薄明
ごじょうさとる×ふしぐろめぐみ
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2023年9月8日の投稿[29件](2ページ目)
名前だけの星
都会の空に星が少ない、とはよく言う話だ。実際任務でどこぞの田舎に行った時は都内よりずっと星明かりが見えた気がした。空も広く感じたのは背の高い建物が少ない他にもこうして星々がよく見えるのもあるのだろう。
星座の名前なんて小さい時に津美紀が言っていたものしか分からない。ましてや空のどこにあるのかなんて当然分かるわけがなかった。実物は知らずに名前だけを知識として頭の片隅に置きながら空を見上げれば、やはりどこに何があるのかさっぱり分からなかった。
「恵、鼻真っ赤」
「…あんたがさぼってるから」
人通りの少ない深夜の住宅街。星がすっかり人工的な光に押されて姿を隠してしまったお陰で、伏黒と五条を照らすのは味気ない街路灯だけだ。頭上からは白熱灯に近寄っては縋る虫の羽音がする。
冬の夜はひどく寒い。五条が任務をこなした伏黒をたった5分待たせるだけでポケットに突っ込んでいる手は冷えきっているし、鼻の頭だけじゃなくて頬だって真っ赤になっているだろう。
「生徒をほったらかしてスイーツ買いに行ってていいんですか。引率でしょう」
「このくらい1人でも問題ないでしょ。恵のこと信頼して任せてるんじゃん」
「そのうち学長に本気で叱られますよ」
伏黒の言葉にくつくつと五条が笑った。手に持っていた見るからに高そうな店の紙袋が僅かに音を立てる。暗に「チクらない癖に」なんて言っているのだ。
「叱られるのは嫌だなぁ」
思ってもないことを言う。
紙袋を持っていない方の手が伸びてきて伏黒の腕を掴んだ。そのまま五条の方へと無理矢理引かれて、ポケットから手のひらが飛び出した。爪先がきんと冷えて、代わりに唇にじゅわりと熱が乗る。
「……ここ、どこだと思ってるんですか」
「これで内緒にしてくれる?」
伏黒の問いには答えずに許されることを分かっていて許しを乞う。はぁ、と伏黒は溜息を吐き出した。
安い賄賂だ。キスひとつ、雰囲気にしたって都会の空は星が足りなくて風情が足りない。街路灯に集まる羽虫達が呆れたように飛び回っては白熱灯にぶつかっていく。そんな耳に入る音すら、俗っぽい。何もかもが安い。
「…どうせ俺の分もあるんでしょう。それ。仕方ないから買われてあげますよ」
「よく分かってんじゃん」
手に持っていた紙袋を指させば無事に許された事に五条が笑う。
そうして五条に腕を引かれて街路灯の下から抜け出して、つい今しがたの悪事から逃げる。しかしこんな悪事、どうせ見ているのはそのうち白熱灯に焼かれて死ぬ名前も知らない羽虫と、名前しか知らないどこにあるかも分からない星だけだった。
畳む
都会の空に星が少ない、とはよく言う話だ。実際任務でどこぞの田舎に行った時は都内よりずっと星明かりが見えた気がした。空も広く感じたのは背の高い建物が少ない他にもこうして星々がよく見えるのもあるのだろう。
星座の名前なんて小さい時に津美紀が言っていたものしか分からない。ましてや空のどこにあるのかなんて当然分かるわけがなかった。実物は知らずに名前だけを知識として頭の片隅に置きながら空を見上げれば、やはりどこに何があるのかさっぱり分からなかった。
「恵、鼻真っ赤」
「…あんたがさぼってるから」
人通りの少ない深夜の住宅街。星がすっかり人工的な光に押されて姿を隠してしまったお陰で、伏黒と五条を照らすのは味気ない街路灯だけだ。頭上からは白熱灯に近寄っては縋る虫の羽音がする。
冬の夜はひどく寒い。五条が任務をこなした伏黒をたった5分待たせるだけでポケットに突っ込んでいる手は冷えきっているし、鼻の頭だけじゃなくて頬だって真っ赤になっているだろう。
「生徒をほったらかしてスイーツ買いに行ってていいんですか。引率でしょう」
「このくらい1人でも問題ないでしょ。恵のこと信頼して任せてるんじゃん」
「そのうち学長に本気で叱られますよ」
伏黒の言葉にくつくつと五条が笑った。手に持っていた見るからに高そうな店の紙袋が僅かに音を立てる。暗に「チクらない癖に」なんて言っているのだ。
「叱られるのは嫌だなぁ」
思ってもないことを言う。
紙袋を持っていない方の手が伸びてきて伏黒の腕を掴んだ。そのまま五条の方へと無理矢理引かれて、ポケットから手のひらが飛び出した。爪先がきんと冷えて、代わりに唇にじゅわりと熱が乗る。
「……ここ、どこだと思ってるんですか」
「これで内緒にしてくれる?」
伏黒の問いには答えずに許されることを分かっていて許しを乞う。はぁ、と伏黒は溜息を吐き出した。
安い賄賂だ。キスひとつ、雰囲気にしたって都会の空は星が足りなくて風情が足りない。街路灯に集まる羽虫達が呆れたように飛び回っては白熱灯にぶつかっていく。そんな耳に入る音すら、俗っぽい。何もかもが安い。
「…どうせ俺の分もあるんでしょう。それ。仕方ないから買われてあげますよ」
「よく分かってんじゃん」
手に持っていた紙袋を指させば無事に許された事に五条が笑う。
そうして五条に腕を引かれて街路灯の下から抜け出して、つい今しがたの悪事から逃げる。しかしこんな悪事、どうせ見ているのはそのうち白熱灯に焼かれて死ぬ名前も知らない羽虫と、名前しか知らないどこにあるかも分からない星だけだった。
畳む
不器用
ごじょ誕
病院、というものが少し苦手だ。仄かに香る薬品の臭いや、歩けばいやに響く床、これから死ぬ人とこれから生きる人が混在した空気、慌ただしく駆けていく誰かの気配。津美紀が眠っている病院は五条が手配しただけあって大きくて、余計にその生きるだとか死ぬだとかそういうものが生々しい場所だった。ここにずっといる方が生気だとか目に見えない何かが真っ白な壁に吸い込まれて死んでしまうんじゃないか、そんな気すらしていた。起きるのを待つしかない、というのは嫌な想像ばかり掻き立てる。
今日も津美紀は静かに寝息だけを立てていた。
見舞いの品を持っていっても減りやしないから自然と何かを持っていくのはやめた。ぽつりぽつりと最近あったことを話して、それでも瞼はぴくりとも動かない。元々大して話すことがあるでもない日常だ、あっという間に話すことはなくなってベッド脇のパイプ椅子の上で自然と口数が減っていく。
「お見舞い、付き合ってもらってすいません」
「いーよ。今日休みだし、たまには僕も様子見ないとだし」
何となくその無言が気まずくて、そう詫びれば伏黒の考えていることを読んだのか気にするなと頭を小突かれた。
「…今日、誕生日でしょう」
しおらしい。いつもはこんなこと言わない。なのにこうして病室に入ると色々な事が思い出されて急に弱気になる。去年までは津美紀が主催で五条のも伏黒のも誕生日を祝っていたことを思い出して尚のこと。何もかも世話になっている癖に伏黒はそういう祝い事に関してとんと不器用だった。
「だからいいって」
だから気にするなと再度頭を小突かれる。横目で見た五条は緩く目を細めて笑っていた。
津美紀は何も知らない。津美紀が寝ている間に伏黒がもうすぐ中学を卒業することも、今住んでいる家を引き払って寮に入ってしまうことも、五条と伏黒の関係が変わったことも。今の五条の目が、津美紀には向けられたことがないものだということも。
五条の指先が頬に柔く刺さる。不格好に頬が歪む。五条との関係が変わって、初めての誕生日だった。伏黒は祝い事を祝うのが下手くそだ。この部屋にいれば、尚のこと。
「じゃあ津美紀が起きた時に2人で今年の分とまとめて祝ってよ。今年はツケってことでさ」
「誕生日のツケって」
大事な人の大事な日に何かをしてやる、そういう優しさを津美紀から教わって、五条からも教わっている。それでも伏黒はまだ上手く教わったことを行動に移せない。
「だから僕より先に死なないでよ」
それはちょっと、荷が重いな。なんて言えなかった。
畳む
ごじょ誕
病院、というものが少し苦手だ。仄かに香る薬品の臭いや、歩けばいやに響く床、これから死ぬ人とこれから生きる人が混在した空気、慌ただしく駆けていく誰かの気配。津美紀が眠っている病院は五条が手配しただけあって大きくて、余計にその生きるだとか死ぬだとかそういうものが生々しい場所だった。ここにずっといる方が生気だとか目に見えない何かが真っ白な壁に吸い込まれて死んでしまうんじゃないか、そんな気すらしていた。起きるのを待つしかない、というのは嫌な想像ばかり掻き立てる。
今日も津美紀は静かに寝息だけを立てていた。
見舞いの品を持っていっても減りやしないから自然と何かを持っていくのはやめた。ぽつりぽつりと最近あったことを話して、それでも瞼はぴくりとも動かない。元々大して話すことがあるでもない日常だ、あっという間に話すことはなくなってベッド脇のパイプ椅子の上で自然と口数が減っていく。
「お見舞い、付き合ってもらってすいません」
「いーよ。今日休みだし、たまには僕も様子見ないとだし」
何となくその無言が気まずくて、そう詫びれば伏黒の考えていることを読んだのか気にするなと頭を小突かれた。
「…今日、誕生日でしょう」
