薄明
ごじょうさとる×ふしぐろめぐみ
非公式二次創作ブログサイト
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2023年9月の投稿[91件](3ページ目)
2023年9月8日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
形の遺るもの
「もうすぐ卒業だしさ、指輪でも買い行こうか」
ダイニングテーブルで仕事の資料を見るふりをしながら、その実タブレットでペット動画を見ている五条がまるで今日の夕飯どうしようか、なんてノリでそう言い出した。対してその向かいで同じようにタブレット端末で真面目に資料を読み込んでいた伏黒は、さらりと告げられた言葉に数拍遅れてから視線は資料に向けたままに返事を返した。
「急に何言ってんですか」
「卒業したら高専の狭いコミュニティから広い世界に旅立つじゃん?」
そもそも呪術界自体が限りなく狭い世界じゃないか、と言いたいのを飲み込んで続きを待つ。本題までにつらつらと言葉を並べるあたり、どうやら今日の夕飯なんてノリで言い出したわけではないらしい。
「関わる人も増えてくし、ベタに指輪で虫除けしとくのありだな〜って。僕とか特に恵が卒業したのをいいことに声かかりまくるかもだし」
「あんたがあんまりにも口が軽いせいで意味ないですよ。この業界の常識になってますから、俺たちの関係」
あんまりにも、を気持ち強めに言えば五条は口を尖らせて視線を明後日の方に向けた。一応はこの主張に無理があることも、自身の口が軽いことも理解しているようで、タブレットの画面を爪先でこつこつと叩いて次の言葉を探していた。
「……要するに、節目だから形に残るもの用意したいねって話なんだけど」
一定の感覚で続いていた乾いた音が止んで、五条がじっと伏黒を見つめる。伏黒は資料に向けている視線をそのままに、指先で繰り返し小さく上下に画面をスクロールさせた。ぎっしりと詰まった文字が上下に揺れてその形を崩していく。
五条の言いたいことなんて一言目から気付いていた。指輪の意味が分からないほど馬鹿じゃない。しかしだからといって手放しでいいですよとは口に出来なかった。形に残るものなんて、本当は少ないに越したことはない。後の片付けが楽で面倒も少ない。物は重たい。
もう数度画面を上下にスクロールさせて、言葉を選んで、やっと返す。
でもきっと、これは正答ではない。
「…あんまりここに物を残しても、荷物になるでしょ」
「それ、どっちの意味で言ってる?」
伏黒が言い終わるかどうかというところで五条が言葉を差し込み、タブレットを持つ伏黒の手を掴んだ。伏黒の意思で顔を上げろと言っているのだ。
「僕の部屋に物増やして悪いって意味?それとも、先に死ぬのは自分だから遺しても悪いって意味?」
恵、と名前を呼ばれる。それに促されて顔を上げれば、何にも遮られていない五条の目と正面からぶつかる。真っ青なその中に、情けない顔をした自分がいた。今更、形として残るものに怯えている自分がいた。既に手遅れだというのに。
「…後者です。すいません」
正直に伝えれば、肺の中身を全部吐き出すんじゃないかという勢いで五条が大きな溜息を零す。掴んでいた手を離して、今度は伏黒の鼻を摘む。ぐ、なんて格好悪い声が漏れる。
「恵のことだからそうだと思ってたけどさ。死ぬことは当たり前にあるけど、でも死に急げとは教えてないよね?」
「……」
「返事は」
「…ふぁい」
鼻を摘まれたままでは、はい、すらしっかり言えやしない。
「恵が先に死んだらこの部屋にある物、これから買いに行く指輪、全部で恵のこと思い出してやるからね。恵も僕が先に死んだらそうでしょ」
「……ふぁい」
観念して頷けば、満足気に笑った五条が言う。
「物より重いんだよ、僕は。恵に関してはね」
畳む
「もうすぐ卒業だしさ、指輪でも買い行こうか」
ダイニングテーブルで仕事の資料を見るふりをしながら、その実タブレットでペット動画を見ている五条がまるで今日の夕飯どうしようか、なんてノリでそう言い出した。対してその向かいで同じようにタブレット端末で真面目に資料を読み込んでいた伏黒は、さらりと告げられた言葉に数拍遅れてから視線は資料に向けたままに返事を返した。
「急に何言ってんですか」
「卒業したら高専の狭いコミュニティから広い世界に旅立つじゃん?」
そもそも呪術界自体が限りなく狭い世界じゃないか、と言いたいのを飲み込んで続きを待つ。本題までにつらつらと言葉を並べるあたり、どうやら今日の夕飯なんてノリで言い出したわけではないらしい。
「関わる人も増えてくし、ベタに指輪で虫除けしとくのありだな〜って。僕とか特に恵が卒業したのをいいことに声かかりまくるかもだし」
「あんたがあんまりにも口が軽いせいで意味ないですよ。この業界の常識になってますから、俺たちの関係」
あんまりにも、を気持ち強めに言えば五条は口を尖らせて視線を明後日の方に向けた。一応はこの主張に無理があることも、自身の口が軽いことも理解しているようで、タブレットの画面を爪先でこつこつと叩いて次の言葉を探していた。
「……要するに、節目だから形に残るもの用意したいねって話なんだけど」
一定の感覚で続いていた乾いた音が止んで、五条がじっと伏黒を見つめる。伏黒は資料に向けている視線をそのままに、指先で繰り返し小さく上下に画面をスクロールさせた。ぎっしりと詰まった文字が上下に揺れてその形を崩していく。
五条の言いたいことなんて一言目から気付いていた。指輪の意味が分からないほど馬鹿じゃない。しかしだからといって手放しでいいですよとは口に出来なかった。形に残るものなんて、本当は少ないに越したことはない。後の片付けが楽で面倒も少ない。物は重たい。
もう数度画面を上下にスクロールさせて、言葉を選んで、やっと返す。
でもきっと、これは正答ではない。
「…あんまりここに物を残しても、荷物になるでしょ」
「それ、どっちの意味で言ってる?」
伏黒が言い終わるかどうかというところで五条が言葉を差し込み、タブレットを持つ伏黒の手を掴んだ。伏黒の意思で顔を上げろと言っているのだ。
「僕の部屋に物増やして悪いって意味?それとも、先に死ぬのは自分だから遺しても悪いって意味?」
恵、と名前を呼ばれる。それに促されて顔を上げれば、何にも遮られていない五条の目と正面からぶつかる。真っ青なその中に、情けない顔をした自分がいた。今更、形として残るものに怯えている自分がいた。既に手遅れだというのに。
「…後者です。すいません」
正直に伝えれば、肺の中身を全部吐き出すんじゃないかという勢いで五条が大きな溜息を零す。掴んでいた手を離して、今度は伏黒の鼻を摘む。ぐ、なんて格好悪い声が漏れる。
「恵のことだからそうだと思ってたけどさ。死ぬことは当たり前にあるけど、でも死に急げとは教えてないよね?」
「……」
「返事は」
「…ふぁい」
鼻を摘まれたままでは、はい、すらしっかり言えやしない。
「恵が先に死んだらこの部屋にある物、これから買いに行く指輪、全部で恵のこと思い出してやるからね。恵も僕が先に死んだらそうでしょ」
「……ふぁい」
観念して頷けば、満足気に笑った五条が言う。
「物より重いんだよ、僕は。恵に関してはね」
畳む
エチケット
カーテンの隙間から朝日が目蓋を突き抜けて「起きろ!」と声をかけてくる。それに抗おうと強く目蓋を閉じても目の奥がちかちかするだけで、とうとう根負けして五条は目蓋を持ち上げた。爽やかな朝の澄んだ空気に、なにも連絡を寄越さない静かなスマートフォン、朝日に叩き起されるまでぐっすりと寝たお陰で軽い気のする身体。そして極めつけは隣で丸くなって寝ている伏黒。唯一難点を挙げるとすれば、こちらに背中を向けていることくらいだが、まさしくこれは素晴らしい朝の目覚めといえるだろう。2人分の体温で温もった布団の中はいつまでも籠っていたくなる程に心地好い。どうせ今日は朝から晩まで何も無いのだ、もう暫くここでだらけていてもいいだろう。頭の中で言い訳をして、寝返りついでに伏黒の身体に腕を回した。つんつんと跳ねた髪が首元を擽り、抱き締めた腕からは規則正しく呼吸に合わせて胸が上下するのが伝わる。抱き枕としても完璧だった。
「…ったけぇ〜…」
溜息のように吐き出して、より密着するように身体を寄せる。このまま二度寝するのも悪くないと、目を閉じた時だった。
