠すように自身の襟元を掴んだ。そのまま睨まれるが、耳の縁は赤い。そんな顔をしていたらこれから合流する虎杖と釘崎に何を言われるか分かったものでは無いが、敢えてそれは言わない。
「だって見えるし」
「だからって見ないでください…もし2人に気付かれたらどうするんですか…」
「上からじゃないと見えないし平気でしょ」
「だからって寝てる間に付けるのやめてください…何回言ったか分からないですけど」
1度寝たらなかなか起きない伏黒は五条が歯型やらキスマークやら何やらを付けても起きない。擽ったくはあるのか嫌がるように寝返りはうつが、それでも起きない。色々と心配にはなるくらいに。
そんな伏黒が必死に隠している制服の下にはこの歯型以外にも色々と付けられているのだが、実は伏黒が気付けていない場所が一つだけある。
「起きない恵が悪いんじゃん。噛まれたら流石に起きてよ」
「そもそも寝てる人間に噛みつかないでください」
相変わらず視線は厳しいままだが、五条を見上げた伏黒の首の後ろ、項の下の方にもまた真新しい歯型がある。少し襟を下げたら見えるような際どい位置で、でも伏黒より背が高い五条にしか見えない位置。
「ま、次はちゃんと起きれるように頑張りましょうってことでさ」
五条が先程見ていたのは胸元ではなくこの項だったのだが、可愛く怒っている伏黒は当然知らない。
畳む
制服の下に着てるのがバンドカラーシャツって気付く前に書いたやつ
「…なに、見てんすか」
「見てないよ」
見てるじゃないですか、と溜息を吐き出して伏黒はちらりと五条を見た。上目でこちらを見る伏黒は気付いていない。五条にしか見えていないから当然といえば当然なのだけど、伏黒のこういう鈍さが有難いと五条は笑みを深くした。
「まぁ強いて言うなら…ここ?」
着ている制服の胸元を掴んで少し引っ張る。広い襟の下、そこから見える肌着の隙間。上から覗き込むことでしか見えないそこには真新しい歯型があった。
「っ、み、見てるじゃないですか…!」
五条の手を払い除けた伏黒は隠すように自身の襟元を掴んだ。そのまま睨まれるが、耳の縁は赤い。そんな顔をしていたらこれから合流する虎杖と釘崎に何を言われるか分かったものでは無いが、敢えてそれは言わない。
「だって見えるし」
「だからって見ないでください…もし2人に気付かれたらどうするんですか…」
「上からじゃないと見えないし平気でしょ」
「だからって寝てる間に付けるのやめてください…何回言ったか分からないですけど」
1度寝たらなかなか起きない伏黒は五条が歯型やらキスマークやら何やらを付けても起きない。擽ったくはあるのか嫌がるように寝返りはうつが、それでも起きない。色々と心配にはなるくらいに。
そんな伏黒が必死に隠している制服の下にはこの歯型以外にも色々と付けられているのだが、実は伏黒が気付けていない場所が一つだけある。
「起きない恵が悪いんじゃん。噛まれたら流石に起きてよ」
「そもそも寝てる人間に噛みつかないでください」
相変わらず視線は厳しいままだが、五条を見上げた伏黒の首の後ろ、項の下の方にもまた真新しい歯型がある。少し襟を下げたら見えるような際どい位置で、でも伏黒より背が高い五条にしか見えない位置。
「ま、次はちゃんと起きれるように頑張りましょうってことでさ」
五条が先程見ていたのは胸元ではなくこの項だったのだが、可愛く怒っている伏黒は当然知らない。
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今際
薬指のおめぐ視点。死ネタ
「悟くん、出張終わったって!」
ぴろん、と軽い通知の音が恵の背後で聞こえて、それから直ぐに津美紀の弾んだ声がした。どうやら通知が鳴ったのは津美紀の携帯らしい。湯が沸いたやかんの中身を急須に移しながら「へぇ」と気のない返事をする。