しおらしい。いつもはこんなこと言わない。なのにこうして病室に入ると色々な事が思い出されて急に弱気になる。去年までは津美紀が主催で五条のも伏黒のも誕生日を祝っていたことを思い出して尚のこと。何もかも世話になっている癖に伏黒はそういう祝い事に関してとんと不器用だった。
「だからいいって」
だから気にするなと再度頭を小突かれる。横目で見た五条は緩く目を細めて笑っていた。
津美紀は何も知らない。津美紀が寝ている間に伏黒がもうすぐ中学を卒業することも、今住んでいる家を引き払って寮に入ってしまうことも、五条と伏黒の関係が変わったことも。今の五条の目が、津美紀には向けられたことがないものだということも。
五条の指先が頬に柔く刺さる。不格好に頬が歪む。五条との関係が変わって、初めての誕生日だった。伏黒は祝い事を祝うのが下手くそだ。この部屋にいれば、尚のこと。
「じゃあ津美紀が起きた時に2人で今年の分とまとめて祝ってよ。今年はツケってことでさ」
「誕生日のツケって」
大事な人の大事な日に何かをしてやる、そういう優しさを津美紀から教わって、五条からも教わっている。それでも伏黒はまだ上手く教わったことを行動に移せない。
「だから僕より先に死なないでよ」
それはちょっと、荷が重いな。なんて言えなかった。
畳む
自慢したがり
五条悟は何かと目立つ人間である。ただぼんやりと改札を抜けた先にある時計台の前に立っているだけで人目を集める程に。飛び抜けた背丈と珍しい髪の色と顔立ち、パッと見だけでもう目立つ。目立ちすぎて逆にナンパの声も掛かりやしない。待ち合わせ場所にいる五条を見て伏黒は内心で溜息を吐き出した。慣れているとはいえ、注目の的になっている人のところに鈍い振りをして行くのは好きじゃない。どうしたって目立つ人だから仕方の無いことだけど。
気は進まないが、しかし久しぶりのデートは伏黒が向かわないことには始まらない。
いやに真剣な顔でスマートフォンの画面をスクロールしている五条は珍しくジャケットなんて羽織って少しめかしこんでいた。黒のジャケットに白のタートルネック。普段の五条だったらもう少し緩い格好をしてくると思ったのに、シンプルながらもちゃんとした格好に少し驚く。服装も相まって更に注目を浴びる人間の前に出るにはワイシャツにニット、ジーンズなんて伏黒の格好じゃ少し浮いてしまう気がした。
「先に言っといてくださいよ。そしたら俺ももう少しちゃんとした格好で来たのに」
目の前に立ってそう言えば、やっと画面から目を離した五条が「恵」と笑った。
「デートなんて久しぶりだからかっこつけたくなっちゃって」
「…俺もかっこつけてくればよかった」
呟けばサングラスの向こうの瞳が細められる。
五条を見つめていた数多の視線が、その彼の前に平然と現れた伏黒にも流れてくる。慣れているとはいえ、あまり気分のいいものではなかった。
「今日の恵も惚れ直しちゃいそうなくらいかっこいいよ」
「よく言う」
五条が手に持っていたスマートフォンを奪い取って、洒落こんだジャケットのポケットにねじ込む。軽口への照れ隠しも含まれていることに、五条が気付いていないわけもない。
伏黒のそれを合図に五条は伏黒の肩に腕を回して時計台の前から一歩踏み出した。長い足の大きい1歩につられて伏黒もその場から歩き出す。今度は視線が伏黒と五条の背中にちくちくと刺さったが、五条が回した腕がその視線へ向けての自慢したがりなのを知っている。無遠慮な視線は好きじゃないが、五条がこうして要らぬ自慢をしたがるのは嫌いじゃなかった。
「さっき恵が好きそうなご飯屋さん見つけたからそこでいい?」
「いいですよ」
しかしいつの間に移ったのか、大概伏黒も自慢したがりになった。背中の視線は知らないだろうが、伏黒の恋人はかっこいいのだ。
畳む
五条悟は何かと目立つ人間である。ただぼんやりと改札を抜けた先にある時計台の前に立っているだけで人目を集める程に。飛び抜けた背丈と珍しい髪の色と顔立ち、パッと見だけでもう目立つ。目立ちすぎて逆にナンパの声も掛かりやしない。待ち合わせ場所にいる五条を見て伏黒は内心で溜息を吐き出した。慣れているとはいえ、注目の的になっている人のところに鈍い振りをして行くのは好きじゃない。どうしたって目立つ人だから仕方の無いことだけど。
気は進まないが、しかし久しぶりのデートは伏黒が向かわないことには始まらない。
いやに真剣な顔でスマートフォンの画面をスクロールしている五条は珍しくジャケットなんて羽織って少しめかしこんでいた。黒のジャケットに白のタートルネック。普段の五条だったらもう少し緩い格好をしてくると思ったのに、シンプルながらもちゃんとした格好に少し驚く。服装も相まって更に注目を浴びる人間の前に出るにはワイシャツにニット、ジーンズなんて伏黒の格好じゃ少し浮いてしまう気がした。
「先に言っといてくださいよ。そしたら俺ももう少しちゃんとした格好で来たのに」
目の前に立ってそう言えば、やっと画面から目を離した五条が「恵」と笑った。
「デートなんて久しぶりだからかっこつけたくなっちゃって」
「…俺もかっこつけてくればよかった」
呟けばサングラスの向こうの瞳が細められる。
五条を見つめていた数多の視線が、その彼の前に平然と現れた伏黒にも流れてくる。慣れているとはいえ、あまり気分のいいものではなかった。
「今日の恵も惚れ直しちゃいそうなくらいかっこいいよ」
「よく言う」
五条が手に持っていたスマートフォンを奪い取って、洒落こんだジャケットのポケットにねじ込む。軽口への照れ隠しも含まれていることに、五条が気付いていないわけもない。
伏黒のそれを合図に五条は伏黒の肩に腕を回して時計台の前から一歩踏み出した。長い足の大きい1歩につられて伏黒もその場から歩き出す。今度は視線が伏黒と五条の背中にちくちくと刺さったが、五条が回した腕がその視線へ向けての自慢したがりなのを知っている。無遠慮な視線は好きじゃないが、五条がこうして要らぬ自慢をしたがるのは嫌いじゃなかった。
「さっき恵が好きそうなご飯屋さん見つけたからそこでいい?」
「いいですよ」
しかしいつの間に移ったのか、大概伏黒も自慢したがりになった。背中の視線は知らないだろうが、伏黒の恋人はかっこいいのだ。
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暑さ対策
おめぐの影のこと、便利アイテムだと思ってる
影の中は涼しいらしい。夏場になるとデートの際の移動手段は五条の影になる伏黒の話だ。日の当たらない日陰は涼しいのだからある意味道理だが、伏黒のように人の影の中に潜れるわけでないから五条は想像することしか出来ないのだけど。物を影の中にしまえるのだから人間も少しくらいしまえないのか、と聞いたところ「でも、俺は五条さんの影に入る方が好きだから」とやんわりと断りになってない断り方をされてしまった。人を入れるために色々呪力を調整するのが面倒で、五条が喜びそうな言葉で暗に「だから俺の影に入ってくれるな」と言っているのは分かっているのだが「好きだから」と言われてしまえば気分は悪くない。そうして呆気なく五条は伏黒の影にお邪魔するのは諦めて、タクシー代わりを務めることにした、のだが。
「恵ぃ〜アイスくらい出て食べなよ」
「暑いんで」
「それが夏ってもんでしょうが」
コンビニの駐車場にある金属製の突っ込み防止柵は夏の日差しで焼けそうな程に熱い。腰掛けた部分が熱されて汗が滲む。しかし伏黒はそんなことには一切構わずに、五条が買った氷形のアイスを摘んでいた。アイスの入ったカップを柵に手で支えながら置いて、そこに出来た僅かな影から伏黒の手だけが生えている。1つ摘んでは中に引っ込み、また出てきては1つ摘む。顔も出さずに器用なものだと思うが、カップを支える五条は相変わらず熱光線に焼かれている。出てきてよと言っても嫌だと呆気なく断られてしまい、サングラス越しにコンビニの前にある情緒もなにもない道路を眺めるしか出来なかった。これで目の前に真っ青な海でもあれば少しは絵になったのかもしれないが、生憎ここは都会のど真ん中のコンビニで、海なんてどこにもありはしないのだけど。
「溶けちゃったらどうしよ」
流れる汗に五条の一部も溶けだしていそうで、このまま夏の陽射しに晒されていたら五条が食べている濃厚チョコの棒アイスのように小さくなって無くなってしまうかもしれない。そんなことを伝えたら「馬鹿なこと言わないで下さい」なんてつれない返事が返ってくるかと思っていたのだが、予想に反した答えが返ってきた。
「それだと俺が夏困るので、溶けずにいてください」
いつの間にか五条の手元の影から顔を覗かせた伏黒がじっとこちらを見ていた。汗が顎を伝う五条とは違って涼しい顔をしている伏黒はそれだけ言うと五条の手からカップを奪い去ってあっという間に元の場所へと戻っていく。そうして音もなく消えてしまった伏黒に笑いを噛み殺しながら「来年はもっとちゃんと暑さ対策します」と返した。
畳む
おめぐの影のこと、便利アイテムだと思ってる