「…ちょっと、腕苦しいですよ」
五条の腕の中でもぞもぞと動き出したかと思ったら、伏黒が寝起きの丸い発音と共に自身を抱き込む腕を軽く叩いた。くあ、と欠伸を零してからもう一度腕を叩く。
「そんな強く腕回してないよ。知ってるくせに」
「寝苦しいんですよ」
「嘘つけ」
「っあ、ちょっと!」
回していた腕を片方だけ解いて、少し身体を持ち上げる。そのまま伏黒に覆い被さるようにして顔を寄せると、五条が何をする気か気がついた伏黒が逃げるように顔を逸らした。腕ごと抱き込まれているから首を傾けるくらいしか抵抗のすべは無いが、意外としぶとく逃げ回る。
「いーじゃん気にしないって」
「俺は気にするんですよ!」
「僕も恵も条件は一緒じゃん」
「一緒でも嫌なんですってば」
「ちぇー」
そのうち伏黒から肘鉄が飛んできそうな予感がして追いかけるのをやめれば、すっかり目の覚めた伏黒が五条の腕を引き剥がした。ベッドの上にあっさり腕は投げ捨てられ、それに視線も向けずに伏黒はベッドから降りる。
「ちょっと潔癖なところあるよね」
「そっちがずぼらなだけですよ」
ぐっと腕を真上に持ち上げて背筋を伸ばした伏黒が、五条を見下ろす。
「…歯、磨いてくるんで。五条さんは俺がお湯沸かしてる間にちゃんと起きて支度してくださいね」
要するにキスがしたいからお前も支度をしろ、ということだ。可愛らしいことを言う。五条が寝起きに伏黒と戯れると、最終的には大体こうして照れ隠しを添えながら布団から連れ出してくれる。伏黒は五条の扱いが上手いのだ。
「ね、支度終わったらここに敷くカーペットか何か買いに行こうよ。やっぱフローリングは冷たいからさ」
五条の言葉に、同じように冬のフローリングに対して思っていたのか伏黒は「ちゃんと起きれたらいいですよ」と返してくれた。
畳む
カーテンの隙間から朝日が目蓋を突き抜けて「起きろ!」と声をかけてくる。それに抗おうと強く目蓋を閉じても目の奥がちかちかするだけで、とうとう根負けして五条は目蓋を持ち上げた。爽やかな朝の澄んだ空気に、なにも連絡を寄越さない静かなスマートフォン、朝日に叩き起されるまでぐっすりと寝たお陰で軽い気のする身体。そして極めつけは隣で丸くなって寝ている伏黒。唯一難点を挙げるとすれば、こちらに背中を向けていることくらいだが、まさしくこれは素晴らしい朝の目覚めといえるだろう。2人分の体温で温もった布団の中はいつまでも籠っていたくなる程に心地好い。どうせ今日は朝から晩まで何も無いのだ、もう暫くここでだらけていてもいいだろう。頭の中で言い訳をして、寝返りついでに伏黒の身体に腕を回した。つんつんと跳ねた髪が首元を擽り、抱き締めた腕からは規則正しく呼吸に合わせて胸が上下するのが伝わる。抱き枕としても完璧だった。
「…ったけぇ〜…」
溜息のように吐き出して、より密着するように身体を寄せる。このまま二度寝するのも悪くないと、目を閉じた時だった。
「…ちょっと、腕苦しいですよ」
五条の腕の中でもぞもぞと動き出したかと思ったら、伏黒が寝起きの丸い発音と共に自身を抱き込む腕を軽く叩いた。くあ、と欠伸を零してからもう一度腕を叩く。
「そんな強く腕回してないよ。知ってるくせに」
「寝苦しいんですよ」
「嘘つけ」
「っあ、ちょっと!」
回していた腕を片方だけ解いて、少し身体を持ち上げる。そのまま伏黒に覆い被さるようにして顔を寄せると、五条が何をする気か気がついた伏黒が逃げるように顔を逸らした。腕ごと抱き込まれているから首を傾けるくらいしか抵抗のすべは無いが、意外としぶとく逃げ回る。
「いーじゃん気にしないって」
「俺は気にするんですよ!」
「僕も恵も条件は一緒じゃん」
「一緒でも嫌なんですってば」
「ちぇー」
そのうち伏黒から肘鉄が飛んできそうな予感がして追いかけるのをやめれば、すっかり目の覚めた伏黒が五条の腕を引き剥がした。ベッドの上にあっさり腕は投げ捨てられ、それに視線も向けずに伏黒はベッドから降りる。
「ちょっと潔癖なところあるよね」
「そっちがずぼらなだけですよ」
ぐっと腕を真上に持ち上げて背筋を伸ばした伏黒が、五条を見下ろす。
「…歯、磨いてくるんで。五条さんは俺がお湯沸かしてる間にちゃんと起きて支度してくださいね」
要するにキスがしたいからお前も支度をしろ、ということだ。可愛らしいことを言う。五条が寝起きに伏黒と戯れると、最終的には大体こうして照れ隠しを添えながら布団から連れ出してくれる。伏黒は五条の扱いが上手いのだ。
「ね、支度終わったらここに敷くカーペットか何か買いに行こうよ。やっぱフローリングは冷たいからさ」
五条の言葉に、同じように冬のフローリングに対して思っていたのか伏黒は「ちゃんと起きれたらいいですよ」と返してくれた。
畳む
名前だけの星
都会の空に星が少ない、とはよく言う話だ。実際任務でどこぞの田舎に行った時は都内よりずっと星明かりが見えた気がした。空も広く感じたのは背の高い建物が少ない他にもこうして星々がよく見えるのもあるのだろう。
星座の名前なんて小さい時に津美紀が言っていたものしか分からない。ましてや空のどこにあるのかなんて当然分かるわけがなかった。実物は知らずに名前だけを知識として頭の片隅に置きながら空を見上げれば、やはりどこに何があるのかさっぱり分からなかった。
「恵、鼻真っ赤」
「…あんたがさぼってるから」
人通りの少ない深夜の住宅街。星がすっかり人工的な光に押されて姿を隠してしまったお陰で、伏黒と五条を照らすのは味気ない街路灯だけだ。頭上からは白熱灯に近寄っては縋る虫の羽音がする。
冬の夜はひどく寒い。五条が任務をこなした伏黒をたった5分待たせるだけでポケットに突っ込んでいる手は冷えきっているし、鼻の頭だけじゃなくて頬だって真っ赤になっているだろう。
「生徒をほったらかしてスイーツ買いに行ってていいんですか。引率でしょう」
「このくらい1人でも問題ないでしょ。恵のこと信頼して任せてるんじゃん」
「そのうち学長に本気で叱られますよ」
伏黒の言葉にくつくつと五条が笑った。手に持っていた見るからに高そうな店の紙袋が僅かに音を立てる。暗に「チクらない癖に」なんて言っているのだ。
「叱られるのは嫌だなぁ」
思ってもないことを言う。
紙袋を持っていない方の手が伸びてきて伏黒の腕を掴んだ。そのまま五条の方へと無理矢理引かれて、ポケットから手のひらが飛び出した。爪先がきんと冷えて、代わりに唇にじゅわりと熱が乗る。
「……ここ、どこだと思ってるんですか」
「これで内緒にしてくれる?」
伏黒の問いには答えずに許されることを分かっていて許しを乞う。はぁ、と伏黒は溜息を吐き出した。
安い賄賂だ。キスひとつ、雰囲気にしたって都会の空は星が足りなくて風情が足りない。街路灯に集まる羽虫達が呆れたように飛び回っては白熱灯にぶつかっていく。そんな耳に入る音すら、俗っぽい。何もかもが安い。
「…どうせ俺の分もあるんでしょう。それ。仕方ないから買われてあげますよ」
「よく分かってんじゃん」
手に持っていた紙袋を指させば無事に許された事に五条が笑う。
そうして五条に腕を引かれて街路灯の下から抜け出して、つい今しがたの悪事から逃げる。しかしこんな悪事、どうせ見ているのはそのうち白熱灯に焼かれて死ぬ名前も知らない羽虫と、名前しか知らないどこにあるかも分からない星だけだった。
畳む
都会の空に星が少ない、とはよく言う話だ。実際任務でどこぞの田舎に行った時は都内よりずっと星明かりが見えた気がした。空も広く感じたのは背の高い建物が少ない他にもこうして星々がよく見えるのもあるのだろう。
星座の名前なんて小さい時に津美紀が言っていたものしか分からない。ましてや空のどこにあるのかなんて当然分かるわけがなかった。実物は知らずに名前だけを知識として頭の片隅に置きながら空を見上げれば、やはりどこに何があるのかさっぱり分からなかった。
「恵、鼻真っ赤」
「…あんたがさぼってるから」
人通りの少ない深夜の住宅街。星がすっかり人工的な光に押されて姿を隠してしまったお陰で、伏黒と五条を照らすのは味気ない街路灯だけだ。頭上からは白熱灯に近寄っては縋る虫の羽音がする。
冬の夜はひどく寒い。五条が任務をこなした伏黒をたった5分待たせるだけでポケットに突っ込んでいる手は冷えきっているし、鼻の頭だけじゃなくて頬だって真っ赤になっているだろう。
「生徒をほったらかしてスイーツ買いに行ってていいんですか。引率でしょう」