何かと忙しくあちらこちらに飛び回っている五条は、今日も今日とてどこかに出張として飛んでいた。どんな仕事をしているのかは教えてくれないが、帰ってくる度にちゃんと五条自身の分も含めた3人分の土産を持ってくる。ちゃんと五条の家はあるのだろうけれど、出張が終われば1番に津美紀と恵の元へと帰ってくるのだ。
「…いや、」
お茶の色が出るのを待ちながらふと1週間ほど前のやり取りを思い出す。行ってくるねと言った五条が伝えてくれた帰宅予定は明後日だった筈。今回は早めに切り上げるの難しいかも、とまで言っていた。
津美紀の方を振り返って「明後日じゃなかったか」そう言いかけたところで窓の外から声がした。噂をすればなんとやら、というやつだ。
「津美紀ー!恵ー!」
「ふふ、帰ってきたよ」
まるで全てを知っていたかのように小さく笑った津美紀は窓をちらりと見た。台所にいる恵からは見えないが、間違いなく五条がいて、近所迷惑も考えずに2人を呼んでいる。わざわざ見に行かなくても分かる。土産の入った袋を下げて大きく手を振っているのだ。ちゃんとここにいるのだと伝えるように。
「…近所迷惑だろ」
ぶっきらぼうに言いながらも2つしか用意してなかった湯呑みをもう1つ出すのだから行動は素直だ。そんな恵を見て歩み寄ってきた津美紀が急須を取り上げる。
「悟くんね、早く恵に会いたくて頑張ったんだよ」
少しだけ濃いめに出てしまったお茶を注ぎながら津美紀の目が言う。だから早く顔を見せてあげて、と。未だに窓の外では五条が津美紀と恵を呼んでいた。
変な気を遣う五条はいつも津美紀から先に名前を呼ぶ。恵だけが特別になり過ぎないようにと。その少しズレた気遣いが擽ったくて、好きだった。
仕方ないな、そう口の中で転がして窓を開け放した。窓の外にはすっかり錆び付いていつか取れてしまいそうな手すりがある。そこに体重を乗せすぎないように軽く手を乗せて、窓に片手を添えて身を乗り出した。
案の定そこには五条がいて、恵の顔を見るなり柔らかく瞳を細めた。そのあんまりにも嬉しそうな顔ときたら。
きっとこれも近所迷惑だけど、言わずにはいられなかった。ちゃんと五条に聞こえるようにと。
「おかえりなさい!」
五条の頬が緩んで、無邪気に笑う。
「ただいま!」
霞んでいく視界にはもう星の煌めきすら見えなかった。指先から感覚がなくなって、地面に触れている背中も鈍っていく。
「……夢か、」
一瞬途切れた意識の中で見た夢は、夢らしくちぐはぐだった。走馬灯とも呼べない、ありもしない記憶だ。何故か目覚めている姉に、何故か暮らしているあの頃と変わらないおんぼろの六畳一間、そこに帰ってくる五条。呪いだなんて知りもしないような、ありもしないような、存在しない世界。
近くで玉犬が寂しそうに泣いていた。目立った外傷は無い筈なのに動けもしないし死期が迫っているということは、なにか目に見えない呪いか毒のようなものでも貰ってしまったのかもしれない。
情けない、そう口にしようとして、けれどもう身体はそれすら発せなくなっていた。走馬灯も幻も見ずに死ぬものだと思っていたから思っていたより猶予があって困る。後悔だとか、願いだとか、そんなものが頭を過ぎるのだ。
最期に小さく息を吸い込んで、想う。
あの日の一世一代の告白をどうか覚えていますように。
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薬指のおめぐ視点。死ネタ
「悟くん、出張終わったって!」
ぴろん、と軽い通知の音が恵の背後で聞こえて、それから直ぐに津美紀の弾んだ声がした。どうやら通知が鳴ったのは津美紀の携帯らしい。湯が沸いたやかんの中身を急須に移しながら「へぇ」と気のない返事をする。