影の中は涼しいらしい。夏場になるとデートの際の移動手段は五条の影になる伏黒の話だ。日の当たらない日陰は涼しいのだからある意味道理だが、伏黒のように人の影の中に潜れるわけでないから五条は想像することしか出来ないのだけど。物を影の中にしまえるのだから人間も少しくらいしまえないのか、と聞いたところ「でも、俺は五条さんの影に入る方が好きだから」とやんわりと断りになってない断り方をされてしまった。人を入れるために色々呪力を調整するのが面倒で、五条が喜びそうな言葉で暗に「だから俺の影に入ってくれるな」と言っているのは分かっているのだが「好きだから」と言われてしまえば気分は悪くない。そうして呆気なく五条は伏黒の影にお邪魔するのは諦めて、タクシー代わりを務めることにした、のだが。
「恵ぃ〜アイスくらい出て食べなよ」
「暑いんで」
「それが夏ってもんでしょうが」
コンビニの駐車場にある金属製の突っ込み防止柵は夏の日差しで焼けそうな程に熱い。腰掛けた部分が熱されて汗が滲む。しかし伏黒はそんなことには一切構わずに、五条が買った氷形のアイスを摘んでいた。アイスの入ったカップを柵に手で支えながら置いて、そこに出来た僅かな影から伏黒の手だけが生えている。1つ摘んでは中に引っ込み、また出てきては1つ摘む。顔も出さずに器用なものだと思うが、カップを支える五条は相変わらず熱光線に焼かれている。出てきてよと言っても嫌だと呆気なく断られてしまい、サングラス越しにコンビニの前にある情緒もなにもない道路を眺めるしか出来なかった。これで目の前に真っ青な海でもあれば少しは絵になったのかもしれないが、生憎ここは都会のど真ん中のコンビニで、海なんてどこにもありはしないのだけど。
「溶けちゃったらどうしよ」
流れる汗に五条の一部も溶けだしていそうで、このまま夏の陽射しに晒されていたら五条が食べている濃厚チョコの棒アイスのように小さくなって無くなってしまうかもしれない。そんなことを伝えたら「馬鹿なこと言わないで下さい」なんてつれない返事が返ってくるかと思っていたのだが、予想に反した答えが返ってきた。
「それだと俺が夏困るので、溶けずにいてください」
いつの間にか五条の手元の影から顔を覗かせた伏黒がじっとこちらを見ていた。汗が顎を伝う五条とは違って涼しい顔をしている伏黒はそれだけ言うと五条の手からカップを奪い去ってあっという間に元の場所へと戻っていく。そうして音もなく消えてしまった伏黒に笑いを噛み殺しながら「来年はもっとちゃんと暑さ対策します」と返した。
畳む
キュートアグレッション
えろくはないが最中
最近よく齧られる。呼び出した玉犬やら脱兎やら、はたまた蛾蟇にではなく、五条によく齧られるのだ。こと最近の気に入りは伏黒の頬らしく、泊まった日の朝鏡を見るとうっすらと歯型が付いていることがある。いくら1度寝たらなかなか起きないとはいえ、寝ている間に人の頬を齧るものではないと何度言ってもやめやしない。これが起きて朝の支度をしていれば消える程度に薄いものだから、変なところだけ器用なものだった。
「寝てる間に齧るなって言いましたよね?」
「だってほら、可愛い子は齧れって言うじゃん?」
「言いませんけど」
今日も起きて洗面台に行けば頬にうっすらと歯型が見えて、一足先に起きてキッチンに立つ五条に言えばさも当たり前のように返される。可愛い子に旅はさせても、頬は齧らない。
「んー…でも恵って可愛くて美味しそうなんだもん」
見上げる伏黒の頬に手が伸ばされて、そのままキスをするような自然な流れで消えかかっていた歯型と同じ場所に軽く歯を立てられる。痛くもない甘噛みをされるのにもすっかり慣れてしまった。頬に歯型が残っている度に一応注意はするが、効果があるとはもう思っていない。形だけでも言わないと調子に乗りそうだから、一応言っているのだ。
「可愛いと美味しそうってことですか」
「そんな感じかなぁ?」
一頻り人の頬を楽しんでから宥めるようにキスを落とすものだから、いつもそこで伏黒の厳重注意は終わってしまうのだった。
__
「っん……」
「苦しくない?」
「だい、じょうぶです」
息を吐き出して身体の力を抜く。何度も身体を重ねて自然と慣れてはきたが、それでも胎内に収める一番最初の瞬間は少しだけ苦しい。最初が入れば後はすんなりいくのだけど。
この瞬間だけ眉間に小さな皺が寄ってしまうが、それを五条が人差し指で伸ばしてくるのが案外嫌いではなかった。もう少し自分本位に動いたっていいのに、伏黒が落ち着くのを待ってくれているのだと知っているから。浅く呼吸を繰り返して、まだそれなりに思考がはっきりしている頭で目の前にある五条の顔を見る。伏黒に覆い被さるようにしている五条の額には少し汗が滲んでいて、首元が赤い。本当はさっさと全部収めてしまいたいのに、それを我慢しているのを隠すように余裕な顔をしている。目の奥じゃ早く、なんてせがんでいるのに。
「…めぐみ?」
まだ腕を動かす力があるうちに五条の顔を引き寄せて鼻先に歯を立てる。いつも伏黒にしてくるように軽く、けれど歯型くらいは残せるように。近すぎてぼやけるものの、五条が目を丸くしているのは分かった。ぱっと口を離せば、綺麗な鼻筋に不格好な歯型がいて、ちょっと間抜けだ。ちょっと間抜けで、可愛らしい。
「め、めぐみ?」
「可愛くて食べちゃいたい、って、こういうことですね」
伏黒の為に我慢して、気遣ってくれて、でもその実あまり必死さを隠しきれていない。そういうところが可愛いのだと伝えれば伏黒の胸元に五条の頭が降ってくる。ぐりぐりと頭を押し付けられて、髪が擽ったい。
「も〜〜……そういうこと言うのやめてよ…恵が可愛すぎて出る」
そのあんまりにも情けない声に可愛いと言えば、仕返しとばかりに頬を齧られた。
畳む
えろくはないが最中
最近よく齧られる。呼び出した玉犬やら脱兎やら、はたまた蛾蟇にではなく、五条によく齧られるのだ。こと最近の気に入りは伏黒の頬らしく、泊まった日の朝鏡を見るとうっすらと歯型が付いていることがある。いくら1度寝たらなかなか起きないとはいえ、寝ている間に人の頬を齧るものではないと何度言ってもやめやしない。これが起きて朝の支度をしていれば消える程度に薄いものだから、変なところだけ器用なものだった。
「寝てる間に齧るなって言いましたよね?」
「だってほら、可愛い子は齧れって言うじゃん?」
「言いませんけど」
今日も起きて洗面台に行けば頬にうっすらと歯型が見えて、一足先に起きてキッチンに立つ五条に言えばさも当たり前のように返される。可愛い子に旅はさせても、頬は齧らない。
「んー…でも恵って可愛くて美味しそうなんだもん」
見上げる伏黒の頬に手が伸ばされて、そのままキスをするような自然な流れで消えかかっていた歯型と同じ場所に軽く歯を立てられる。痛くもない甘噛みをされるのにもすっかり慣れてしまった。頬に歯型が残っている度に一応注意はするが、効果があるとはもう思っていない。形だけでも言わないと調子に乗りそうだから、一応言っているのだ。
「可愛いと美味しそうってことですか」
「そんな感じかなぁ?」
一頻り人の頬を楽しんでから宥めるようにキスを落とすものだから、いつもそこで伏黒の厳重注意は終わってしまうのだった。
__
「っん……」
「苦しくない?」
「だい、じょうぶです」
息を吐き出して身体の力を抜く。何度も身体を重ねて自然と慣れてはきたが、それでも胎内に収める一番最初の瞬間は少しだけ苦しい。最初が入れば後はすんなりいくのだけど。
この瞬間だけ眉間に小さな皺が寄ってしまうが、それを五条が人差し指で伸ばしてくるのが案外嫌いではなかった。もう少し自分本位に動いたっていいのに、伏黒が落ち着くのを待ってくれているのだと知っているから。浅く呼吸を繰り返して、まだそれなりに思考がはっきりしている頭で目の前にある五条の顔を見る。伏黒に覆い被さるようにしている五条の額には少し汗が滲んでいて、首元が赤い。本当はさっさと全部収めてしまいたいのに、それを我慢しているのを隠すように余裕な顔をしている。目の奥じゃ早く、なんてせがんでいるのに。
「…めぐみ?」
まだ腕を動かす力があるうちに五条の顔を引き寄せて鼻先に歯を立てる。いつも伏黒にしてくるように軽く、けれど歯型くらいは残せるように。近すぎてぼやけるものの、五条が目を丸くしているのは分かった。ぱっと口を離せば、綺麗な鼻筋に不格好な歯型がいて、ちょっと間抜けだ。ちょっと間抜けで、可愛らしい。
「め、めぐみ?」
「可愛くて食べちゃいたい、って、こういうことですね」
伏黒の為に我慢して、気遣ってくれて、でもその実あまり必死さを隠しきれていない。そういうところが可愛いのだと伝えれば伏黒の胸元に五条の頭が降ってくる。ぐりぐりと頭を押し付けられて、髪が擽ったい。
「も〜〜……そういうこと言うのやめてよ…恵が可愛すぎて出る」
そのあんまりにも情けない声に可愛いと言えば、仕返しとばかりに頬を齧られた。
畳む
偏頭痛(side五)
無下限に夢見てる
「めぐみぃ……めぐみ…」
今にも消えそうな声で伏黒を呼びながら五条が布団の中で丸くなっている。カーテンも閉められて電気も消された寝室は昼間なのに少しだけ薄暗い。遮光カーテンだから余計に。用意した氷嚢を更にタオルで包んで、たったそれだけの短い時間で何回呼ばれたことか。伏黒を呼ぶ声は随分と弱々しくて、ここまで重症なのは久しぶりだった。