「このくらい1人でも問題ないでしょ。恵のこと信頼して任せてるんじゃん」
「そのうち学長に本気で叱られますよ」
伏黒の言葉にくつくつと五条が笑った。手に持っていた見るからに高そうな店の紙袋が僅かに音を立てる。暗に「チクらない癖に」なんて言っているのだ。
「叱られるのは嫌だなぁ」
思ってもないことを言う。
紙袋を持っていない方の手が伸びてきて伏黒の腕を掴んだ。そのまま五条の方へと無理矢理引かれて、ポケットから手のひらが飛び出した。爪先がきんと冷えて、代わりに唇にじゅわりと熱が乗る。
「……ここ、どこだと思ってるんですか」
「これで内緒にしてくれる?」
伏黒の問いには答えずに許されることを分かっていて許しを乞う。はぁ、と伏黒は溜息を吐き出した。
安い賄賂だ。キスひとつ、雰囲気にしたって都会の空は星が足りなくて風情が足りない。街路灯に集まる羽虫達が呆れたように飛び回っては白熱灯にぶつかっていく。そんな耳に入る音すら、俗っぽい。何もかもが安い。
「…どうせ俺の分もあるんでしょう。それ。仕方ないから買われてあげますよ」
「よく分かってんじゃん」
手に持っていた紙袋を指させば無事に許された事に五条が笑う。
そうして五条に腕を引かれて街路灯の下から抜け出して、つい今しがたの悪事から逃げる。しかしこんな悪事、どうせ見ているのはそのうち白熱灯に焼かれて死ぬ名前も知らない羽虫と、名前しか知らないどこにあるかも分からない星だけだった。
畳む
不器用
ごじょ誕
病院、というものが少し苦手だ。仄かに香る薬品の臭いや、歩けばいやに響く床、これから死ぬ人とこれから生きる人が混在した空気、慌ただしく駆けていく誰かの気配。津美紀が眠っている病院は五条が手配しただけあって大きくて、余計にその生きるだとか死ぬだとかそういうものが生々しい場所だった。ここにずっといる方が生気だとか目に見えない何かが真っ白な壁に吸い込まれて死んでしまうんじゃないか、そんな気すらしていた。起きるのを待つしかない、というのは嫌な想像ばかり掻き立てる。
今日も津美紀は静かに寝息だけを立てていた。
見舞いの品を持っていっても減りやしないから自然と何かを持っていくのはやめた。ぽつりぽつりと最近あったことを話して、それでも瞼はぴくりとも動かない。元々大して話すことがあるでもない日常だ、あっという間に話すことはなくなってベッド脇のパイプ椅子の上で自然と口数が減っていく。
「お見舞い、付き合ってもらってすいません」
「いーよ。今日休みだし、たまには僕も様子見ないとだし」
何となくその無言が気まずくて、そう詫びれば伏黒の考えていることを読んだのか気にするなと頭を小突かれた。
「…今日、誕生日でしょう」
しおらしい。いつもはこんなこと言わない。なのにこうして病室に入ると色々な事が思い出されて急に弱気になる。去年までは津美紀が主催で五条のも伏黒のも誕生日を祝っていたことを思い出して尚のこと。何もかも世話になっている癖に伏黒はそういう祝い事に関してとんと不器用だった。
「だからいいって」
だから気にするなと再度頭を小突かれる。横目で見た五条は緩く目を細めて笑っていた。
津美紀は何も知らない。津美紀が寝ている間に伏黒がもうすぐ中学を卒業することも、今住んでいる家を引き払って寮に入ってしまうことも、五条と伏黒の関係が変わったことも。今の五条の目が、津美紀には向けられたことがないものだということも。
五条の指先が頬に柔く刺さる。不格好に頬が歪む。五条との関係が変わって、初めての誕生日だった。伏黒は祝い事を祝うのが下手くそだ。この部屋にいれば、尚のこと。
「じゃあ津美紀が起きた時に2人で今年の分とまとめて祝ってよ。今年はツケってことでさ」
「誕生日のツケって」
大事な人の大事な日に何かをしてやる、そういう優しさを津美紀から教わって、五条からも教わっている。それでも伏黒はまだ上手く教わったことを行動に移せない。
「だから僕より先に死なないでよ」
それはちょっと、荷が重いな。なんて言えなかった。
畳む
ごじょ誕
病院、というものが少し苦手だ。仄かに香る薬品の臭いや、歩けばいやに響く床、これから死ぬ人とこれから生きる人が混在した空気、慌ただしく駆けていく誰かの気配。津美紀が眠っている病院は五条が手配しただけあって大きくて、余計にその生きるだとか死ぬだとかそういうものが生々しい場所だった。ここにずっといる方が生気だとか目に見えない何かが真っ白な壁に吸い込まれて死んでしまうんじゃないか、そんな気すらしていた。起きるのを待つしかない、というのは嫌な想像ばかり掻き立てる。
今日も津美紀は静かに寝息だけを立てていた。
見舞いの品を持っていっても減りやしないから自然と何かを持っていくのはやめた。ぽつりぽつりと最近あったことを話して、それでも瞼はぴくりとも動かない。元々大して話すことがあるでもない日常だ、あっという間に話すことはなくなってベッド脇のパイプ椅子の上で自然と口数が減っていく。
「お見舞い、付き合ってもらってすいません」
「いーよ。今日休みだし、たまには僕も様子見ないとだし」
何となくその無言が気まずくて、そう詫びれば伏黒の考えていることを読んだのか気にするなと頭を小突かれた。
「…今日、誕生日でしょう」
しおらしい。いつもはこんなこと言わない。なのにこうして病室に入ると色々な事が思い出されて急に弱気になる。去年までは津美紀が主催で五条のも伏黒のも誕生日を祝っていたことを思い出して尚のこと。何もかも世話になっている癖に伏黒はそういう祝い事に関してとんと不器用だった。
「だからいいって」
だから気にするなと再度頭を小突かれる。横目で見た五条は緩く目を細めて笑っていた。
津美紀は何も知らない。津美紀が寝ている間に伏黒がもうすぐ中学を卒業することも、今住んでいる家を引き払って寮に入ってしまうことも、五条と伏黒の関係が変わったことも。今の五条の目が、津美紀には向けられたことがないものだということも。
五条の指先が頬に柔く刺さる。不格好に頬が歪む。五条との関係が変わって、初めての誕生日だった。伏黒は祝い事を祝うのが下手くそだ。この部屋にいれば、尚のこと。
「じゃあ津美紀が起きた時に2人で今年の分とまとめて祝ってよ。今年はツケってことでさ」
「誕生日のツケって」
大事な人の大事な日に何かをしてやる、そういう優しさを津美紀から教わって、五条からも教わっている。それでも伏黒はまだ上手く教わったことを行動に移せない。
「だから僕より先に死なないでよ」
それはちょっと、荷が重いな。なんて言えなかった。
畳む
自慢したがり
五条悟は何かと目立つ人間である。ただぼんやりと改札を抜けた先にある時計台の前に立っているだけで人目を集める程に。飛び抜けた背丈と珍しい髪の色と顔立ち、パッと見だけでもう目立つ。目立ちすぎて逆にナンパの声も掛かりやしない。待ち合わせ場所にいる五条を見て伏黒は内心で溜息を吐き出した。慣れているとはいえ、注目の的になっている人のところに鈍い振りをして行くのは好きじゃない。どうしたって目立つ人だから仕方の無いことだけど。
気は進まないが、しかし久しぶりのデートは伏黒が向かわないことには始まらない。
いやに真剣な顔でスマートフォンの画面をスクロールしている五条は珍しくジャケットなんて羽織って少しめかしこんでいた。黒のジャケットに白のタートルネック。普段の五条だったらもう少し緩い格好をしてくると思ったのに、シンプルながらもちゃんとした格好に少し驚く。服装も相まって更に注目を浴びる人間の前に出るにはワイシャツにニット、ジーンズなんて伏黒の格好じゃ少し浮いてしまう気がした。
「先に言っといてくださいよ。そしたら俺ももう少しちゃんとした格好で来たのに」
目の前に立ってそう言えば、やっと画面から目を離した五条が「恵」と笑った。
「デートなんて久しぶりだからかっこつけたくなっちゃって」
「…俺もかっこつけてくればよかった」
呟けばサングラスの向こうの瞳が細められる。
五条を見つめていた数多の視線が、その彼の前に平然と現れた伏黒にも流れてくる。慣れているとはいえ、あまり気分のいいものではなかった。
「今日の恵も惚れ直しちゃいそうなくらいかっこいいよ」
「よく言う」
五条が手に持っていたスマートフォンを奪い取って、洒落こんだジャケットのポケットにねじ込む。軽口への照れ隠しも含まれていることに、五条が気付いていないわけもない。