何かと忙しくあちらこちらに飛び回っている五条は、今日も今日とてどこかに出張として飛んでいた。どんな仕事をしているのかは教えてくれないが、帰ってくる度にちゃんと五条自身の分も含めた3人分の土産を持ってくる。ちゃんと五条の家はあるのだろうけれど、出張が終われば1番に津美紀と恵の元へと帰ってくるのだ。
「…いや、」
お茶の色が出るのを待ちながらふと1週間ほど前のやり取りを思い出す。行ってくるねと言った五条が伝えてくれた帰宅予定は明後日だった筈。今回は早めに切り上げるの難しいかも、とまで言っていた。
津美紀の方を振り返って「明後日じゃなかったか」そう言いかけたところで窓の外から声がした。噂をすればなんとやら、というやつだ。
「津美紀ー!恵ー!」
「ふふ、帰ってきたよ」
まるで全てを知っていたかのように小さく笑った津美紀は窓をちらりと見た。台所にいる恵からは見えないが、間違いなく五条がいて、近所迷惑も考えずに2人を呼んでいる。わざわざ見に行かなくても分かる。土産の入った袋を下げて大きく手を振っているのだ。ちゃんとここにいるのだと伝えるように。
「…近所迷惑だろ」
ぶっきらぼうに言いながらも2つしか用意してなかった湯呑みをもう1つ出すのだから行動は素直だ。そんな恵を見て歩み寄ってきた津美紀が急須を取り上げる。
「悟くんね、早く恵に会いたくて頑張ったんだよ」
少しだけ濃いめに出てしまったお茶を注ぎながら津美紀の目が言う。だから早く顔を見せてあげて、と。未だに窓の外では五条が津美紀と恵を呼んでいた。
変な気を遣う五条はいつも津美紀から先に名前を呼ぶ。恵だけが特別になり過ぎないようにと。その少しズレた気遣いが擽ったくて、好きだった。
仕方ないな、そう口の中で転がして窓を開け放した。窓の外にはすっかり錆び付いていつか取れてしまいそうな手すりがある。そこに体重を乗せすぎないように軽く手を乗せて、窓に片手を添えて身を乗り出した。
案の定そこには五条がいて、恵の顔を見るなり柔らかく瞳を細めた。そのあんまりにも嬉しそうな顔ときたら。
きっとこれも近所迷惑だけど、言わずにはいられなかった。ちゃんと五条に聞こえるようにと。
「おかえりなさい!」
五条の頬が緩んで、無邪気に笑う。
「ただいま!」
霞んでいく視界にはもう星の煌めきすら見えなかった。指先から感覚がなくなって、地面に触れている背中も鈍っていく。
「……夢か、」
一瞬途切れた意識の中で見た夢は、夢らしくちぐはぐだった。走馬灯とも呼べない、ありもしない記憶だ。何故か目覚めている姉に、何故か暮らしているあの頃と変わらないおんぼろの六畳一間、そこに帰ってくる五条。呪いだなんて知りもしないような、ありもしないような、存在しない世界。
近くで玉犬が寂しそうに泣いていた。目立った外傷は無い筈なのに動けもしないし死期が迫っているということは、なにか目に見えない呪いか毒のようなものでも貰ってしまったのかもしれない。
情けない、そう口にしようとして、けれどもう身体はそれすら発せなくなっていた。走馬灯も幻も見ずに死ぬものだと思っていたから思っていたより猶予があって困る。後悔だとか、願いだとか、そんなものが頭を過ぎるのだ。
最期に小さく息を吸い込んで、想う。
あの日の一世一代の告白をどうか覚えていますように。
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さみしい2人
ふ、と瞼を持ち上げるとタブレット端末を見つめている五条と天井が見えた。寝落ちる前、最後の記憶ではソファに凭れていた筈だったのだけど。
「おはよ」
「…また勝手に膝枕ですか」
伏黒が寝ている間に学長からの呼び出しから戻ってきた五条の仕業らしい。五条がいない間に五条の部屋でうたた寝をするといつもこうだ。勝手に動かされても起きない自分も自分だが。
天井の灯りが五条の白い髪を綺麗に光らせていた。まるで透けているかのように蛍光灯の光と五条とが溶け合っている。寝起きのまだ少し鈍い頭で、五条の頬に手を伸ばす。見ているものは次の仕事の資料だろうに、邪魔したらいけないと思うのに先に手が動いていた。