五条は時折こうして布団にくるまって動けなくなる。反転術式で常に脳を修復している反動だと本人は言っていたが、常に頭が痛いのだという。普段はすっかり慣れきって気にもしていないというが、ごくごく稀に、こうして布団の中で小さく丸くなって伏黒を呼ぶしかできなくなる時があるのだ。
「五条さん、薬は?」
ベッド脇に腰掛けて布団を捲れば、それすら眩しいのか少しだけ目を眇めた。サイドチェストの上に手を付けられてないコップと頭痛薬があったから飲んでいないのは明白だが、一応聞いてみれば「効かないから飲んでない」と言った。
「気休めでも飲まないと。用意してる間に飲んでって言ったでしょう」
「起きるのもしんどい」
「仕方ない…」
そう言いながら五条の視界を隠すようにタオルで包んだ氷嚢を瞳の上に置く。頭痛には冷やすといい、とどこかのネット記事で読んだのだが五条には意外と効くらしく、こうして冷やしてやればいつも気持ちよさそうに息を吐き出した。
「ちょっと口開けてください」
手を付けられていなかった錠剤を五条の口に放り込み、伏黒はコップの中身を1口含んだ。氷嚢で視界を隠したまま、開けられた五条の口に伏黒の口から直接水を流し込む。多少ぬるくはなってしまっただろうが、五条は冷えた水を錠剤と一緒にすぐ飲み干した。それから追加でもう二口ほど口移しで飲ませれば、氷嚢を押さえていた伏黒の手に五条の手が重ねられる。
ずらされた氷嚢の隙間から、潤んだ瞳が伏黒を見た。
「こういうの、元気な時にしてほしい…」
「軽口叩けるならもう大丈夫ですね」
五条の手を振り払い、もう一度視界を冷やしてやれば少しだけ持ち直した五条が「まだ面倒見ててよ」と、先程よりはちょっとだけ元気になった声で言った。
畳む
無下限に夢見てる
「めぐみぃ……めぐみ…」
今にも消えそうな声で伏黒を呼びながら五条が布団の中で丸くなっている。カーテンも閉められて電気も消された寝室は昼間なのに少しだけ薄暗い。遮光カーテンだから余計に。用意した氷嚢を更にタオルで包んで、たったそれだけの短い時間で何回呼ばれたことか。伏黒を呼ぶ声は随分と弱々しくて、ここまで重症なのは久しぶりだった。
五条は時折こうして布団にくるまって動けなくなる。反転術式で常に脳を修復している反動だと本人は言っていたが、常に頭が痛いのだという。普段はすっかり慣れきって気にもしていないというが、ごくごく稀に、こうして布団の中で小さく丸くなって伏黒を呼ぶしかできなくなる時があるのだ。
「五条さん、薬は?」
ベッド脇に腰掛けて布団を捲れば、それすら眩しいのか少しだけ目を眇めた。サイドチェストの上に手を付けられてないコップと頭痛薬があったから飲んでいないのは明白だが、一応聞いてみれば「効かないから飲んでない」と言った。
「気休めでも飲まないと。用意してる間に飲んでって言ったでしょう」
「起きるのもしんどい」
「仕方ない…」
そう言いながら五条の視界を隠すようにタオルで包んだ氷嚢を瞳の上に置く。頭痛には冷やすといい、とどこかのネット記事で読んだのだが五条には意外と効くらしく、こうして冷やしてやればいつも気持ちよさそうに息を吐き出した。
「ちょっと口開けてください」
手を付けられていなかった錠剤を五条の口に放り込み、伏黒はコップの中身を1口含んだ。氷嚢で視界を隠したまま、開けられた五条の口に伏黒の口から直接水を流し込む。多少ぬるくはなってしまっただろうが、五条は冷えた水を錠剤と一緒にすぐ飲み干した。それから追加でもう二口ほど口移しで飲ませれば、氷嚢を押さえていた伏黒の手に五条の手が重ねられる。
ずらされた氷嚢の隙間から、潤んだ瞳が伏黒を見た。
「こういうの、元気な時にしてほしい…」
「軽口叩けるならもう大丈夫ですね」
五条の手を振り払い、もう一度視界を冷やしてやれば少しだけ持ち直した五条が「まだ面倒見ててよ」と、先程よりはちょっとだけ元気になった声で言った。
畳む
早寝遅起き
「ん」
「……ありがと…?」
風呂から上がってリビングに伏黒がいないと思っていたら寝室にいた。五条が風呂に入っている間にちゃっかりリビングの片付けも全部済まして、なんなら電気まで消して、すっかり寝るための準備をして。
今すぐ寝室に来いと言わんばかりの様子に誘われるままに向かえば、ベッドのど真ん中に伏黒が胡座をかいて座っていて、五条を見るなり「ん」とだけ言ってから両手を広げたのだ。この広げられた両腕に五条が何をしないといけないのかは分かる。が、真意は読めない。頭の中にクエスチョンマークをいくつも浮かべながらも有難く両腕を広げて伏黒を抱き締めれば、五条と同じシャンプーとボディーソープの香りがした。湯上りの温もりがまだ伏黒の中に残っていて、それがまた心地よい。
「あったかー……」
全身から伝わる温もりに感じ入るように思わず瞳を閉じれば、身体が重くなった気がした。
重くなった身体と重力に従って伏黒ごとベッドへと倒れ込めば、何も言うことなく五条の下敷きになる。ベッドのスプリングが軋んだ音を立てた。肩口に顔を埋めた五条に擦り寄るように伏黒が頬を寄せる。
「寝ますよ」
「んー?」
「今日はこのまま寝ます」
伏黒の言葉に顔をあげようとした五条を制すように、いつの間にか後頭部に回っていた伏黒の手のひらに押さえ付けられる。ぽかぽかと芯から暖かい伏黒に抱きしめられ、五条が好きな香りに包まれる。
元々今日はそういうことをする予定ではなかった。ただ寝る前にリビングのソファやベッドでじゃれあったりして、そのじゃれあいの延長で寝落ちでもしようかと思っていた。たぶん、伏黒もそのつもりだった筈だ。そういう、まだ寝るには少しだけ早い時間。
「まだ早くない?」
「だって疲れてるでしょう」
とうとう足を五条の身体に巻き付けて、意地でも起こさないと強い意志を見せつけながら伏黒が五条の頬を手のひらで包み込んで持ち上げた。無理やりに目線を合わされる。
「顔、疲れてますよ。珍しく隈もある」
「うそぉ」
「嘘じゃない。このまま寝ますよ」
「恵潰れちゃう」
「いいですよ、それで」
ぱっと手を離したかと思うと、再び肩口に顔を埋めさせられる。どうやら本当にこのまま五条を寝かせるつもりらしく、五条が身動ぎしても伏黒はもう何も言わなかった。
じわじわと伏黒の体温が染み込んで、眠気を誘う。五条と同じものを使っている筈なのに、伏黒からするシャンプーの香りは特別な気がした。このまま寝たら伏黒がぺちゃんこになってしまう、なんてことを考えるがどうやら五条が思っているより身体は疲れていたらしく、気がついたら意識はどこかへ行っていた。
ふと目を覚ますと、何だか身体は軽くなった気がするし、頭もすっきりしている気がする。そのすっきりした頭で寝る前に伏黒を下敷きにしていたことを思い出す。
「…………すごいな」
伏黒は未だに五条の下敷きになっていたが、何も気にすることなく寝息を立てていた。ベッドと五条に挟まれて暑かったのか、少しだけ頬が赤いが本人は何も気にした様子はない。よく寝る子だとは思っていたけれど、これでも寝るとは。
そして昨夜伏黒を押し倒したまま寝たのにも関わらずしっかりと布団が掛けられていることにも気がつく。伏黒が動いた様子はないのに何故だろうと一瞬考えて、直ぐに答えに気がついて思わず笑う。きっと五条の眼じゃなかったら気付かない。ほんの少し、本当にうっすらと伏黒の呪力が残っていた。きっと何がしかの式神を使って布団を五条の背中まで運んだのだろう。そこまでするなら適当に五条を退かせばいいのに。
「結構大事にされてるよね、僕」
伏黒の身体から起き上がり、先程まで自分に掛かっていた布団を今度は伏黒へと被せる。健やかな寝息を立てている様子を少し眺めてから、朝を通り越して昼に少し近いベッドルームを抜け出した。
寝起きの伏黒は何を食べたがるだろう。
畳む
「ん」
「……ありがと…?」
風呂から上がってリビングに伏黒がいないと思っていたら寝室にいた。五条が風呂に入っている間にちゃっかりリビングの片付けも全部済まして、なんなら電気まで消して、すっかり寝るための準備をして。
今すぐ寝室に来いと言わんばかりの様子に誘われるままに向かえば、ベッドのど真ん中に伏黒が胡座をかいて座っていて、五条を見るなり「ん」とだけ言ってから両手を広げたのだ。この広げられた両腕に五条が何をしないといけないのかは分かる。が、真意は読めない。頭の中にクエスチョンマークをいくつも浮かべながらも有難く両腕を広げて伏黒を抱き締めれば、五条と同じシャンプーとボディーソープの香りがした。湯上りの温もりがまだ伏黒の中に残っていて、それがまた心地よい。
「あったかー……」
全身から伝わる温もりに感じ入るように思わず瞳を閉じれば、身体が重くなった気がした。
重くなった身体と重力に従って伏黒ごとベッドへと倒れ込めば、何も言うことなく五条の下敷きになる。ベッドのスプリングが軋んだ音を立てた。肩口に顔を埋めた五条に擦り寄るように伏黒が頬を寄せる。
「寝ますよ」
「んー?」
「今日はこのまま寝ます」