伏黒のそれを合図に五条は伏黒の肩に腕を回して時計台の前から一歩踏み出した。長い足の大きい1歩につられて伏黒もその場から歩き出す。今度は視線が伏黒と五条の背中にちくちくと刺さったが、五条が回した腕がその視線へ向けての自慢したがりなのを知っている。無遠慮な視線は好きじゃないが、五条がこうして要らぬ自慢をしたがるのは嫌いじゃなかった。
「さっき恵が好きそうなご飯屋さん見つけたからそこでいい?」
「いいですよ」
しかしいつの間に移ったのか、大概伏黒も自慢したがりになった。背中の視線は知らないだろうが、伏黒の恋人はかっこいいのだ。
畳む
五条悟は何かと目立つ人間である。ただぼんやりと改札を抜けた先にある時計台の前に立っているだけで人目を集める程に。飛び抜けた背丈と珍しい髪の色と顔立ち、パッと見だけでもう目立つ。目立ちすぎて逆にナンパの声も掛かりやしない。待ち合わせ場所にいる五条を見て伏黒は内心で溜息を吐き出した。慣れているとはいえ、注目の的になっている人のところに鈍い振りをして行くのは好きじゃない。どうしたって目立つ人だから仕方の無いことだけど。
気は進まないが、しかし久しぶりのデートは伏黒が向かわないことには始まらない。
いやに真剣な顔でスマートフォンの画面をスクロールしている五条は珍しくジャケットなんて羽織って少しめかしこんでいた。黒のジャケットに白のタートルネック。普段の五条だったらもう少し緩い格好をしてくると思ったのに、シンプルながらもちゃんとした格好に少し驚く。服装も相まって更に注目を浴びる人間の前に出るにはワイシャツにニット、ジーンズなんて伏黒の格好じゃ少し浮いてしまう気がした。
「先に言っといてくださいよ。そしたら俺ももう少しちゃんとした格好で来たのに」
目の前に立ってそう言えば、やっと画面から目を離した五条が「恵」と笑った。
「デートなんて久しぶりだからかっこつけたくなっちゃって」
「…俺もかっこつけてくればよかった」
呟けばサングラスの向こうの瞳が細められる。
五条を見つめていた数多の視線が、その彼の前に平然と現れた伏黒にも流れてくる。慣れているとはいえ、あまり気分のいいものではなかった。
「今日の恵も惚れ直しちゃいそうなくらいかっこいいよ」
「よく言う」
五条が手に持っていたスマートフォンを奪い取って、洒落こんだジャケットのポケットにねじ込む。軽口への照れ隠しも含まれていることに、五条が気付いていないわけもない。
伏黒のそれを合図に五条は伏黒の肩に腕を回して時計台の前から一歩踏み出した。長い足の大きい1歩につられて伏黒もその場から歩き出す。今度は視線が伏黒と五条の背中にちくちくと刺さったが、五条が回した腕がその視線へ向けての自慢したがりなのを知っている。無遠慮な視線は好きじゃないが、五条がこうして要らぬ自慢をしたがるのは嫌いじゃなかった。
「さっき恵が好きそうなご飯屋さん見つけたからそこでいい?」
「いいですよ」
しかしいつの間に移ったのか、大概伏黒も自慢したがりになった。背中の視線は知らないだろうが、伏黒の恋人はかっこいいのだ。
畳む
暑さ対策
おめぐの影のこと、便利アイテムだと思ってる
影の中は涼しいらしい。夏場になるとデートの際の移動手段は五条の影になる伏黒の話だ。日の当たらない日陰は涼しいのだからある意味道理だが、伏黒のように人の影の中に潜れるわけでないから五条は想像することしか出来ないのだけど。物を影の中にしまえるのだから人間も少しくらいしまえないのか、と聞いたところ「でも、俺は五条さんの影に入る方が好きだから」とやんわりと断りになってない断り方をされてしまった。人を入れるために色々呪力を調整するのが面倒で、五条が喜びそうな言葉で暗に「だから俺の影に入ってくれるな」と言っているのは分かっているのだが「好きだから」と言われてしまえば気分は悪くない。そうして呆気なく五条は伏黒の影にお邪魔するのは諦めて、タクシー代わりを務めることにした、のだが。
「恵ぃ〜アイスくらい出て食べなよ」
「暑いんで」
「それが夏ってもんでしょうが」
コンビニの駐車場にある金属製の突っ込み防止柵は夏の日差しで焼けそうな程に熱い。腰掛けた部分が熱されて汗が滲む。しかし伏黒はそんなことには一切構わずに、五条が買った氷形のアイスを摘んでいた。アイスの入ったカップを柵に手で支えながら置いて、そこに出来た僅かな影から伏黒の手だけが生えている。1つ摘んでは中に引っ込み、また出てきては1つ摘む。顔も出さずに器用なものだと思うが、カップを支える五条は相変わらず熱光線に焼かれている。出てきてよと言っても嫌だと呆気なく断られてしまい、サングラス越しにコンビニの前にある情緒もなにもない道路を眺めるしか出来なかった。これで目の前に真っ青な海でもあれば少しは絵になったのかもしれないが、生憎ここは都会のど真ん中のコンビニで、海なんてどこにもありはしないのだけど。
「溶けちゃったらどうしよ」
流れる汗に五条の一部も溶けだしていそうで、このまま夏の陽射しに晒されていたら五条が食べている濃厚チョコの棒アイスのように小さくなって無くなってしまうかもしれない。そんなことを伝えたら「馬鹿なこと言わないで下さい」なんてつれない返事が返ってくるかと思っていたのだが、予想に反した答えが返ってきた。
「それだと俺が夏困るので、溶けずにいてください」
いつの間にか五条の手元の影から顔を覗かせた伏黒がじっとこちらを見ていた。汗が顎を伝う五条とは違って涼しい顔をしている伏黒はそれだけ言うと五条の手からカップを奪い去ってあっという間に元の場所へと戻っていく。そうして音もなく消えてしまった伏黒に笑いを噛み殺しながら「来年はもっとちゃんと暑さ対策します」と返した。
畳む
おめぐの影のこと、便利アイテムだと思ってる
影の中は涼しいらしい。夏場になるとデートの際の移動手段は五条の影になる伏黒の話だ。日の当たらない日陰は涼しいのだからある意味道理だが、伏黒のように人の影の中に潜れるわけでないから五条は想像することしか出来ないのだけど。物を影の中にしまえるのだから人間も少しくらいしまえないのか、と聞いたところ「でも、俺は五条さんの影に入る方が好きだから」とやんわりと断りになってない断り方をされてしまった。人を入れるために色々呪力を調整するのが面倒で、五条が喜びそうな言葉で暗に「だから俺の影に入ってくれるな」と言っているのは分かっているのだが「好きだから」と言われてしまえば気分は悪くない。そうして呆気なく五条は伏黒の影にお邪魔するのは諦めて、タクシー代わりを務めることにした、のだが。
「恵ぃ〜アイスくらい出て食べなよ」
「暑いんで」
「それが夏ってもんでしょうが」
コンビニの駐車場にある金属製の突っ込み防止柵は夏の日差しで焼けそうな程に熱い。腰掛けた部分が熱されて汗が滲む。しかし伏黒はそんなことには一切構わずに、五条が買った氷形のアイスを摘んでいた。アイスの入ったカップを柵に手で支えながら置いて、そこに出来た僅かな影から伏黒の手だけが生えている。1つ摘んでは中に引っ込み、また出てきては1つ摘む。顔も出さずに器用なものだと思うが、カップを支える五条は相変わらず熱光線に焼かれている。出てきてよと言っても嫌だと呆気なく断られてしまい、サングラス越しにコンビニの前にある情緒もなにもない道路を眺めるしか出来なかった。これで目の前に真っ青な海でもあれば少しは絵になったのかもしれないが、生憎ここは都会のど真ん中のコンビニで、海なんてどこにもありはしないのだけど。
「溶けちゃったらどうしよ」
流れる汗に五条の一部も溶けだしていそうで、このまま夏の陽射しに晒されていたら五条が食べている濃厚チョコの棒アイスのように小さくなって無くなってしまうかもしれない。そんなことを伝えたら「馬鹿なこと言わないで下さい」なんてつれない返事が返ってくるかと思っていたのだが、予想に反した答えが返ってきた。
「それだと俺が夏困るので、溶けずにいてください」
いつの間にか五条の手元の影から顔を覗かせた伏黒がじっとこちらを見ていた。汗が顎を伝う五条とは違って涼しい顔をしている伏黒はそれだけ言うと五条の手からカップを奪い去ってあっという間に元の場所へと戻っていく。そうして音もなく消えてしまった伏黒に笑いを噛み殺しながら「来年はもっとちゃんと暑さ対策します」と返した。
畳む
キュートアグレッション
えろくはないが最中