「…溶けそうですね」
触れた頬には当たり前だが温度があり感触があった。
「なに?どういうこと?」
触れてきた伏黒の手に頬を寄せながら五条が緩く笑う。直接触れた頬はちゃんと暖かくて、こうして何にも阻まれずに触れるようになったのはいつだったのだろうかと考える。出会ったばかりの頃は五条の術式により見えない薄い何かに阻まれて触れることは出来なかったはずなのに、いつの間にかそれはなくなっていた。わざわざ伏黒に会う時だけ解いているわけでもないだろうに。その意味を聞いたことは無いけれど、それがどういうことかは分かる。
「光に溶けて消えちゃいそうだなって」
「ふぅん…」
頬を撫でていた伏黒の手を取り上げ、五条が背中を丸めて顔を寄せる。逆光で溶けていた境目が顕になった。鼻先が触れ合う距離で、五条が「これなら消えない?」と言う。人が溶けるわけなんてないのに。分かっているのに何故だか酷く安心して、こくりと頷いてから五条の首に腕を回した。苦しい体勢だろうに何も文句を言わない五条に甘える。
「ね、恵」
「なんですか」
どんな夢を見たのか、もう記憶にはないけれど酷く寂しい気持ちだった。人肌がどうしても恋しくて、五条に触れたくて、いることを確認したくて仕方ない。本当にどんな夢をみてしまったのだろう。
「僕が死んだら恵に取り憑いてあげる。だから恵が死んじゃったら僕に取り憑いてね」
「…なんですか、それ」
「恵が寂しそうな顔してたから」
五条の腕が伏黒にまわされ、ソファの上で不格好に抱き合う。少し苦しくて窮屈なのに、今はそれが正解な気がした。
「ちゃんと、死ぬまで取り憑いてくださいね」
五条の背中越しに見えた天井は眩しかった。
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ふ、と瞼を持ち上げるとタブレット端末を見つめている五条と天井が見えた。寝落ちる前、最後の記憶ではソファに凭れていた筈だったのだけど。
「おはよ」
「…また勝手に膝枕ですか」
伏黒が寝ている間に学長からの呼び出しから戻ってきた五条の仕業らしい。五条がいない間に五条の部屋でうたた寝をするといつもこうだ。勝手に動かされても起きない自分も自分だが。
天井の灯りが五条の白い髪を綺麗に光らせていた。まるで透けているかのように蛍光灯の光と五条とが溶け合っている。寝起きのまだ少し鈍い頭で、五条の頬に手を伸ばす。見ているものは次の仕事の資料だろうに、邪魔したらいけないと思うのに先に手が動いていた。
「…溶けそうですね」
触れた頬には当たり前だが温度があり感触があった。
「なに?どういうこと?」
触れてきた伏黒の手に頬を寄せながら五条が緩く笑う。直接触れた頬はちゃんと暖かくて、こうして何にも阻まれずに触れるようになったのはいつだったのだろうかと考える。出会ったばかりの頃は五条の術式により見えない薄い何かに阻まれて触れることは出来なかったはずなのに、いつの間にかそれはなくなっていた。わざわざ伏黒に会う時だけ解いているわけでもないだろうに。その意味を聞いたことは無いけれど、それがどういうことかは分かる。
「光に溶けて消えちゃいそうだなって」
「ふぅん…」
頬を撫でていた伏黒の手を取り上げ、五条が背中を丸めて顔を寄せる。逆光で溶けていた境目が顕になった。鼻先が触れ合う距離で、五条が「これなら消えない?」と言う。人が溶けるわけなんてないのに。分かっているのに何故だか酷く安心して、こくりと頷いてから五条の首に腕を回した。苦しい体勢だろうに何も文句を言わない五条に甘える。
「ね、恵」
「なんですか」
どんな夢を見たのか、もう記憶にはないけれど酷く寂しい気持ちだった。人肌がどうしても恋しくて、五条に触れたくて、いることを確認したくて仕方ない。本当にどんな夢をみてしまったのだろう。