伏黒の言葉に顔をあげようとした五条を制すように、いつの間にか後頭部に回っていた伏黒の手のひらに押さえ付けられる。ぽかぽかと芯から暖かい伏黒に抱きしめられ、五条が好きな香りに包まれる。
元々今日はそういうことをする予定ではなかった。ただ寝る前にリビングのソファやベッドでじゃれあったりして、そのじゃれあいの延長で寝落ちでもしようかと思っていた。たぶん、伏黒もそのつもりだった筈だ。そういう、まだ寝るには少しだけ早い時間。
「まだ早くない?」
「だって疲れてるでしょう」
とうとう足を五条の身体に巻き付けて、意地でも起こさないと強い意志を見せつけながら伏黒が五条の頬を手のひらで包み込んで持ち上げた。無理やりに目線を合わされる。
「顔、疲れてますよ。珍しく隈もある」
「うそぉ」
「嘘じゃない。このまま寝ますよ」
「恵潰れちゃう」
「いいですよ、それで」
ぱっと手を離したかと思うと、再び肩口に顔を埋めさせられる。どうやら本当にこのまま五条を寝かせるつもりらしく、五条が身動ぎしても伏黒はもう何も言わなかった。
じわじわと伏黒の体温が染み込んで、眠気を誘う。五条と同じものを使っている筈なのに、伏黒からするシャンプーの香りは特別な気がした。このまま寝たら伏黒がぺちゃんこになってしまう、なんてことを考えるがどうやら五条が思っているより身体は疲れていたらしく、気がついたら意識はどこかへ行っていた。
ふと目を覚ますと、何だか身体は軽くなった気がするし、頭もすっきりしている気がする。そのすっきりした頭で寝る前に伏黒を下敷きにしていたことを思い出す。
「…………すごいな」
伏黒は未だに五条の下敷きになっていたが、何も気にすることなく寝息を立てていた。ベッドと五条に挟まれて暑かったのか、少しだけ頬が赤いが本人は何も気にした様子はない。よく寝る子だとは思っていたけれど、これでも寝るとは。
そして昨夜伏黒を押し倒したまま寝たのにも関わらずしっかりと布団が掛けられていることにも気がつく。伏黒が動いた様子はないのに何故だろうと一瞬考えて、直ぐに答えに気がついて思わず笑う。きっと五条の眼じゃなかったら気付かない。ほんの少し、本当にうっすらと伏黒の呪力が残っていた。きっと何がしかの式神を使って布団を五条の背中まで運んだのだろう。そこまでするなら適当に五条を退かせばいいのに。
「結構大事にされてるよね、僕」
伏黒の身体から起き上がり、先程まで自分に掛かっていた布団を今度は伏黒へと被せる。健やかな寝息を立てている様子を少し眺めてから、朝を通り越して昼に少し近いベッドルームを抜け出した。
寝起きの伏黒は何を食べたがるだろう。
畳む
ふたごたまご
ふんふんと機嫌よく鼻歌を歌いながらフライパンに適当に油を敷く。機嫌よく、などと言ったが実際はそこまで機嫌は良くない。何故なら朝食を食べて身支度を整えたら五条だけ仕事に行かねばならないからだ。まだ布団にくるまっている伏黒は終日オフで、その差がまた気分を盛り下げる。昨日散々いちゃついただろう、というツッコミがどこかから聞こえてきそうだがそれはそれだ。
今朝はお手軽に目玉焼きとトースト。朝だから凝ったものは作りたくない、というのは建前で単純に気分が上がらないからだ。強いに越したことはない職業だが、強すぎるのも考えものだな、なんて。
手に持った玉子をフライパンの縁に軽く当てる。片手で玉子を割って(伏黒にかっこいいだろうと見せたくて習得したのだが、意外と反応は薄かった)、フライパンの中に落とし込む。
「……!」
熱された油の上でぱちぱちと音を立てたそれは、黄身が2つの双子だった。
「めぐみー!恵恵恵ー!!」
まだ黄身も白身も固まってないままの玉子を乗せたフライパンを持って、伏黒が寝ている寝室に駆け込む。ちゃんとコンロの火は止めておいた。
ドタバタと派手な音を立てながら寝室に飛び込んできた五条に、流石に伏黒も目を覚ましたらしく眉間に皺を寄せながら「るっさい…」とぼやく。半分閉じられたまぶたを手の甲で擦りながら、それでも布団から起き上がった伏黒は五条が手に持っているものを見て眉間の溝を深くした。
「…なんでフライパン」
「双子!」
目の前にフライパンを突き出せば、仲良く2個並んだ黄身がじっと伏黒を見つめる。伏黒と黄身が見つめ合って少しの間。
「…ふたごだ」
寝起きでちょっとふわふわした頭で、少し嬉しそうに綻んだ顔で言った。あどけないその姿に、堪らない気持ちになる。今日はこの玉子を半分こにして食べよう。ひとつは醤油で、ひとつは塩を振って。頭が寝ていて未だに黄身と見つめ合っている伏黒を見ながら思う。
それでも仕事に行く気分になるかと言われれば、やっぱりそれはそれ。別なのだけど。
畳む
ふんふんと機嫌よく鼻歌を歌いながらフライパンに適当に油を敷く。機嫌よく、などと言ったが実際はそこまで機嫌は良くない。何故なら朝食を食べて身支度を整えたら五条だけ仕事に行かねばならないからだ。まだ布団にくるまっている伏黒は終日オフで、その差がまた気分を盛り下げる。昨日散々いちゃついただろう、というツッコミがどこかから聞こえてきそうだがそれはそれだ。
今朝はお手軽に目玉焼きとトースト。朝だから凝ったものは作りたくない、というのは建前で単純に気分が上がらないからだ。強いに越したことはない職業だが、強すぎるのも考えものだな、なんて。
手に持った玉子をフライパンの縁に軽く当てる。片手で玉子を割って(伏黒にかっこいいだろうと見せたくて習得したのだが、意外と反応は薄かった)、フライパンの中に落とし込む。
「……!」
熱された油の上でぱちぱちと音を立てたそれは、黄身が2つの双子だった。
「めぐみー!恵恵恵ー!!」
まだ黄身も白身も固まってないままの玉子を乗せたフライパンを持って、伏黒が寝ている寝室に駆け込む。ちゃんとコンロの火は止めておいた。
ドタバタと派手な音を立てながら寝室に飛び込んできた五条に、流石に伏黒も目を覚ましたらしく眉間に皺を寄せながら「るっさい…」とぼやく。半分閉じられたまぶたを手の甲で擦りながら、それでも布団から起き上がった伏黒は五条が手に持っているものを見て眉間の溝を深くした。
「…なんでフライパン」
「双子!」
目の前にフライパンを突き出せば、仲良く2個並んだ黄身がじっと伏黒を見つめる。伏黒と黄身が見つめ合って少しの間。
「…ふたごだ」
寝起きでちょっとふわふわした頭で、少し嬉しそうに綻んだ顔で言った。あどけないその姿に、堪らない気持ちになる。今日はこの玉子を半分こにして食べよう。ひとつは醤油で、ひとつは塩を振って。頭が寝ていて未だに黄身と見つめ合っている伏黒を見ながら思う。
それでも仕事に行く気分になるかと言われれば、やっぱりそれはそれ。別なのだけど。
畳む
ビッグベイビー
すっげぇ気に入ってる
「……」
寝起きの頭でぼんやりと、布団越しでも元が大きければ意外と目立つものなのだな、などと考える。穏やかに寝息を立てている五条は当然布団の真ん中を僅かに盛り上げているものには気がついていない。
誰にでもある生理現象だとは聞くが、人の朝勃ちをこの目で見るのは初めてだった。それもあって、まじまじと見るものでもないのは分かっているが、伏黒の寝起きの頭は理性よりも好奇心を優先した。
五条が寝ているのを確認してからゆっくりと起き上がり、布団の真ん中にあるそれを軽くつついてみた。布団越しとはいえ普段の情事の時よりは柔い気がするが、それでもつつけばやっぱり硬さは感じる。何も無くても寝ている間に元気になったそれは、少しすれば勝手に萎えていくものだと思っていたが意外と元気なままだった。
「…なんか…」
布団をめくって下着から出してしまえば全く可愛げなどないのは分かっているが、ちょっとだけ布団を盛り上げてただ伏黒につつかれるだけのそれは、少しだけ。
「可愛いな…」
自然とそう口から零れて、なんなら口元もちょっと笑ってしまった時だった。
「めぐみぃ…触るならちゃんと触って…」
すっかり頭から抜けていた五条の声が背後からして、つついていた指がすんでのところで止まる。何かを堪えるように震えていた声の主は、見れば両手で顔を隠して本当にちょっとだけ震えていた。たぶん笑っている。
「っお、起きてたんですか」
「ちょんちょんし始めたところから…」
「もっと早く声掛けてくださいよ!」
伏黒の言葉にとうとう我慢できなくなったのか、五条は身体を半分転がして枕に顔を埋めた。
「っふ、だってえっちなことしてくれるかと思ってたら…ずっとつつくだけなんだもん…っふふふ、」
枕に埋もれた声で笑い混じりに五条が「人のちんこつついて可愛いってなに…」と言う。少しだけ身動ぎして枕の隙間からこちらを見た五条の楽しそうな瞳に、伏黒は思わず声を上げた。
「全然可愛くない!」
畳む
すっげぇ気に入ってる
「……」
寝起きの頭でぼんやりと、布団越しでも元が大きければ意外と目立つものなのだな、などと考える。穏やかに寝息を立てている五条は当然布団の真ん中を僅かに盛り上げているものには気がついていない。
誰にでもある生理現象だとは聞くが、人の朝勃ちをこの目で見るのは初めてだった。それもあって、まじまじと見るものでもないのは分かっているが、伏黒の寝起きの頭は理性よりも好奇心を優先した。