最近よく齧られる。呼び出した玉犬やら脱兎やら、はたまた蛾蟇にではなく、五条によく齧られるのだ。こと最近の気に入りは伏黒の頬らしく、泊まった日の朝鏡を見るとうっすらと歯型が付いていることがある。いくら1度寝たらなかなか起きないとはいえ、寝ている間に人の頬を齧るものではないと何度言ってもやめやしない。これが起きて朝の支度をしていれば消える程度に薄いものだから、変なところだけ器用なものだった。
「寝てる間に齧るなって言いましたよね?」
「だってほら、可愛い子は齧れって言うじゃん?」
「言いませんけど」
今日も起きて洗面台に行けば頬にうっすらと歯型が見えて、一足先に起きてキッチンに立つ五条に言えばさも当たり前のように返される。可愛い子に旅はさせても、頬は齧らない。
「んー…でも恵って可愛くて美味しそうなんだもん」
見上げる伏黒の頬に手が伸ばされて、そのままキスをするような自然な流れで消えかかっていた歯型と同じ場所に軽く歯を立てられる。痛くもない甘噛みをされるのにもすっかり慣れてしまった。頬に歯型が残っている度に一応注意はするが、効果があるとはもう思っていない。形だけでも言わないと調子に乗りそうだから、一応言っているのだ。
「可愛いと美味しそうってことですか」
「そんな感じかなぁ?」
一頻り人の頬を楽しんでから宥めるようにキスを落とすものだから、いつもそこで伏黒の厳重注意は終わってしまうのだった。
__
「っん……」
「苦しくない?」
「だい、じょうぶです」
息を吐き出して身体の力を抜く。何度も身体を重ねて自然と慣れてはきたが、それでも胎内に収める一番最初の瞬間は少しだけ苦しい。最初が入れば後はすんなりいくのだけど。
この瞬間だけ眉間に小さな皺が寄ってしまうが、それを五条が人差し指で伸ばしてくるのが案外嫌いではなかった。もう少し自分本位に動いたっていいのに、伏黒が落ち着くのを待ってくれているのだと知っているから。浅く呼吸を繰り返して、まだそれなりに思考がはっきりしている頭で目の前にある五条の顔を見る。伏黒に覆い被さるようにしている五条の額には少し汗が滲んでいて、首元が赤い。本当はさっさと全部収めてしまいたいのに、それを我慢しているのを隠すように余裕な顔をしている。目の奥じゃ早く、なんてせがんでいるのに。
「…めぐみ?」
まだ腕を動かす力があるうちに五条の顔を引き寄せて鼻先に歯を立てる。いつも伏黒にしてくるように軽く、けれど歯型くらいは残せるように。近すぎてぼやけるものの、五条が目を丸くしているのは分かった。ぱっと口を離せば、綺麗な鼻筋に不格好な歯型がいて、ちょっと間抜けだ。ちょっと間抜けで、可愛らしい。
「め、めぐみ?」
「可愛くて食べちゃいたい、って、こういうことですね」
伏黒の為に我慢して、気遣ってくれて、でもその実あまり必死さを隠しきれていない。そういうところが可愛いのだと伝えれば伏黒の胸元に五条の頭が降ってくる。ぐりぐりと頭を押し付けられて、髪が擽ったい。
「も〜〜……そういうこと言うのやめてよ…恵が可愛すぎて出る」
そのあんまりにも情けない声に可愛いと言えば、仕返しとばかりに頬を齧られた。
畳む
えろくはないが最中
最近よく齧られる。呼び出した玉犬やら脱兎やら、はたまた蛾蟇にではなく、五条によく齧られるのだ。こと最近の気に入りは伏黒の頬らしく、泊まった日の朝鏡を見るとうっすらと歯型が付いていることがある。いくら1度寝たらなかなか起きないとはいえ、寝ている間に人の頬を齧るものではないと何度言ってもやめやしない。これが起きて朝の支度をしていれば消える程度に薄いものだから、変なところだけ器用なものだった。
「寝てる間に齧るなって言いましたよね?」
「だってほら、可愛い子は齧れって言うじゃん?」
「言いませんけど」
今日も起きて洗面台に行けば頬にうっすらと歯型が見えて、一足先に起きてキッチンに立つ五条に言えばさも当たり前のように返される。可愛い子に旅はさせても、頬は齧らない。
「んー…でも恵って可愛くて美味しそうなんだもん」
見上げる伏黒の頬に手が伸ばされて、そのままキスをするような自然な流れで消えかかっていた歯型と同じ場所に軽く歯を立てられる。痛くもない甘噛みをされるのにもすっかり慣れてしまった。頬に歯型が残っている度に一応注意はするが、効果があるとはもう思っていない。形だけでも言わないと調子に乗りそうだから、一応言っているのだ。
「可愛いと美味しそうってことですか」
「そんな感じかなぁ?」
一頻り人の頬を楽しんでから宥めるようにキスを落とすものだから、いつもそこで伏黒の厳重注意は終わってしまうのだった。
__
「っん……」
「苦しくない?」
「だい、じょうぶです」
息を吐き出して身体の力を抜く。何度も身体を重ねて自然と慣れてはきたが、それでも胎内に収める一番最初の瞬間は少しだけ苦しい。最初が入れば後はすんなりいくのだけど。
この瞬間だけ眉間に小さな皺が寄ってしまうが、それを五条が人差し指で伸ばしてくるのが案外嫌いではなかった。もう少し自分本位に動いたっていいのに、伏黒が落ち着くのを待ってくれているのだと知っているから。浅く呼吸を繰り返して、まだそれなりに思考がはっきりしている頭で目の前にある五条の顔を見る。伏黒に覆い被さるようにしている五条の額には少し汗が滲んでいて、首元が赤い。本当はさっさと全部収めてしまいたいのに、それを我慢しているのを隠すように余裕な顔をしている。目の奥じゃ早く、なんてせがんでいるのに。
「…めぐみ?」
まだ腕を動かす力があるうちに五条の顔を引き寄せて鼻先に歯を立てる。いつも伏黒にしてくるように軽く、けれど歯型くらいは残せるように。近すぎてぼやけるものの、五条が目を丸くしているのは分かった。ぱっと口を離せば、綺麗な鼻筋に不格好な歯型がいて、ちょっと間抜けだ。ちょっと間抜けで、可愛らしい。
「め、めぐみ?」
「可愛くて食べちゃいたい、って、こういうことですね」
伏黒の為に我慢して、気遣ってくれて、でもその実あまり必死さを隠しきれていない。そういうところが可愛いのだと伝えれば伏黒の胸元に五条の頭が降ってくる。ぐりぐりと頭を押し付けられて、髪が擽ったい。
「も〜〜……そういうこと言うのやめてよ…恵が可愛すぎて出る」
そのあんまりにも情けない声に可愛いと言えば、仕返しとばかりに頬を齧られた。
畳む
偏頭痛(side五)
無下限に夢見てる
「めぐみぃ……めぐみ…」
今にも消えそうな声で伏黒を呼びながら五条が布団の中で丸くなっている。カーテンも閉められて電気も消された寝室は昼間なのに少しだけ薄暗い。遮光カーテンだから余計に。用意した氷嚢を更にタオルで包んで、たったそれだけの短い時間で何回呼ばれたことか。伏黒を呼ぶ声は随分と弱々しくて、ここまで重症なのは久しぶりだった。
五条は時折こうして布団にくるまって動けなくなる。反転術式で常に脳を修復している反動だと本人は言っていたが、常に頭が痛いのだという。普段はすっかり慣れきって気にもしていないというが、ごくごく稀に、こうして布団の中で小さく丸くなって伏黒を呼ぶしかできなくなる時があるのだ。
「五条さん、薬は?」
ベッド脇に腰掛けて布団を捲れば、それすら眩しいのか少しだけ目を眇めた。サイドチェストの上に手を付けられてないコップと頭痛薬があったから飲んでいないのは明白だが、一応聞いてみれば「効かないから飲んでない」と言った。
「気休めでも飲まないと。用意してる間に飲んでって言ったでしょう」
「起きるのもしんどい」
「仕方ない…」
そう言いながら五条の視界を隠すようにタオルで包んだ氷嚢を瞳の上に置く。頭痛には冷やすといい、とどこかのネット記事で読んだのだが五条には意外と効くらしく、こうして冷やしてやればいつも気持ちよさそうに息を吐き出した。
「ちょっと口開けてください」
手を付けられていなかった錠剤を五条の口に放り込み、伏黒はコップの中身を1口含んだ。氷嚢で視界を隠したまま、開けられた五条の口に伏黒の口から直接水を流し込む。多少ぬるくはなってしまっただろうが、五条は冷えた水を錠剤と一緒にすぐ飲み干した。それから追加でもう二口ほど口移しで飲ませれば、氷嚢を押さえていた伏黒の手に五条の手が重ねられる。
ずらされた氷嚢の隙間から、潤んだ瞳が伏黒を見た。
「こういうの、元気な時にしてほしい…」
「軽口叩けるならもう大丈夫ですね」
五条の手を振り払い、もう一度視界を冷やしてやれば少しだけ持ち直した五条が「まだ面倒見ててよ」と、先程よりはちょっとだけ元気になった声で言った。