「僕が死んだら恵に取り憑いてあげる。だから恵が死んじゃったら僕に取り憑いてね」
「…なんですか、それ」
「恵が寂しそうな顔してたから」
五条の腕が伏黒にまわされ、ソファの上で不格好に抱き合う。少し苦しくて窮屈なのに、今はそれが正解な気がした。
「ちゃんと、死ぬまで取り憑いてくださいね」
五条の背中越しに見えた天井は眩しかった。
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「恵。めぐみー、起きてますかー」
布団を握りしめてぼんやりとベッドに腰掛けたままの伏黒にそう声を掛ければ、たっぷり3秒ほどの間があってから首が縦に振られた。昨日は丸一日休み、今日も休み。それもあって無茶をした。たまに、本当にたまにだが、無茶をしすぎた日の伏黒は起きてから暫く使い物にならない。この場合の無茶とは如何わしい意味での無茶である。
ベッドの上でぼんやりとしている伏黒は全身から疲労感を漂わせているが、しかしその中に昨夜の名残を纏わせている。まだ頬には昨夜の赤みが残っている気がするし、唇だってキスのしすぎでまだ色付いている。シャツの隙間から見える首元だとか鎖骨の辺りには当然キスマークだの噛み跡だの好き勝手付いているし、見えていない背中やら太腿やらにも山ほどあるし、シャツを捲り上げれば腰の辺りにはうっすらと五条が掴んだ痕があるかもしれない。兎にも角にも誰が見たって一目で昨夜は随分とお楽しみだったことが分かる有様なのだが、伏黒のこんな姿を見る度にちょっと反省する。といってもこんな無茶苦茶なセックスなんて滅多にしないから次の時にはやっぱり同じ事をするのだけど。そういうセックスになる日は伏黒も分かっていて受け入れてくれるし、乗っかってくれるから余計に。
「水飲める?」
「…のめ、ます」
「本当に?」
掠れてまともに出せていない声でそうは言うものの、五条が手渡したミネラルウォーターのボトルを受け取ったきり動こうとしない。持ち上げる力もないのかもしれないが。
昨日の真夜中、伏黒がとうとう限界を迎えて意識が落ちてしまった後、くたりとした身体を抱えて風呂場に連れて行ってもシャワーを浴びせても着替えさせても起きないくらい精根尽き果てていたから無理もない話かもしれない。ベッドサイドに腰掛け、握ったままのペットボトルを取り上げる。そんな五条の姿を追う伏黒の目はやっぱりまだ少しだけ蕩けていた。
(やりすぎたのは僕だけど反則だなぁ、この目は!)
本人に自覚はないだけに余計に響くものがあるのだが、明日はお互い仕事もあるし今日はゆっくりしないと伏黒の身が持たない。五条程ではないにしろ、職業柄伏黒もそれなりに体力はあるにしたって。
「口開けて」
そう言うと素直に小さく口を開けて見せた伏黒はやっぱり頭がまだ回りきっていない。ペットボトルの中身を少し口に含んでから所謂口移しで飲ませてやれば一切の抵抗もなく素直に飲み下す。あまり変なことをしないようにと、心に浮かんだ出来心を宥めながら淡々とボトルの3分の1程飲ませたところで、伏黒の手の平が五条を遮る。口に入れてしまった分を飲み込んでから「もういい?」と聞けば先程よりは気持ちしっかりと頷く。
しかしそれからもボトルの蓋を閉める五条をじっと見つめるものだから、一体なんだと首を傾げる。
「恵?」
「…きす、しないんですね」
口移しとはいえさっきまでしてたでしょとか、そんな不思議そうな目で見ないでくれだとか、そもそも飲ませた水が口から垂れていて目に毒だとか、言いたいことは山のように浮かんだのだが五条が咄嗟に言えたのは「明日は仕事でしょ!!」だった。
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