五条が寝ているのを確認してからゆっくりと起き上がり、布団の真ん中にあるそれを軽くつついてみた。布団越しとはいえ普段の情事の時よりは柔い気がするが、それでもつつけばやっぱり硬さは感じる。何も無くても寝ている間に元気になったそれは、少しすれば勝手に萎えていくものだと思っていたが意外と元気なままだった。
「…なんか…」
布団をめくって下着から出してしまえば全く可愛げなどないのは分かっているが、ちょっとだけ布団を盛り上げてただ伏黒につつかれるだけのそれは、少しだけ。
「可愛いな…」
自然とそう口から零れて、なんなら口元もちょっと笑ってしまった時だった。
「めぐみぃ…触るならちゃんと触って…」
すっかり頭から抜けていた五条の声が背後からして、つついていた指がすんでのところで止まる。何かを堪えるように震えていた声の主は、見れば両手で顔を隠して本当にちょっとだけ震えていた。たぶん笑っている。
「っお、起きてたんですか」
「ちょんちょんし始めたところから…」
「もっと早く声掛けてくださいよ!」
伏黒の言葉にとうとう我慢できなくなったのか、五条は身体を半分転がして枕に顔を埋めた。
「っふ、だってえっちなことしてくれるかと思ってたら…ずっとつつくだけなんだもん…っふふふ、」
枕に埋もれた声で笑い混じりに五条が「人のちんこつついて可愛いってなに…」と言う。少しだけ身動ぎして枕の隙間からこちらを見た五条の楽しそうな瞳に、伏黒は思わず声を上げた。
「全然可愛くない!」
畳む
愛が重い
伏黒に妬いてほしい。そういう年頃なのである。
出会ってからそれなりに経ってから付き合ったものだから、念願叶って付き合った頃には嫉妬するなんて時期はとっくに過ぎ去っていた。いや、過ぎ去っていたのは伏黒だけで五条は内心すぐに妬いているのだが、とにかく伏黒は五条が外でナンパされていようが可愛い補助監督と1週間付きっきりで任務に行こうが顔色ひとつ変えない。そりゃあ変な誤解からの一悶着がないに越したことはない。越したことはないが、伏黒のそういう独占欲が欲しいのだった。
「というわけで、恵はヤキモチ妬かないんですか」
「何がというわけなんですか」
高専近くにある寂れたカフェ。遠出する時間は無いが、たまの休みに家に篭って終わらせるのも勿体ない。そんな時によく2人で行くここは、いつ来ても他の客がいない。出される珈琲の味も昔ながらのホットケーキの味も悪くは無いのだが、不思議なことに誰も来ないのだ。さらに店主は注文したものを持ってきたらカウンターの奥に引っ込んでしまうのもあって、ここは伏黒と五条にとってちょっとした定番のデート場所のようになっていた。
そこでいつも頼む珈琲に砂糖を落としながらそう切り出せば、伏黒はさして気にした風もなくブラックのままの珈琲を啜った。
「ちょっとくらいは、何よこの女ー!とかなんないの?」
「俺を何だと思ってんですか。なりませんよ」
「俺の先生に触らないで!とかならない?」
「なりません」
「…僕は女の子が恵のこと視線で追ってるだけで妬けるよ」
「俺じゃなくて五条さんを見てるんですよ、あれは」
つれない態度に口を尖らせた五条を見て、伏黒は小さく溜息を吐き出した。視線をコーヒーカップに落として、少しの間無言になる。
時間がゆったりと流れるここでは、伏黒の無言がひどく長く感じられた。実際はほんの数秒、数十秒だったのかもしれないが五条が思わず口を開いた時だった。
「めぐ、」
「本当は、あんたが今持ってるコーヒーカップ」
視線を持ち上げた伏黒が、じっと五条の手元を見つめる。
「これから口を付けてもらえるんだなと思うと妬けますよ」
「…へ?」
手元に注がれていた視線が今度はまっすぐ五条へと向く。その時にかち合った伏黒の瞳ときたら!
「これから飲まれる珈琲だとか溶かされた砂糖だとか、かけてるサングラスとか、糧になるもの触れてるものみんな羨ましいなって思いますよ」
背筋に冷たいものが流れて、けれど心臓が喜ぶようにきゅうと縮こまる。これは伏黒からの熱い告白だ。そう思うと五条が無理に引き出してしまったこの重たい言葉が急に可愛らしいものへと変わる。今この瞬間も、きっと伏黒は五条の吸い込む酸素にすら妬ましさを感じているのかと思うと、なんと熱烈なことか。
「…やーばい、惚れ直しちゃいそう」
「はいはい。顔、だらしないですよ」
畳む
伏黒に妬いてほしい。そういう年頃なのである。
出会ってからそれなりに経ってから付き合ったものだから、念願叶って付き合った頃には嫉妬するなんて時期はとっくに過ぎ去っていた。いや、過ぎ去っていたのは伏黒だけで五条は内心すぐに妬いているのだが、とにかく伏黒は五条が外でナンパされていようが可愛い補助監督と1週間付きっきりで任務に行こうが顔色ひとつ変えない。そりゃあ変な誤解からの一悶着がないに越したことはない。越したことはないが、伏黒のそういう独占欲が欲しいのだった。
「というわけで、恵はヤキモチ妬かないんですか」
「何がというわけなんですか」
高専近くにある寂れたカフェ。遠出する時間は無いが、たまの休みに家に篭って終わらせるのも勿体ない。そんな時によく2人で行くここは、いつ来ても他の客がいない。出される珈琲の味も昔ながらのホットケーキの味も悪くは無いのだが、不思議なことに誰も来ないのだ。さらに店主は注文したものを持ってきたらカウンターの奥に引っ込んでしまうのもあって、ここは伏黒と五条にとってちょっとした定番のデート場所のようになっていた。
そこでいつも頼む珈琲に砂糖を落としながらそう切り出せば、伏黒はさして気にした風もなくブラックのままの珈琲を啜った。
「ちょっとくらいは、何よこの女ー!とかなんないの?」
「俺を何だと思ってんですか。なりませんよ」
「俺の先生に触らないで!とかならない?」
「なりません」
「…僕は女の子が恵のこと視線で追ってるだけで妬けるよ」
「俺じゃなくて五条さんを見てるんですよ、あれは」
つれない態度に口を尖らせた五条を見て、伏黒は小さく溜息を吐き出した。視線をコーヒーカップに落として、少しの間無言になる。
時間がゆったりと流れるここでは、伏黒の無言がひどく長く感じられた。実際はほんの数秒、数十秒だったのかもしれないが五条が思わず口を開いた時だった。
「めぐ、」
「本当は、あんたが今持ってるコーヒーカップ」
視線を持ち上げた伏黒が、じっと五条の手元を見つめる。
「これから口を付けてもらえるんだなと思うと妬けますよ」
「…へ?」
手元に注がれていた視線が今度はまっすぐ五条へと向く。その時にかち合った伏黒の瞳ときたら!
「これから飲まれる珈琲だとか溶かされた砂糖だとか、かけてるサングラスとか、糧になるもの触れてるものみんな羨ましいなって思いますよ」
背筋に冷たいものが流れて、けれど心臓が喜ぶようにきゅうと縮こまる。これは伏黒からの熱い告白だ。そう思うと五条が無理に引き出してしまったこの重たい言葉が急に可愛らしいものへと変わる。今この瞬間も、きっと伏黒は五条の吸い込む酸素にすら妬ましさを感じているのかと思うと、なんと熱烈なことか。
「…やーばい、惚れ直しちゃいそう」
「はいはい。顔、だらしないですよ」
畳む
盛り上がった朝
「恵。めぐみー、起きてますかー」
布団を握りしめてぼんやりとベッドに腰掛けたままの伏黒にそう声を掛ければ、たっぷり3秒ほどの間があってから首が縦に振られた。昨日は丸一日休み、今日も休み。それもあって無茶をした。たまに、本当にたまにだが、無茶をしすぎた日の伏黒は起きてから暫く使い物にならない。この場合の無茶とは如何わしい意味での無茶である。
ベッドの上でぼんやりとしている伏黒は全身から疲労感を漂わせているが、しかしその中に昨夜の名残を纏わせている。まだ頬には昨夜の赤みが残っている気がするし、唇だってキスのしすぎでまだ色付いている。シャツの隙間から見える首元だとか鎖骨の辺りには当然キスマークだの噛み跡だの好き勝手付いているし、見えていない背中やら太腿やらにも山ほどあるし、シャツを捲り上げれば腰の辺りにはうっすらと五条が掴んだ痕があるかもしれない。兎にも角にも誰が見たって一目で昨夜は随分とお楽しみだったことが分かる有様なのだが、伏黒のこんな姿を見る度にちょっと反省する。といってもこんな無茶苦茶なセックスなんて滅多にしないから次の時にはやっぱり同じ事をするのだけど。そういうセックスになる日は伏黒も分かっていて受け入れてくれるし、乗っかってくれるから余計に。
「水飲める?」
「…のめ、ます」
「本当に?」
掠れてまともに出せていない声でそうは言うものの、五条が手渡したミネラルウォーターのボトルを受け取ったきり動こうとしない。持ち上げる力もないのかもしれないが。
昨日の真夜中、伏黒がとうとう限界を迎えて意識が落ちてしまった後、くたりとした身体を抱えて風呂場に連れて行ってもシャワーを浴びせても着替えさせても起きないくらい精根尽き果てていたから無理もない話かもしれない。ベッドサイドに腰掛け、握ったままのペットボトルを取り上げる。そんな五条の姿を追う伏黒の目はやっぱりまだ少しだけ蕩けていた。
(やりすぎたのは僕だけど反則だなぁ、この目は!)