畳む
無下限に夢見てる
「めぐみぃ……めぐみ…」
今にも消えそうな声で伏黒を呼びながら五条が布団の中で丸くなっている。カーテンも閉められて電気も消された寝室は昼間なのに少しだけ薄暗い。遮光カーテンだから余計に。用意した氷嚢を更にタオルで包んで、たったそれだけの短い時間で何回呼ばれたことか。伏黒を呼ぶ声は随分と弱々しくて、ここまで重症なのは久しぶりだった。
五条は時折こうして布団にくるまって動けなくなる。反転術式で常に脳を修復している反動だと本人は言っていたが、常に頭が痛いのだという。普段はすっかり慣れきって気にもしていないというが、ごくごく稀に、こうして布団の中で小さく丸くなって伏黒を呼ぶしかできなくなる時があるのだ。
「五条さん、薬は?」
ベッド脇に腰掛けて布団を捲れば、それすら眩しいのか少しだけ目を眇めた。サイドチェストの上に手を付けられてないコップと頭痛薬があったから飲んでいないのは明白だが、一応聞いてみれば「効かないから飲んでない」と言った。
「気休めでも飲まないと。用意してる間に飲んでって言ったでしょう」
「起きるのもしんどい」
「仕方ない…」
そう言いながら五条の視界を隠すようにタオルで包んだ氷嚢を瞳の上に置く。頭痛には冷やすといい、とどこかのネット記事で読んだのだが五条には意外と効くらしく、こうして冷やしてやればいつも気持ちよさそうに息を吐き出した。
「ちょっと口開けてください」
手を付けられていなかった錠剤を五条の口に放り込み、伏黒はコップの中身を1口含んだ。氷嚢で視界を隠したまま、開けられた五条の口に伏黒の口から直接水を流し込む。多少ぬるくはなってしまっただろうが、五条は冷えた水を錠剤と一緒にすぐ飲み干した。それから追加でもう二口ほど口移しで飲ませれば、氷嚢を押さえていた伏黒の手に五条の手が重ねられる。
ずらされた氷嚢の隙間から、潤んだ瞳が伏黒を見た。
「こういうの、元気な時にしてほしい…」
「軽口叩けるならもう大丈夫ですね」
五条の手を振り払い、もう一度視界を冷やしてやれば少しだけ持ち直した五条が「まだ面倒見ててよ」と、先程よりはちょっとだけ元気になった声で言った。
畳む
早寝遅起き
「ん」
「……ありがと…?」
風呂から上がってリビングに伏黒がいないと思っていたら寝室にいた。五条が風呂に入っている間にちゃっかりリビングの片付けも全部済まして、なんなら電気まで消して、すっかり寝るための準備をして。
今すぐ寝室に来いと言わんばかりの様子に誘われるままに向かえば、ベッドのど真ん中に伏黒が胡座をかいて座っていて、五条を見るなり「ん」とだけ言ってから両手を広げたのだ。この広げられた両腕に五条が何をしないといけないのかは分かる。が、真意は読めない。頭の中にクエスチョンマークをいくつも浮かべながらも有難く両腕を広げて伏黒を抱き締めれば、五条と同じシャンプーとボディーソープの香りがした。湯上りの温もりがまだ伏黒の中に残っていて、それがまた心地よい。
「あったかー……」
全身から伝わる温もりに感じ入るように思わず瞳を閉じれば、身体が重くなった気がした。
重くなった身体と重力に従って伏黒ごとベッドへと倒れ込めば、何も言うことなく五条の下敷きになる。ベッドのスプリングが軋んだ音を立てた。肩口に顔を埋めた五条に擦り寄るように伏黒が頬を寄せる。
「寝ますよ」
「んー?」
「今日はこのまま寝ます」
伏黒の言葉に顔をあげようとした五条を制すように、いつの間にか後頭部に回っていた伏黒の手のひらに押さえ付けられる。ぽかぽかと芯から暖かい伏黒に抱きしめられ、五条が好きな香りに包まれる。
元々今日はそういうことをする予定ではなかった。ただ寝る前にリビングのソファやベッドでじゃれあったりして、そのじゃれあいの延長で寝落ちでもしようかと思っていた。たぶん、伏黒もそのつもりだった筈だ。そういう、まだ寝るには少しだけ早い時間。
「まだ早くない?」
「だって疲れてるでしょう」
とうとう足を五条の身体に巻き付けて、意地でも起こさないと強い意志を見せつけながら伏黒が五条の頬を手のひらで包み込んで持ち上げた。無理やりに目線を合わされる。
「顔、疲れてますよ。珍しく隈もある」
「うそぉ」
「嘘じゃない。このまま寝ますよ」
「恵潰れちゃう」
「いいですよ、それで」
ぱっと手を離したかと思うと、再び肩口に顔を埋めさせられる。どうやら本当にこのまま五条を寝かせるつもりらしく、五条が身動ぎしても伏黒はもう何も言わなかった。
じわじわと伏黒の体温が染み込んで、眠気を誘う。五条と同じものを使っている筈なのに、伏黒からするシャンプーの香りは特別な気がした。このまま寝たら伏黒がぺちゃんこになってしまう、なんてことを考えるがどうやら五条が思っているより身体は疲れていたらしく、気がついたら意識はどこかへ行っていた。
ふと目を覚ますと、何だか身体は軽くなった気がするし、頭もすっきりしている気がする。そのすっきりした頭で寝る前に伏黒を下敷きにしていたことを思い出す。
「…………すごいな」
伏黒は未だに五条の下敷きになっていたが、何も気にすることなく寝息を立てていた。ベッドと五条に挟まれて暑かったのか、少しだけ頬が赤いが本人は何も気にした様子はない。よく寝る子だとは思っていたけれど、これでも寝るとは。
そして昨夜伏黒を押し倒したまま寝たのにも関わらずしっかりと布団が掛けられていることにも気がつく。伏黒が動いた様子はないのに何故だろうと一瞬考えて、直ぐに答えに気がついて思わず笑う。きっと五条の眼じゃなかったら気付かない。ほんの少し、本当にうっすらと伏黒の呪力が残っていた。きっと何がしかの式神を使って布団を五条の背中まで運んだのだろう。そこまでするなら適当に五条を退かせばいいのに。
「結構大事にされてるよね、僕」
伏黒の身体から起き上がり、先程まで自分に掛かっていた布団を今度は伏黒へと被せる。健やかな寝息を立てている様子を少し眺めてから、朝を通り越して昼に少し近いベッドルームを抜け出した。
寝起きの伏黒は何を食べたがるだろう。
畳む
「ん」
「……ありがと…?」
風呂から上がってリビングに伏黒がいないと思っていたら寝室にいた。五条が風呂に入っている間にちゃっかりリビングの片付けも全部済まして、なんなら電気まで消して、すっかり寝るための準備をして。
今すぐ寝室に来いと言わんばかりの様子に誘われるままに向かえば、ベッドのど真ん中に伏黒が胡座をかいて座っていて、五条を見るなり「ん」とだけ言ってから両手を広げたのだ。この広げられた両腕に五条が何をしないといけないのかは分かる。が、真意は読めない。頭の中にクエスチョンマークをいくつも浮かべながらも有難く両腕を広げて伏黒を抱き締めれば、五条と同じシャンプーとボディーソープの香りがした。湯上りの温もりがまだ伏黒の中に残っていて、それがまた心地よい。
「あったかー……」
全身から伝わる温もりに感じ入るように思わず瞳を閉じれば、身体が重くなった気がした。
重くなった身体と重力に従って伏黒ごとベッドへと倒れ込めば、何も言うことなく五条の下敷きになる。ベッドのスプリングが軋んだ音を立てた。肩口に顔を埋めた五条に擦り寄るように伏黒が頬を寄せる。
「寝ますよ」
「んー?」
「今日はこのまま寝ます」
伏黒の言葉に顔をあげようとした五条を制すように、いつの間にか後頭部に回っていた伏黒の手のひらに押さえ付けられる。ぽかぽかと芯から暖かい伏黒に抱きしめられ、五条が好きな香りに包まれる。
元々今日はそういうことをする予定ではなかった。ただ寝る前にリビングのソファやベッドでじゃれあったりして、そのじゃれあいの延長で寝落ちでもしようかと思っていた。たぶん、伏黒もそのつもりだった筈だ。そういう、まだ寝るには少しだけ早い時間。
「まだ早くない?」
「だって疲れてるでしょう」
とうとう足を五条の身体に巻き付けて、意地でも起こさないと強い意志を見せつけながら伏黒が五条の頬を手のひらで包み込んで持ち上げた。無理やりに目線を合わされる。
「顔、疲れてますよ。珍しく隈もある」
「うそぉ」
「嘘じゃない。このまま寝ますよ」
「恵潰れちゃう」
「いいですよ、それで」
ぱっと手を離したかと思うと、再び肩口に顔を埋めさせられる。どうやら本当にこのまま五条を寝かせるつもりらしく、五条が身動ぎしても伏黒はもう何も言わなかった。
じわじわと伏黒の体温が染み込んで、眠気を誘う。五条と同じものを使っている筈なのに、伏黒からするシャンプーの香りは特別な気がした。このまま寝たら伏黒がぺちゃんこになってしまう、なんてことを考えるがどうやら五条が思っているより身体は疲れていたらしく、気がついたら意識はどこかへ行っていた。
ふと目を覚ますと、何だか身体は軽くなった気がするし、頭もすっきりしている気がする。そのすっきりした頭で寝る前に伏黒を下敷きにしていたことを思い出す。
「…………すごいな」
伏黒は未だに五条の下敷きになっていたが、何も気にすることなく寝息を立てていた。ベッドと五条に挟まれて暑かったのか、少しだけ頬が赤いが本人は何も気にした様子はない。よく寝る子だとは思っていたけれど、これでも寝るとは。
そして昨夜伏黒を押し倒したまま寝たのにも関わらずしっかりと布団が掛けられていることにも気がつく。伏黒が動いた様子はないのに何故だろうと一瞬考えて、直ぐに答えに気がついて思わず笑う。きっと五条の眼じゃなかったら気付かない。ほんの少し、本当にうっすらと伏黒の呪力が残っていた。きっと何がしかの式神を使って布団を五条の背中まで運んだのだろう。そこまでするなら適当に五条を退かせばいいのに。
「結構大事にされてるよね、僕」
伏黒の身体から起き上がり、先程まで自分に掛かっていた布団を今度は伏黒へと被せる。健やかな寝息を立てている様子を少し眺めてから、朝を通り越して昼に少し近いベッドルームを抜け出した。
寝起きの伏黒は何を食べたがるだろう。
畳む
ふたごたまご
ふんふんと機嫌よく鼻歌を歌いながらフライパンに適当に油を敷く。機嫌よく、などと言ったが実際はそこまで機嫌は良くない。何故なら朝食を食べて身支度を整えたら五条だけ仕事に行かねばならないからだ。まだ布団にくるまっている伏黒は終日オフで、その差がまた気分を盛り下げる。昨日散々いちゃついただろう、というツッコミがどこかから聞こえてきそうだがそれはそれだ。
今朝はお手軽に目玉焼きとトースト。朝だから凝ったものは作りたくない、というのは建前で単純に気分が上がらないからだ。強いに越したことはない職業だが、強すぎるのも考えものだな、なんて。
手に持った玉子をフライパンの縁に軽く当てる。片手で玉子を割って(伏黒にかっこいいだろうと見せたくて習得したのだが、意外と反応は薄かった)、フライパンの中に落とし込む。
「……!」
熱された油の上でぱちぱちと音を立てたそれは、黄身が2つの双子だった。
「めぐみー!恵恵恵ー!!」
まだ黄身も白身も固まってないままの玉子を乗せたフライパンを持って、伏黒が寝ている寝室に駆け込む。ちゃんとコンロの火は止めておいた。
ドタバタと派手な音を立てながら寝室に飛び込んできた五条に、流石に伏黒も目を覚ましたらしく眉間に皺を寄せながら「るっさい…」とぼやく。半分閉じられたまぶたを手の甲で擦りながら、それでも布団から起き上がった伏黒は五条が手に持っているものを見て眉間の溝を深くした。
「…なんでフライパン」
「双子!」
目の前にフライパンを突き出せば、仲良く2個並んだ黄身がじっと伏黒を見つめる。伏黒と黄身が見つめ合って少しの間。
「…ふたごだ」
寝起きでちょっとふわふわした頭で、少し嬉しそうに綻んだ顔で言った。あどけないその姿に、堪らない気持ちになる。今日はこの玉子を半分こにして食べよう。ひとつは醤油で、ひとつは塩を振って。頭が寝ていて未だに黄身と見つめ合っている伏黒を見ながら思う。
それでも仕事に行く気分になるかと言われれば、やっぱりそれはそれ。別なのだけど。
畳む
ふんふんと機嫌よく鼻歌を歌いながらフライパンに適当に油を敷く。機嫌よく、などと言ったが実際はそこまで機嫌は良くない。何故なら朝食を食べて身支度を整えたら五条だけ仕事に行かねばならないからだ。まだ布団にくるまっている伏黒は終日オフで、その差がまた気分を盛り下げる。昨日散々いちゃついただろう、というツッコミがどこかから聞こえてきそうだがそれはそれだ。
今朝はお手軽に目玉焼きとトースト。朝だから凝ったものは作りたくない、というのは建前で単純に気分が上がらないからだ。強いに越したことはない職業だが、強すぎるのも考えものだな、なんて。
手に持った玉子をフライパンの縁に軽く当てる。片手で玉子を割って(伏黒にかっこいいだろうと見せたくて習得したのだが、意外と反応は薄かった)、フライパンの中に落とし込む。
「……!」
熱された油の上でぱちぱちと音を立てたそれは、黄身が2つの双子だった。
「めぐみー!恵恵恵ー!!」
まだ黄身も白身も固まってないままの玉子を乗せたフライパンを持って、伏黒が寝ている寝室に駆け込む。ちゃんとコンロの火は止めておいた。
ドタバタと派手な音を立てながら寝室に飛び込んできた五条に、流石に伏黒も目を覚ましたらしく眉間に皺を寄せながら「るっさい…」とぼやく。半分閉じられたまぶたを手の甲で擦りながら、それでも布団から起き上がった伏黒は五条が手に持っているものを見て眉間の溝を深くした。
「…なんでフライパン」
「双子!」
目の前にフライパンを突き出せば、仲良く2個並んだ黄身がじっと伏黒を見つめる。伏黒と黄身が見つめ合って少しの間。
「…ふたごだ」
寝起きでちょっとふわふわした頭で、少し嬉しそうに綻んだ顔で言った。あどけないその姿に、堪らない気持ちになる。今日はこの玉子を半分こにして食べよう。ひとつは醤油で、ひとつは塩を振って。頭が寝ていて未だに黄身と見つめ合っている伏黒を見ながら思う。
それでも仕事に行く気分になるかと言われれば、やっぱりそれはそれ。別なのだけど。
畳む
ビッグベイビー
すっげぇ気に入ってる
「……」
寝起きの頭でぼんやりと、布団越しでも元が大きければ意外と目立つものなのだな、などと考える。穏やかに寝息を立てている五条は当然布団の真ん中を僅かに盛り上げているものには気がついていない。
誰にでもある生理現象だとは聞くが、人の朝勃ちをこの目で見るのは初めてだった。それもあって、まじまじと見るものでもないのは分かっているが、伏黒の寝起きの頭は理性よりも好奇心を優先した。
五条が寝ているのを確認してからゆっくりと起き上がり、布団の真ん中にあるそれを軽くつついてみた。布団越しとはいえ普段の情事の時よりは柔い気がするが、それでもつつけばやっぱり硬さは感じる。何も無くても寝ている間に元気になったそれは、少しすれば勝手に萎えていくものだと思っていたが意外と元気なままだった。
「…なんか…」
布団をめくって下着から出してしまえば全く可愛げなどないのは分かっているが、ちょっとだけ布団を盛り上げてただ伏黒につつかれるだけのそれは、少しだけ。
「可愛いな…」
自然とそう口から零れて、なんなら口元もちょっと笑ってしまった時だった。
「めぐみぃ…触るならちゃんと触って…」
すっかり頭から抜けていた五条の声が背後からして、つついていた指がすんでのところで止まる。何かを堪えるように震えていた声の主は、見れば両手で顔を隠して本当にちょっとだけ震えていた。たぶん笑っている。
「っお、起きてたんですか」
「ちょんちょんし始めたところから…」
「もっと早く声掛けてくださいよ!」
伏黒の言葉にとうとう我慢できなくなったのか、五条は身体を半分転がして枕に顔を埋めた。
「っふ、だってえっちなことしてくれるかと思ってたら…ずっとつつくだけなんだもん…っふふふ、」
枕に埋もれた声で笑い混じりに五条が「人のちんこつついて可愛いってなに…」と言う。少しだけ身動ぎして枕の隙間からこちらを見た五条の楽しそうな瞳に、伏黒は思わず声を上げた。
「全然可愛くない!」
畳む
すっげぇ気に入ってる
「……」
寝起きの頭でぼんやりと、布団越しでも元が大きければ意外と目立つものなのだな、などと考える。穏やかに寝息を立てている五条は当然布団の真ん中を僅かに盛り上げているものには気がついていない。
誰にでもある生理現象だとは聞くが、人の朝勃ちをこの目で見るのは初めてだった。それもあって、まじまじと見るものでもないのは分かっているが、伏黒の寝起きの頭は理性よりも好奇心を優先した。
五条が寝ているのを確認してからゆっくりと起き上がり、布団の真ん中にあるそれを軽くつついてみた。布団越しとはいえ普段の情事の時よりは柔い気がするが、それでもつつけばやっぱり硬さは感じる。何も無くても寝ている間に元気になったそれは、少しすれば勝手に萎えていくものだと思っていたが意外と元気なままだった。