本人に自覚はないだけに余計に響くものがあるのだが、明日はお互い仕事もあるし今日はゆっくりしないと伏黒の身が持たない。五条程ではないにしろ、職業柄伏黒もそれなりに体力はあるにしたって。
「口開けて」
そう言うと素直に小さく口を開けて見せた伏黒はやっぱり頭がまだ回りきっていない。ペットボトルの中身を少し口に含んでから所謂口移しで飲ませてやれば一切の抵抗もなく素直に飲み下す。あまり変なことをしないようにと、心に浮かんだ出来心を宥めながら淡々とボトルの3分の1程飲ませたところで、伏黒の手の平が五条を遮る。口に入れてしまった分を飲み込んでから「もういい?」と聞けば先程よりは気持ちしっかりと頷く。
しかしそれからもボトルの蓋を閉める五条をじっと見つめるものだから、一体なんだと首を傾げる。
「恵?」
「…きす、しないんですね」
口移しとはいえさっきまでしてたでしょとか、そんな不思議そうな目で見ないでくれだとか、そもそも飲ませた水が口から垂れていて目に毒だとか、言いたいことは山のように浮かんだのだが五条が咄嗟に言えたのは「明日は仕事でしょ!!」だった。
畳む
「恵。めぐみー、起きてますかー」
布団を握りしめてぼんやりとベッドに腰掛けたままの伏黒にそう声を掛ければ、たっぷり3秒ほどの間があってから首が縦に振られた。昨日は丸一日休み、今日も休み。それもあって無茶をした。たまに、本当にたまにだが、無茶をしすぎた日の伏黒は起きてから暫く使い物にならない。この場合の無茶とは如何わしい意味での無茶である。
ベッドの上でぼんやりとしている伏黒は全身から疲労感を漂わせているが、しかしその中に昨夜の名残を纏わせている。まだ頬には昨夜の赤みが残っている気がするし、唇だってキスのしすぎでまだ色付いている。シャツの隙間から見える首元だとか鎖骨の辺りには当然キスマークだの噛み跡だの好き勝手付いているし、見えていない背中やら太腿やらにも山ほどあるし、シャツを捲り上げれば腰の辺りにはうっすらと五条が掴んだ痕があるかもしれない。兎にも角にも誰が見たって一目で昨夜は随分とお楽しみだったことが分かる有様なのだが、伏黒のこんな姿を見る度にちょっと反省する。といってもこんな無茶苦茶なセックスなんて滅多にしないから次の時にはやっぱり同じ事をするのだけど。そういうセックスになる日は伏黒も分かっていて受け入れてくれるし、乗っかってくれるから余計に。
「水飲める?」
「…のめ、ます」
「本当に?」
掠れてまともに出せていない声でそうは言うものの、五条が手渡したミネラルウォーターのボトルを受け取ったきり動こうとしない。持ち上げる力もないのかもしれないが。
昨日の真夜中、伏黒がとうとう限界を迎えて意識が落ちてしまった後、くたりとした身体を抱えて風呂場に連れて行ってもシャワーを浴びせても着替えさせても起きないくらい精根尽き果てていたから無理もない話かもしれない。ベッドサイドに腰掛け、握ったままのペットボトルを取り上げる。そんな五条の姿を追う伏黒の目はやっぱりまだ少しだけ蕩けていた。
(やりすぎたのは僕だけど反則だなぁ、この目は!)
本人に自覚はないだけに余計に響くものがあるのだが、明日はお互い仕事もあるし今日はゆっくりしないと伏黒の身が持たない。五条程ではないにしろ、職業柄伏黒もそれなりに体力はあるにしたって。
「口開けて」
そう言うと素直に小さく口を開けて見せた伏黒はやっぱり頭がまだ回りきっていない。ペットボトルの中身を少し口に含んでから所謂口移しで飲ませてやれば一切の抵抗もなく素直に飲み下す。あまり変なことをしないようにと、心に浮かんだ出来心を宥めながら淡々とボトルの3分の1程飲ませたところで、伏黒の手の平が五条を遮る。口に入れてしまった分を飲み込んでから「もういい?」と聞けば先程よりは気持ちしっかりと頷く。
しかしそれからもボトルの蓋を閉める五条をじっと見つめるものだから、一体なんだと首を傾げる。
「恵?」
「…きす、しないんですね」
口移しとはいえさっきまでしてたでしょとか、そんな不思議そうな目で見ないでくれだとか、そもそも飲ませた水が口から垂れていて目に毒だとか、言いたいことは山のように浮かんだのだが五条が咄嗟に言えたのは「明日は仕事でしょ!!」だった。
畳む
よしよしわふわふ
ぶっちゃけ忙しすぎて見合いとか実家に呼ばれるとかそんな暇なさそう
動物は意外と頭を撫でられるのが好きだ。これを正しい動物と言っていいのかは分からないが、少なくとも伏黒が呼び出す玉犬は撫でてやれば気持ちよさそうに目を細めるし、脱兎も頭に手を乗せてやれば溶けたように床に伏せる。そんな姿をよく見ていたからか、深い意味はなくともよく伏黒は呼び出した動物達になるべく触れてやるようにしていた。嬉しそうにするものだから。
「…先生」
今日の授業が一通り終わって、心地よい疲労感を抱えて自室に戻ろうとした時だった。今日一日、出張でもないのに予定があると言って姿を見せなかった五条がいた。生徒寮と校舎を繋ぐ渡り廊下で、校舎側に五条はいた。横目に一瞬見えた五条はいつもの軽快な足取りではなくて、それがどうにも気にかかる。いつもの目隠しをせずサングラスなのも、ワイシャツなんか着ているのも、その要因かもしれない。寮に戻ろうとしていた足を反対に向けて、校舎へと伏黒は向かった。
「先生」
もう一度名前を呼べば、廊下を少し進んでいた五条がこちらを向く。オレンジ色の夕陽の中でこちらを見た五条はやはり元気がなかった。元気がない、というよりは疲れているような。げんなりしているというような。
五条がこんな顔(と言ってもサングラスで半分見えていないからほぼ勘なのだが)をしている時は実家に呼ばれた時だ。五条がやることに口は出さないが、跡継ぎについては口を出すのだと言っていた。あちらからしたら今現在無下限と六眼を持つ五条悟に後継ぎを作ってもらいたいのだろうが、五条からしたらそんなものは他の五条家の血筋にやらせとけ、らしい。術式は血筋とはいえ、五条悟の子供イコール全く同じではないのだから、と。しかし押し問答はなかなか終わらず、たまに忘れた頃に五条はお小言に呼ばれるのだった。
振り向いたきり動きもしない五条の元へと向かえば、拗ねたように口を尖らせた五条が「恵」と名前を呼ぶ。流石に伏黒と付き合っているだとか口走ってはいないだろうが、今日もまたこの押し問答は終わらなかったらしい。
「まじでうざったい」
「…まぁ、向こうの気持ちも分かりますけど」
「…恵は僕がどっかの誰かと子供作ってもいいの?」
「そういうことじゃなくて。分かるってだけで俺は嫌ですよ」
五条が呼び出されて、それに伏黒が気付いた時に毎回するやり取り。うんざりしている五条が子供みたいな事を言うから宥めるためにも「嫌ですよ」と返す。一応本当に嫌だとは思っているから、宥めるための言葉ではあるものの方便などでは無い。
伏黒がそう言うと五条のとんがった唇は引っ込むのだ。
そうして引っ込んだら、次は手を伸ばしてその白い頭を撫で回してやる。犬にするみたいに、わしわしと撫で回してやれば機嫌が悪かった筈の五条の表情が和らいでいく。犬も兎も動物は撫でられることが好きだ。撫でられると気持ちよさそうに目を細めて、嬉しそうに身を委ねる。
「っ、ふふ、…ボサボサになっちゃうよ」
「機嫌直りました?」
「何でうんざりしてたか、忘れちゃった」
「なら良し」
五条の機嫌がすっかり戻ったのを確認して手を離せば、髪がぐちゃぐちゃになったのを直そうともしないで伏黒の身体に腕を回してくる。それを跳ね除けるでもなく受け入れれば、あっちこっちに跳ねた髪がくすぐったかった。誰が来るともしれない廊下だが、あんな大きな犬があんな様子で歩いているのを見て放置するなんて、邪険にするなんて、伏黒には出来ないのだ。
畳む
ぶっちゃけ忙しすぎて見合いとか実家に呼ばれるとかそんな暇なさそう
動物は意外と頭を撫でられるのが好きだ。これを正しい動物と言っていいのかは分からないが、少なくとも伏黒が呼び出す玉犬は撫でてやれば気持ちよさそうに目を細めるし、脱兎も頭に手を乗せてやれば溶けたように床に伏せる。そんな姿をよく見ていたからか、深い意味はなくともよく伏黒は呼び出した動物達になるべく触れてやるようにしていた。嬉しそうにするものだから。
「…先生」
今日の授業が一通り終わって、心地よい疲労感を抱えて自室に戻ろうとした時だった。今日一日、出張でもないのに予定があると言って姿を見せなかった五条がいた。生徒寮と校舎を繋ぐ渡り廊下で、校舎側に五条はいた。横目に一瞬見えた五条はいつもの軽快な足取りではなくて、それがどうにも気にかかる。いつもの目隠しをせずサングラスなのも、ワイシャツなんか着ているのも、その要因かもしれない。寮に戻ろうとしていた足を反対に向けて、校舎へと伏黒は向かった。
「先生」
もう一度名前を呼べば、廊下を少し進んでいた五条がこちらを向く。オレンジ色の夕陽の中でこちらを見た五条はやはり元気がなかった。元気がない、というよりは疲れているような。げんなりしているというような。
五条がこんな顔(と言ってもサングラスで半分見えていないからほぼ勘なのだが)をしている時は実家に呼ばれた時だ。五条がやることに口は出さないが、跡継ぎについては口を出すのだと言っていた。あちらからしたら今現在無下限と六眼を持つ五条悟に後継ぎを作ってもらいたいのだろうが、五条からしたらそんなものは他の五条家の血筋にやらせとけ、らしい。術式は血筋とはいえ、五条悟の子供イコール全く同じではないのだから、と。しかし押し問答はなかなか終わらず、たまに忘れた頃に五条はお小言に呼ばれるのだった。
振り向いたきり動きもしない五条の元へと向かえば、拗ねたように口を尖らせた五条が「恵」と名前を呼ぶ。流石に伏黒と付き合っているだとか口走ってはいないだろうが、今日もまたこの押し問答は終わらなかったらしい。
「まじでうざったい」
「…まぁ、向こうの気持ちも分かりますけど」
「…恵は僕がどっかの誰かと子供作ってもいいの?」
「そういうことじゃなくて。分かるってだけで俺は嫌ですよ」
五条が呼び出されて、それに伏黒が気付いた時に毎回するやり取り。うんざりしている五条が子供みたいな事を言うから宥めるためにも「嫌ですよ」と返す。一応本当に嫌だとは思っているから、宥めるための言葉ではあるものの方便などでは無い。
伏黒がそう言うと五条のとんがった唇は引っ込むのだ。
そうして引っ込んだら、次は手を伸ばしてその白い頭を撫で回してやる。犬にするみたいに、わしわしと撫で回してやれば機嫌が悪かった筈の五条の表情が和らいでいく。犬も兎も動物は撫でられることが好きだ。撫でられると気持ちよさそうに目を細めて、嬉しそうに身を委ねる。
「っ、ふふ、…ボサボサになっちゃうよ」
「機嫌直りました?」
「何でうんざりしてたか、忘れちゃった」
「なら良し」
五条の機嫌がすっかり戻ったのを確認して手を離せば、髪がぐちゃぐちゃになったのを直そうともしないで伏黒の身体に腕を回してくる。それを跳ね除けるでもなく受け入れれば、あっちこっちに跳ねた髪がくすぐったかった。誰が来るともしれない廊下だが、あんな大きな犬があんな様子で歩いているのを見て放置するなんて、邪険にするなんて、伏黒には出来ないのだ。
畳む
それって結構愛じゃない?