「…なんか…」
布団をめくって下着から出してしまえば全く可愛げなどないのは分かっているが、ちょっとだけ布団を盛り上げてただ伏黒につつかれるだけのそれは、少しだけ。
「可愛いな…」
自然とそう口から零れて、なんなら口元もちょっと笑ってしまった時だった。
「めぐみぃ…触るならちゃんと触って…」
すっかり頭から抜けていた五条の声が背後からして、つついていた指がすんでのところで止まる。何かを堪えるように震えていた声の主は、見れば両手で顔を隠して本当にちょっとだけ震えていた。たぶん笑っている。
「っお、起きてたんですか」
「ちょんちょんし始めたところから…」
「もっと早く声掛けてくださいよ!」
伏黒の言葉にとうとう我慢できなくなったのか、五条は身体を半分転がして枕に顔を埋めた。
「っふ、だってえっちなことしてくれるかと思ってたら…ずっとつつくだけなんだもん…っふふふ、」
枕に埋もれた声で笑い混じりに五条が「人のちんこつついて可愛いってなに…」と言う。少しだけ身動ぎして枕の隙間からこちらを見た五条の楽しそうな瞳に、伏黒は思わず声を上げた。
「全然可愛くない!」
畳む
愛が重い
伏黒に妬いてほしい。そういう年頃なのである。
出会ってからそれなりに経ってから付き合ったものだから、念願叶って付き合った頃には嫉妬するなんて時期はとっくに過ぎ去っていた。いや、過ぎ去っていたのは伏黒だけで五条は内心すぐに妬いているのだが、とにかく伏黒は五条が外でナンパされていようが可愛い補助監督と1週間付きっきりで任務に行こうが顔色ひとつ変えない。そりゃあ変な誤解からの一悶着がないに越したことはない。越したことはないが、伏黒のそういう独占欲が欲しいのだった。
「というわけで、恵はヤキモチ妬かないんですか」
「何がというわけなんですか」
高専近くにある寂れたカフェ。遠出する時間は無いが、たまの休みに家に篭って終わらせるのも勿体ない。そんな時によく2人で行くここは、いつ来ても他の客がいない。出される珈琲の味も昔ながらのホットケーキの味も悪くは無いのだが、不思議なことに誰も来ないのだ。さらに店主は注文したものを持ってきたらカウンターの奥に引っ込んでしまうのもあって、ここは伏黒と五条にとってちょっとした定番のデート場所のようになっていた。
そこでいつも頼む珈琲に砂糖を落としながらそう切り出せば、伏黒はさして気にした風もなくブラックのままの珈琲を啜った。
「ちょっとくらいは、何よこの女ー!とかなんないの?」
「俺を何だと思ってんですか。なりませんよ」
「俺の先生に触らないで!とかならない?」
「なりません」
「…僕は女の子が恵のこと視線で追ってるだけで妬けるよ」
「俺じゃなくて五条さんを見てるんですよ、あれは」
つれない態度に口を尖らせた五条を見て、伏黒は小さく溜息を吐き出した。視線をコーヒーカップに落として、少しの間無言になる。
時間がゆったりと流れるここでは、伏黒の無言がひどく長く感じられた。実際はほんの数秒、数十秒だったのかもしれないが五条が思わず口を開いた時だった。
「めぐ、」
「本当は、あんたが今持ってるコーヒーカップ」
視線を持ち上げた伏黒が、じっと五条の手元を見つめる。
「これから口を付けてもらえるんだなと思うと妬けますよ」
「…へ?」
手元に注がれていた視線が今度はまっすぐ五条へと向く。その時にかち合った伏黒の瞳ときたら!
「これから飲まれる珈琲だとか溶かされた砂糖だとか、かけてるサングラスとか、糧になるもの触れてるものみんな羨ましいなって思いますよ」
背筋に冷たいものが流れて、けれど心臓が喜ぶようにきゅうと縮こまる。これは伏黒からの熱い告白だ。そう思うと五条が無理に引き出してしまったこの重たい言葉が急に可愛らしいものへと変わる。今この瞬間も、きっと伏黒は五条の吸い込む酸素にすら妬ましさを感じているのかと思うと、なんと熱烈なことか。
「…やーばい、惚れ直しちゃいそう」
「はいはい。顔、だらしないですよ」
畳む
伏黒に妬いてほしい。そういう年頃なのである。
出会ってからそれなりに経ってから付き合ったものだから、念願叶って付き合った頃には嫉妬するなんて時期はとっくに過ぎ去っていた。いや、過ぎ去っていたのは伏黒だけで五条は内心すぐに妬いているのだが、とにかく伏黒は五条が外でナンパされていようが可愛い補助監督と1週間付きっきりで任務に行こうが顔色ひとつ変えない。そりゃあ変な誤解からの一悶着がないに越したことはない。越したことはないが、伏黒のそういう独占欲が欲しいのだった。
「というわけで、恵はヤキモチ妬かないんですか」
「何がというわけなんですか」
高専近くにある寂れたカフェ。遠出する時間は無いが、たまの休みに家に篭って終わらせるのも勿体ない。そんな時によく2人で行くここは、いつ来ても他の客がいない。出される珈琲の味も昔ながらのホットケーキの味も悪くは無いのだが、不思議なことに誰も来ないのだ。さらに店主は注文したものを持ってきたらカウンターの奥に引っ込んでしまうのもあって、ここは伏黒と五条にとってちょっとした定番のデート場所のようになっていた。
そこでいつも頼む珈琲に砂糖を落としながらそう切り出せば、伏黒はさして気にした風もなくブラックのままの珈琲を啜った。
「ちょっとくらいは、何よこの女ー!とかなんないの?」
「俺を何だと思ってんですか。なりませんよ」
「俺の先生に触らないで!とかならない?」
「なりません」
「…僕は女の子が恵のこと視線で追ってるだけで妬けるよ」
「俺じゃなくて五条さんを見てるんですよ、あれは」
つれない態度に口を尖らせた五条を見て、伏黒は小さく溜息を吐き出した。視線をコーヒーカップに落として、少しの間無言になる。
時間がゆったりと流れるここでは、伏黒の無言がひどく長く感じられた。実際はほんの数秒、数十秒だったのかもしれないが五条が思わず口を開いた時だった。
「めぐ、」
「本当は、あんたが今持ってるコーヒーカップ」
視線を持ち上げた伏黒が、じっと五条の手元を見つめる。
「これから口を付けてもらえるんだなと思うと妬けますよ」
「…へ?」
手元に注がれていた視線が今度はまっすぐ五条へと向く。その時にかち合った伏黒の瞳ときたら!
「これから飲まれる珈琲だとか溶かされた砂糖だとか、かけてるサングラスとか、糧になるもの触れてるものみんな羨ましいなって思いますよ」
背筋に冷たいものが流れて、けれど心臓が喜ぶようにきゅうと縮こまる。これは伏黒からの熱い告白だ。そう思うと五条が無理に引き出してしまったこの重たい言葉が急に可愛らしいものへと変わる。今この瞬間も、きっと伏黒は五条の吸い込む酸素にすら妬ましさを感じているのかと思うと、なんと熱烈なことか。
「…やーばい、惚れ直しちゃいそう」
「はいはい。顔、だらしないですよ」
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これは天変地異の前触れか。
声に出していたら間違いなく伏黒に没収されそうなことを五条は思った。コンビニで1個数十円で売られている全国的に有名な1口サイズのチョコ。それを任務の報告書と共に五条に渡してきたのだ。
思えばバレンタインといえばデパ地下で限定物のチョコを買い溜める日、気まぐれに伏黒の口にビターチョコを放り込む日であり、伏黒からチョコなんて渡されたことはなかった。今年は恵から欲しいなぁ、なんて毎年1回は言ってみるが「自分でいつも買ってるでしょう」と一蹴されてしまうのだ。
「なんかコンビニ行ったら700円で1回、レジでくじが引けたんで金額合わせに買ったんですけど」
それしか味なくて。そう言う伏黒は視線を少し右下に落としている。金額合わせなんていうのは体のいい言い訳で、いくつか種類のある中からわざわざ選んできたに違いない。甘いミルクチョコしかないなんて、そんな都合のいいことが今日に限ってあるだろうか。
ばつの悪いこと、気恥しいことがあると伏黒は視線をどこかに泳がすのだ。つまりはそういうこと。
「可愛いことすんじゃん…」
「ちょっと、あんま握ると溶けますよ」
報告書をそっちのけで手のひらに収まるチョコを噛み締めるように握り締めれば、体温で少し形が歪んだ気がした。
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