無下限のことふわふわ認識で書いてる
五条は何かと伏黒の手を触るのが好きだ。一回り以上大きな手に簡単に包み込まれては、ただ体温を分け合うだけの時もあるし、やたらと形をなぞるように触れられる時もあるし、いやらしい触り方をして反応を楽しまれる時もある。冬場になるとこの触れ合いにハンドクリームが加わったりもするのだが、それはまた別の話。
「思ったんですけど」
「ん?」
下から掬い上げる様に伏黒の両手を包み込んだ五条に甲を撫でられながら不意に気付く。今五条はなんてことないように親指で人の手の甲をなぞってはいるが、その感触は確かに伝わってくるのだ。伏黒が以前聞いた話だと、五条自身の術式により限りなく近付くことは可能だが触れることはできない、と言っていた気がする。五条の間には無限があるのだと。といってもその術式対象は自動的に選別されて全部が全部弾かれる訳では無いらしいのだが。
だから伏黒は五条の術式対象外なのだと言われてしまえばそれまでではあるのだが、しかし出会ってからというものただの1度も伏黒はその無限とやらに弾かれたことがない。出会った日から今日まで、ずっと。五条の無茶な要求にふざけるなと手を上げたって、それはちゃんと当たるのだ。正しくは当たるのではなく受け止められてしまうのだが、それもまた別の話だ。
「1度も五条さんの無限とやらに弾かれたことがないな、と」
「だって恵は僕に危害加えないでしょ?」
「でも、お互いのこと全く知らない初対面からずっとこうでしたよ」
「そうだっけ?」
「はい」
そもそも人間相手には発動しないのかもしれないが、五条は意外にも伏黒の言葉に僅かに目を丸くした。それから不思議そうに首を捻る。
「大体の人はすぐに対象外になるとはいえ、一応完全初対面には発動するんだけどなぁ」
「術式切ってたとか?」
「まさか!」
今度は伏黒の手を軽く握りしめたり緩めたりを繰り返す。すっかり五条の体温でぬるくなった手のひらが好き勝手されるのを眺めながら初めて会った日のことを思い出す。
夕陽が綺麗な日で、そのオレンジで染まった空間に立つ全身真っ黒な五条は幼い伏黒が警戒するには十分だった。あの頃は大人なんて信用していなかったし、向けた視線にだってそういう感情が滲んでいた筈だが五条の手のひらは確かに伏黒の頭を撫でてみせた。どう見ても怪しくて信用のしようもなかったのに、その手のひらが意外と優しかったのはよく覚えている。あの日から、五条に触れて体温を感じなかった日がない。
「…っふふ、なるほど」
暫く唸っていたかと思ったら不意に五条が笑う。包み込まれていた手が今度は指と指を絡めるように繋がれて、ちょっとやそっとじゃ離れないように力が込められる。
「それって実は結構愛じゃない?」
「…?」
「初めて会った日から、僕は恵のことを好きになるって決まってたってことだよ。頭で考えるよりも、無意識に、勝手に」
すっかり絡め取られてしまった両手は伏黒の意思では離すことはできなくて、嬉しそうに笑う五条の好きにさせることしかできない。
「顔、真っ赤じゃん」
「…恥ずかしいこと、言うから」
「でも本当のことだよ。それにそう思った方が素敵じゃん」
確かにぴたりとくっついた手のひらからも、甲をなぞる指先からも五条の温もりが伝わってお互いの間に無限の距離なんて感じやしなかった。今も昔も変わらず。
畳む
無下限のことふわふわ認識で書いてる
五条は何かと伏黒の手を触るのが好きだ。一回り以上大きな手に簡単に包み込まれては、ただ体温を分け合うだけの時もあるし、やたらと形をなぞるように触れられる時もあるし、いやらしい触り方をして反応を楽しまれる時もある。冬場になるとこの触れ合いにハンドクリームが加わったりもするのだが、それはまた別の話。
「思ったんですけど」
「ん?」
下から掬い上げる様に伏黒の両手を包み込んだ五条に甲を撫でられながら不意に気付く。今五条はなんてことないように親指で人の手の甲をなぞってはいるが、その感触は確かに伝わってくるのだ。伏黒が以前聞いた話だと、五条自身の術式により限りなく近付くことは可能だが触れることはできない、と言っていた気がする。五条の間には無限があるのだと。といってもその術式対象は自動的に選別されて全部が全部弾かれる訳では無いらしいのだが。
だから伏黒は五条の術式対象外なのだと言われてしまえばそれまでではあるのだが、しかし出会ってからというものただの1度も伏黒はその無限とやらに弾かれたことがない。出会った日から今日まで、ずっと。五条の無茶な要求にふざけるなと手を上げたって、それはちゃんと当たるのだ。正しくは当たるのではなく受け止められてしまうのだが、それもまた別の話だ。
「1度も五条さんの無限とやらに弾かれたことがないな、と」
「だって恵は僕に危害加えないでしょ?」
「でも、お互いのこと全く知らない初対面からずっとこうでしたよ」
「そうだっけ?」
「はい」
そもそも人間相手には発動しないのかもしれないが、五条は意外にも伏黒の言葉に僅かに目を丸くした。それから不思議そうに首を捻る。
「大体の人はすぐに対象外になるとはいえ、一応完全初対面には発動するんだけどなぁ」
「術式切ってたとか?」
「まさか!」
今度は伏黒の手を軽く握りしめたり緩めたりを繰り返す。すっかり五条の体温でぬるくなった手のひらが好き勝手されるのを眺めながら初めて会った日のことを思い出す。
夕陽が綺麗な日で、そのオレンジで染まった空間に立つ全身真っ黒な五条は幼い伏黒が警戒するには十分だった。あの頃は大人なんて信用していなかったし、向けた視線にだってそういう感情が滲んでいた筈だが五条の手のひらは確かに伏黒の頭を撫でてみせた。どう見ても怪しくて信用のしようもなかったのに、その手のひらが意外と優しかったのはよく覚えている。あの日から、五条に触れて体温を感じなかった日がない。
「…っふふ、なるほど」
暫く唸っていたかと思ったら不意に五条が笑う。包み込まれていた手が今度は指と指を絡めるように繋がれて、ちょっとやそっとじゃ離れないように力が込められる。
「それって実は結構愛じゃない?」
「…?」
「初めて会った日から、僕は恵のことを好きになるって決まってたってことだよ。頭で考えるよりも、無意識に、勝手に」
すっかり絡め取られてしまった両手は伏黒の意思では離すことはできなくて、嬉しそうに笑う五条の好きにさせることしかできない。
「顔、真っ赤じゃん」
「…恥ずかしいこと、言うから」
「でも本当のことだよ。それにそう思った方が素敵じゃん」
確かにぴたりとくっついた手のひらからも、甲をなぞる指先からも五条の温もりが伝わってお互いの間に無限の距離なんて感じやしなかった。今も昔も変わらず。
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